ぷかぷか日記

相模原障害者殺傷事件を超えるために

  • 「ぷかぷかさん」が生み出した、なんともあたたかみのあるおかしさ
      第3期4回目のワークショプがありました。今年は『セロ弾きのゴーシュ』に取り組んでいますが、最初の練習の場面、ネコ、カッコウ、タヌキ、ネズミの場面が大体出来上がりました。  今回の一番の収穫は、ぷかぷかでつくった「秋コレ・ぷかぷかファッションショー」のために作ったモデルのお姉さんたちとの共演でした。あの素敵なお姉さんたちと一緒にワークショップの発表会の舞台に立てないかとずっと考えていました。  ネズミの場面に「夜風とどろき」という素晴らしい歌が登場します。宮澤賢治が剣舞の素晴らしさに感動して作った詩に林光さんが曲をつけたもので、オペラシアターこんにゃく座の『セロ弾きのゴーシュ』のネズミの登場するシーンでゴーシュが歌います。その朗々とした歌いっぷりに私は惚れ込んでしまいました。あの歌をバックに、ファッションショーのモデルさんと一緒に踊れないかと思ったのです。  この提案が思いの外うまくいった気がします。  出番を待つお姉さんたち。  「夜風とどろき」の歌詞はとても難しいのですが、メロディは病気になったネズミの子どもを元気にするにふさわしいものです。  こんな歌です。日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんが入るという、実に贅沢な歌の練習でした。 www.youtube.com お姉さんたちと一緒に踊りました。 www.youtube.com  振り付けはもう少し整理したいと思いますが、とりあえずは面白い雰囲気が出ていたと思います。  『セロ弾きのゴーシュ』の舞台にこんなお姉さんたちが登場するなんて前代未聞ですが、ま、これがぷかぷかの舞台です。来年1月29日の発表会、楽しみにしていてください。  面白かったのはこのあとのグループで字を読むのがあまり得意でない「ぷかぷかさん」がネズミのお母さんをやりました。病気になった子どもたちをぞろぞろ連れてゴーシュのところへやってきて、病気の子どもたちのためにセロを弾いてくれるように頼みます。 「どうして俺がセロを弾くと病気が治るんだ」 と聞くゴーシュに「ぷかぷかさん」は一生懸命説明するのですが、たどたどしい説明でなかなか前に進みません。具合の悪い子どもたちは、お腹が痛いの、吐き気がするの、熱があるの、と次々に訴えるのですが、お母さんの説明はどこまでもたどたどしく、なかなか前に進みません。子どもたちはのたうちまわっています。  このシーン、なんともおかしくて、みんな笑ってしまいました。このおかしさは演出で生み出したものではありません。「ぷかぷかさん」がネズミのお母さん役をやることで生まれた、なんともあたたかみのあるおかしさでした。  社会の中ではダメとされる、たどたどしい読み方が、演出で生み出すのは多分難しい「おかしみ」を、ごく自然に生み出し、今日のワークショップの中では特筆すべきほどの価値あるシーンを創り出したのです。 www.youtube.com  病気の子ども役をやった地域のお父さんは最後の反省会で 「今日は久しぶりに必死になって芝居をやりました」 とおしゃっていましたが、デフパペットシアターひとみのプロの役者さんたちもいつになく楽しそうに、そして必死に演技していました。ヨコハマアートサイトから来たセミプロ級の役者さんもお父さんネズミ役を、涙ぐましいほど一生懸命やっていましたね。そういう風にみんなが必死になるような時間を作り出した「ぷかぷかさん」の活躍ぶりにあらためて拍手を送りたい気持ちです。   ネズミのお母さんの役を普通の人がやって、演出家の指示に従ってたどたどしく読んでも、こんなシーンは絶対に生まれません。「ぷかぷかさん」がいてこそ生まれたシーンなのです。そのことを意味をしっかり考えたいと思うのです。  「ぷかぷかさん」は社会に必要なのです。彼らがいてこそ、こんなにも豊かな時間が生まれるのです。  相模原障害者殺傷事件の容疑者は「障害者はいない方がいい」などと言いましたが、とんでもない話です。障がいのある人たちを社会から排除すれば、社会はどんどん痩せこけていきます。  ワークショップは「ぷかぷかさん」たちとただ一緒にいればいい、というのではなく、そこから一歩も二歩も先へ行って、新しい価値を一緒に作り出しているのです。新しいものを一緒に生み出す関係を「ぷかぷかさん」たちと作っているのです。  タヌキのシーンでは原作にある「愉快な馬車屋」(江原さん作曲)を江原さんと大ちゃんのコラボでやります。 www.youtube.com タヌキのシーンではもう一曲「てぃーちでぃーる」を歌います。太鼓のリズムが難しく、デフパペットシアターひとみの音楽担当やなせさんと、ピアニストのあみちゃんの特訓を受けました。 デフパペのプロの役者が「ぷかぷかさん」相手になんだか困っていました。  ワークショップをやっているリハーサル室の片隅ではアートパーク館長と舞台監督が発表会の舞台設計をやっていました。
  • しんごっちのメッセージ
     原鉄道博物館に行った際、電車が大好きだったしんごっちのことを思い出し、そのことを日記に書いたら、お母さんが読んでくれていて、こんなコメントが寄せられました。   「今日行くでしょ?」と40度の腫瘍熱で意識が朦朧とする中、原鉄道博物館へ行く約束を忘れずにいた あの日を思い出しながらブログを読ませていただきました。余命一週間…奇跡の復活。寄り添ってくださった皆様の想いが届きました♡忘れずにいてくださること、とても嬉しいです。    40度も熱があって、意識ももうろうとする中で原鉄道博物館に行ったんですね。あらためてしんごっちの前向きに生きるエネルギーを思いました。  ぷかぷかでは毎日帰りの会で 「今日は、いい一日でしたか?」 という質問をします。いい一日を過ごすこと、いい一日を創り出すことが、いい人生の出発点だと考えるからです。   しんごっちはその「いい一日を過ごすこと」と「いい一日を創り出すこと」の名人でした。  給料が出たら、横浜ー川崎間の一区間だけのグリーン車の切符を買って、8分間の豪華な旅をするなんて、そういうことを思いつくこと自体が、本当にすばらしいと思います。まさに「いい一日を創り出すこと」の名人だったのです。 pukapuka-pan.hatenablog.com    街の模型を思いをこめて作り、更にそれを思いをこめて写真に撮っていました。しんごっちのわくわくしている様子が手に取るようにわかる写真です。「いい一日、いい瞬間を創り出すこと」の名人だったのです。 pukapuka-pan.hatenablog.com   入院中、自分のベッドで動画も撮っていました。どんなときでも前向きの気持ちで生きたしんごっちの生きる姿勢が鮮明に見える出来事でした。 pukapuka-pan.hatenablog.com    しんごっちは、いつも前向きの人生を生きていました。銀河鉄道の絵は遙か遠くを見据えて生きようとする思いがあふれていたように思います。しんごっちの人生の壮大さ、スケールの大きさを思います。  下から見上げた銀河鉄道の絵を描いた時のしんごっちは、なんかもう私たちの手の届かないところにいたように思います。あの銀河鉄道ははどこへ向かっていたのでしょう。 pukapuka-pan.hatenablog.com   しんごっちは日々楽しいことを見つけていたので、子どもたちにもその楽しさをプレゼントしたかったようです。 pukapuka-pan.hatenablog.com pukapuka-pan.hatenablog.com   ぷかぷかはしんごっちをしっかり支えていました。 pukapuka-pan.hatenablog.com  しんごっち展をやりました。 pukapuka-pan.hatenablog.com    相模原障害者殺傷事件の容疑者は「障害者は不幸しか生まない」といっていました。かつてのナチスはそのために何万人という障がいのある人たちを殺してしまいました。その優生思想から私たちはまだまだ抜け出せていません。  今の社会でも「障がいのある人たちは不幸だ」と多くの人たちが思っています。「障がいのある人たちはかわいそうな人たちだ」と。そんな社会の中で、しんごっちはすばらしく豊かな人生を築きあげ、その中を生ききったように思うのです。  そんな彼の生き様から私たちは何を学ぶのか、ということです。しんごっちが残したものを、今こそ私たちは掘り起こさなければ、また第二、第三の相模原障害者殺傷事件が起こるような気がしてならないのです。  原鉄道博物館でしんごっちのことをふと思い出させてくれ、それにお母さんがコメントを寄せ、あらためてしんごっちのことをいろいろ思い出したのも、今の時代の中でくれたしんごっちのメッセ−ジなのかも知れないな、と思うのです。  
  • 今朝、テレビの画面の中で彼らは堂々と歩いていました。
    NHKおはよう日本で「ぷかぷか」が紹介されました。笑顔で登場する「ぷかぷかさん」たち、あらためて街の「宝」だと思いました。  この人たち、街の「宝」として、本当に大事にしたいと思うのです。  昔、私がまだ学生の頃、胎児性水俣病の子どもを抱きながら、『この子は宝子ばい』と言っていたお母さんがいました(下の写真)。でも、その『宝子』の意味がどうしてもわかりませんでした。重い障がいをもった子が、どうして『宝子』なのか、よくわからなかったのです。 (慈しむように子どもを見つめるお母さんの顔が素敵です)  でも、障がいのある人たちと付き合ってきた今、『宝子』という言葉に込めたお母さんの思いが痛いほどわかります。ぎすぎすした息苦しい今の世の中にあって、ただそこにいるだけで心安らぐような雰囲気を作ってくれる彼らの存在は、やはり『宝』といっていい存在だと思うのです。彼らがそばにいるおかげで、私たちは人としてそこに立つことができるのだと思います。  かつてあったおおらかさがなくなり、どんどん息苦しくなっていく今の社会には、そういう『宝』こそが必要なんじゃないか、私はそんな風に思います。   街の人たちに、そんな『宝』のような存在に出会ってほしい。そう思って「ぷかぷか」を立ち上げました。  そして今日、テレビの画面の中で彼らは堂々と歩いていました。本当に堂々と。なんかね、ちょっとうるっとしました。  相模原障害者殺傷事件で犠牲になった人たちが私に朝日新聞の投書を書かせました。それを読んだNHKの方が連絡を取ってきました。そんなつながりが今日の映像になりました。そしてたくさんの人たちが街の「宝」に気がついたことと思います。無念の思いで死んでいった人たちの思いが今日のテレビの画面にはあったと思います。それをしっかりと受け止めたいと思うのです。
  • 具体的な事業を提案し、それが相模原障害者殺傷事件を超える社会を作ることにつながる
     日本財団の助成金申請が先ほど終わり、ホッとしたところです。今日の23時59分が申請締め切りでしたが(ネット上で申請します)、少しゆとりを持って申請を終えることができました。  助成金申請書作りは、本当に自分が鍛えられる感じがします。事業の目的、目標、内容を限られた文字数で表現します。それを書いていく中で、自分がやろうとしていることがくっきりと見えてきます。  今回は相模原障害者殺傷事件があり、それを超える社会はどうやったらできるのか、が大きなテーマでした。抽象的な言葉ではなく、具体的な事業の提案です。目指す社会を実現していく事業です。  映画と芝居作り(演劇ワークショップ)を提案しました。  映画については先日日記に書きました。 pukapuka-pan.hatenablog.com    芝居作りについては以下のように書きました。 《目的》 相模原障害者殺傷事件の容疑者は「障害者はいない方がいい」と言い、それを支える社会全体の意思があります。効率一辺倒の社会にあって、生産性の低い障害者は社会の負担になっている、と多くの人が思っています。出生前診断で陽性の出た人の94%の人が中絶を選んでいます。障害者を排除する社会はお互い窮屈になり、貧しくなります。  そういった社会の中で「障害者はいた方がいい」というメッセージを明確に出します。言葉ではなく、そのメッセージを実感できる芝居を作ります。障がいのある人たちがいた方が豊かなものができる、と実感できる芝居です。その実感は、いろんな人がいることで豊かになる社会を作っていく出発点になります。   《目標》 ぷかぷかで働いている障がいのある人たちと、地域の人たちで一緒に演劇ワークショップ(芝居作り)をおこないます。障がいのある人たちと一緒に芝居作りをすると、ふつうの人たちだけでも芝居を作るよりも、ワークショップの場が何倍も楽しくなります。私たちとちがう感じ方、考え方から発せられる言葉、しぐさ、動きが、ワークショップを豊かなものにします。そしてそういったものを全身で感じる中、障がいのある人たちに向かって「あなたにいっしょにいて欲しい」「あなたが必要」とごく自然に思えるようになります。ワークショップで創り上げる芝居には、そういったものがすべて反映されます。  その芝居を舞台にあげます。芝居には「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」「その方が豊かなものが生み出せる」というメッセージが様々な形でこめられることになります。そのメッセージを舞台を見に来た人たちと共有します。ネット上にもアップしますので、数え切れないくらいたくさんの人たちとメッセージを共有することになります。  「障害者はいた方がいい」とたくさんの人が思えるようになると、社会はみんなが生きやすい豊かな社会へ少しずつ変わっていきます。   《内容》 1)(計画)  2017年8月から2018年1月まで、毎月一回演劇ワークショップをおこなう。発表会前日、当日のリハーサルも入れて計8回。参加者はぷかぷかで働く障がいのある人たちと地域の人たち(大人、子ども)。場所はみどりアートパークリハーサルルーム。1月末の「表現の市場」で創り上げた芝居を発表。みどりアートパークホール。「表現の市場」は障がいのある人たちの表現活動の発表の場。ぷかぷかも含め5団体参加予定。 2)(成果測定)  ワークショップでやったことは参加した人たちの気づきも含め、毎回ぷかぷかホームページ上に発表。みんなで創り上げた芝居を舞台で発表し、たくさんの人たちに見てもらう。ネット上にも発表。たくさんの人たちと成果を共有する。 3)(継続・発展性)  参加者を入れ替え、ワークショップを体験する人を増やしていく。ワークショップのテーマを発展的に変える(一期目は『森は生きている』、二期目は『みんなの《生きる》』、三期目は『セロ弾きのゴーシュ』)。 4)(連携とその効果) みどりアートパークと共催することで、公的施設に障がいのある人がいて当たり前という雰囲気になってきている。緑区役所保健福祉局と連携し、演劇ワークショップで作り出したものを横浜市内の区役所をはじめ、福祉関係者、たくさんの地域の人たちと共有する機会を作り出す。 5)(戦略的な広報)  ぷかぷかのホームページ、Facebookページを中心に、地域の様々なネットワーク、福祉関係、行政関係、障がいのある人たちの親のネットワークなどを使って、情報を流していく。      抽象的な話ではなく、あくまで具体的な事業を提案し、それが相模原障害者殺傷事件を超える社会を作ることにつながる、という思いをこめて書きました。    ちなみに今やっているワークショップの発表会は来年1月29日(日)みどりアートパークホールでおこなわれる「表現の市場」の中でおこないます。先日ぷかぷかマルシェで演奏した江原さんの「レクイエム」の演奏もおこないます。いろんな機会にみんなで相模原障害者殺傷事件を思い出し、あの事件はなんだったのか、あの事件を超える社会はどうやったら作り出せるのかを考えていきたいと思うのです。      
  • 相模原障害者殺傷事件を超える豊かな社会を実現したい
     日本財団の助成金で映画を作ろうと思っています。プロモーションビデオよりももう少しメッセージ性のある映画です。20分くらいの映画で、上映会のあといろいろ議論をしようと思っています。ぷかぷかが地域で創り出してきたもの、障がいのある人たちへの思い,相模原障害者殺傷事件等々、よりよい社会に向けての議論です。そのたたき台になるような映画を作りたいという趣旨で申請書を書きました。  今回私がたたき台を書き、pvプロボノの方にアドバイスをいただきながら、何度も何度も手直しし、ようやく今日、いちばんキモになる部分が完成しました。pvプロボノの方は、昨年プロモーションビデオを作ることがきっかけで、ぷかぷかとかかわるようになり、撮影している間に「ぷかぷかウィルス」に感染したようです。かなり重症で、そのおかげで今回、ぷかぷかの活動に対する熱い思いのこもったアドバイスをいただきました。   日本財団 映画製作のための助成金申請   (1)事業目的   「障害者はいない方がいい」と相模原障害者殺傷事件の容疑者は言いましたが、それを支える社会の雰囲気があります。効率一辺倒の社会にあって、生産性の低い障害者は社会の負担になっている、と多くの人たちが思っています。障害者の存在を否定的に見る社会は、どんどんやせ細っていきます。  いろんな人がいること、それが社会の豊かさです。障がいのある人も一緒に生きていくことで社会は豊かになっていきます。そういう社会をもっともっと広げ、相模原障害者殺傷事件を超える豊かな社会を実現したいと思っています。「障害者はいた方がいい」とみんながやさしく思えるような豊かな社会を福祉事業所を起点に作っていきたいと考えています。   (2)事業目標   「ぷかぷか」は「障がいのある人たちの魅力=チカラで社会を豊かにする」という今までにない新しい発想、カタチでの福祉事業をやり、地域社会を変えてきました。お店(パン屋、カフェ、お惣菜屋)では接客マニュアルを使わず、障がいのある人たちの魅力をそのまま差し出すことで、「ぷかぷかが好き!」とか「ぷかぷかのファンです」というお客さんをたくさん作り出しました。お店で彼らの魅力に出会い、障がいのある人たちや、彼らが作り出すお店の雰囲気が好きになった人たちです。そういった人たちを増やすことで、地域社会を少しずつ豊かにしてきました。  社会から疎外され、社会のお荷物とされてきた障がいのある人たちが、彼ら自身の魅力=チカラで地域社会を豊かにしたことは、社会をよりよい方向へ変えていく上で、大きな希望であり、大きな可能性を秘めていると思います。  この新しい発想、カタチを映像化し、あちこちで上映し、これをたたき台にみんなで議論をしていけば、この希望と可能性が大きく広がっていきます。障がいのある人たちは、何かをやってあげる「支援の対象」から、社会を変える主体になります。社会の彼らを見る目線が変わります。「障がいのある人たちは社会に必要」という風に。社会が,そんな風にして豊かになっていきます。   (3)事業内容  1)計画:11月~2月 企画作業・絵コンテ制作,検討 2月〜3月 ぷかぷかのファンの方たちのインタビュー映像。パン販売に行列を作って買う人たちのインタビュー、障がいのある人たちの働く姿、日々の活動、地域の人たちとのおつきあいなどの映像を撮ります。 4月 映像の編集  20分程度の映画に仕上げます。 5月以降、あちこちで「上映会+講演会」をやり、議論の輪を広げます。 2)成果測定: ●編集のほぼ終わった段階で関係者(製作関係者、ぷかぷかスタッフ、地域の人たち,行政、福祉関係者など)の試写会をやって、映画の内容、今後の展開について意見を集めます。集まった意見は製作サイドにフィードバックし、編集、今後の展開に生かします。 ●「上映会+講演会」の議論の記録は映画のサイトにアップし、たくさんの人たちと共有し,意見も求めます。 3)継続・発展性: ●「上映会+講演会」をあちこちでおこない、議論の輪が広がるように,議論のまとめと広げていく宣伝を同時進行でおこないます。 ●今回のこの映画を使い、クラウドファンディグで次回の映画製作費の捻出を考えています。全国から映画制作の寄付をつのることで、映画をとおして新たなネットワークを作ります。これは上映のネットワークになり、議論を広げていくネットワークになります。障がいのある人たちを取り巻く様々な社会的問題を取り上げる映画を更に作り、このネットワークで上映、議論の輪を広げていきます。新しい映画を作り続けることは、議論を継続させ、社会を変えていく力になります。 4)連携とその効果: ●企画制作過程においては、PVプロボノ、サービスグラントといったプロボノ主体のNPOとコラボレーションを考えています。それは今まで障がいのある人と関わりのなかった様々な人たちを巻き込むことになります。彼ら自身の障がいのある人への意識の変容、及び、感じたことの発信をおこなってもらいます。彼らの言葉は障がいのある人の関係者以外の方々へ届きやすい言葉であり、共感の輪を更に広げていけると思います。 ●障がいのある子どもを育てている親たちと連携し、子ども達がありのままの姿で生きられる社会を作っていくための議論を広げていきます。 5)戦略的な広報:ぷかぷかのホームページ、Facebookページを皮切りに、福祉関係、行政、映像クリエイター、障がいのある人たちの親のネットワークなどを使って「上映会+講演会」の情報を広げていきます。 
  • 「レクイエム」聞いてください。
     10月22日(土)のぷかぷか秋のマルシェで、日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんによる「レクイエム」の演奏がありました。相模原障害者殺傷事件で犠牲になった方たちに捧げる曲として弾いてもらいました。これを聞きながら亡くなった方たちに思いを寄せたいと思うのです。「あなたたちのこと、ずっと忘れないよ」って。 www.youtube.com  ちょっとだけ考えてみてください。なんの罪もない彼らが、どうして殺されなければならなかったのか、どうしてこんな事件が起こってしまったのか、容疑者の特異性だけの問題なのか、それともこんな事件が起こるほどに社会は病んでしまったのか、 だとすれば社会の何が問題なのか、この社会はどこへ向かっているのか、私たちは何をすればいいのか、何ができるのか、等々。  とても重い問題です。でも、殺された彼らのことを思うとき、この重さに向き合っていくことが、この社会を作ってきた私たちの、せめてもの償いであり、責任だろうと思うのです。
  • この時代を救うのも、障がいのある人たち
    ぷかぷか日記の読者の方がマルシェに見えたようで、こんなコメントを寄せてくれました。   土曜日は楽しませて頂きました。私の事情で早く到着いたしまして、ヒカリさん達と沢山おしゃべりが出来ました。お仕事のお邪魔をしてしまったと思います。すみませんでしたm(__)mヒカリさんはFBで存じ上げていたので刺繍のお話をしましたらご自分の作品を見せて下さいました。そして女子ならでは秘密のトークも^^初対面なのにぷかぷかメンバーさん達はすぐに仲良くなれます。もちろん恥ずかしがり屋さんもおられると思いますが^^これが地域を耕してきた人たちなんだな~って再び納得です。セノーさんにもお会いできました。風を感じておられたようです。なのでお声はかけませんでした。りえさんともお会いでき少しだけお話が出来ました。とても良い思い出になりましたありがとうございました。    「ぷかぷかさん」たちとの、こういう出会いがすごくうれしいです。メッセージを発信し続けることの大切さを、あらためて思いました。メッセージを受け止めるだけでなく、ぷかぷかまで足を運んでくれたことが、ほんとうにうれしいです。メッセージはこうやって人を動かし、社会を少しずつ変えていくのだと思います。これがメッセージの持つチカラだと思います。  相模原障害者殺傷事件の容疑者が、このコメントを寄せてくれた方のように、彼らとちゃんと出会っていれば、事件は起きなかったと思います。今の、この時代、彼らと出会うことは、それくらい大事なことなんだと思います。  「今の、この時代」とあえて書かねばならないほど、「今の、この時代は」病んでいるのではないかと思います。だからあんな事件が起きてしまったのだと思います。  そして、あんな事件が起きてしまったこの時代を救うのも、障がいのある人たちであることが、救いのような気がするのです。そしてそこにこそ希望があるような…
  • 希望があるからまた書ける
     土曜日、マルシェの合間を縫ってNHKのインタビューがありました。  「相模原障害者殺傷事件について、どうしてこんなにもたくさんメッセージを出すのですか」と何度も聞かれました。事件直後、たくさんの団体が様々なメッセージを出しましたが、ほとんどは一回きりです。ぷかぷかはなんと17本もブログをアップしています。  pukapuka-pan.xsrv.jp     これはどうしてなのか、と。  なんかね、あれだけの大事件が起きて、一回だけ何か書いて済むとは思えないのです。書いても書いても、まだ足りない、という感じで書き続けてきました。  ぷかぷか日記を書いたぐらいで、世の中は変わりません。でも書かないともっと変わりません。書けば、何人かの人が読んでくれます。ひょっとしたら、障がいのある人たちとのおつきあいについて、彼らが社会にいることの意味について、彼らと一緒に生きていくことについて、新しい気づきがあるかも知れません。その気づきは、ひょっとしたら新しい動き、行動,生き方、障がいのある人たちとのつきあいを生み出すかも知れません。  そういったことで社会は少しずつ少しずつ変わっていくのだと思います。社会全体を見渡すと、ほんとうに気の遠くなるような作業です。時に無力感に襲われるときもあります。  それでも、先日のマルシェにはいつも以上にたくさんの人が来てくれ、「レクイエム」の演奏に涙した人もいました。  ね、だから希望はあるのです。希望があるからまた書けるのです。  23日に放送されたNHKアーカイブス「この子らを世の光に~ともに生きる社会をめざして~」がネット上で話題になっています。私も昔本を読んで、本当にそうだと思いました。  ただ、今ぷかぷかで「この子らを世の光に」なんて言ったら、なんか違和感というか、気恥ずかしさが先に立ちます。やっぱり糸賀一雄さんの言葉を受け継ぐ新しい言葉、今の時代にあって、新しい歴史を切り開くような新しい、力のある言葉を私たちが創り出せなかったのだろうと思います。そこに相模原障害者殺傷事件が起こった気がします。すきがあったのだと思います。  「この子らを世の光に」ではなく、ぷかぷかはもっと泥臭い言葉で勝負します。「秋コレ・ぷかぷかファッションショー&ハロウィン仮装パレード」見ましたか?あのちゃんちゃらおかしいパレードこそがぷかぷかのやり方です。ああやって障がいのある人たちも含めてみんなで楽しむこと、その事実を積み重ねること、そうやってぷかぷかのまわりの社会が少しずつ変わりつつあります。  なんて書きつつ、実は、あのちゃんちゃらおかしいパレードやりながら、お金もしっかり稼いだんですよ。今までのマルシェでいちばん稼ぎました。お金稼ぎながら、社会的課題もしっかり解決するソーシャルビジネスをぷかぷかはやっているのです。先日取材に来たNHKのラジオ深夜便のディレクターの方はソーシャルビジネスをやっていく上での苦労を聞いていましたが、ちゃんちゃらおかしいパレードやりながら、しっかりお金稼いだ話をすればよかったと今思いました。  こうやってたくさんお客さんを呼び込んで、パンは早い時間に完売しました。  
  • 何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?
     すでに何度もお知らせしていますが、今日のぷかぷかマルシェで日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんに「レクイエム」を演奏してもらいます。 www.youtube.com   「レクイエム」をみんなで聞きながら、静かに、相模原障害者殺傷事件の犠牲になった人たちのことを思いたいのです。   死の間際、「何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?」と思ったと思います。そう思うと、なんともやりきれない思いがするのです。犠牲になった方が、死の間際に発した、その重い問いに、私たちは答える義務があると思っています。  私たちの社会はどうして「障害者」というだけで殺すところまで行ってしまったのでしょう。容疑者の特異性に原因を求めるだけで、問題が解決するのでしょうか?  横浜市瀬谷区で、住民の反対運動で「障害者」のグループホームの計画がつぶされました。「障害者」には来て欲しくない、と地域社会から締め出されたのです。  「障害者はいない方がいい」という容疑者と同じ発想です。容疑者とは、一線を越えるかどうかの差であって、社会全体が病んでいる気がします。  この病んでいる社会とどう向き合っていけばいいのか。何が問題で、どうすれば解決するのか。それをみんなで必死になって考えることが、私たちに課せられた義務だろうと思います。   相模原障害者殺傷事件で犠牲になった人たちのことを思うことは、やりきれなさの中で、考えて、考えて、考え抜く作業を続けることです。「何もしていない私たちが、どうして殺されなければならないの?」の問いを,自分にむけられた問いとして、考え続けることです。それは、この病んだ社会の中で私たち自身が人間を取り戻す作業でもあると思っています。              
  • 「レクイエム」を届けて欲しい
     朝日新聞の記者が取材に来ました。前田さんという方で、以前、(記者有論)というコラム欄に相模原障害者殺傷事件のことを書いた方です。 《掲載の翌日、葬儀に参列した。棺の中でほほえむ小さな顔を見て思った。「この人だけにしかない人生がある。それが理不尽に奪われていいはずがない」》 というところが印象に残って、感想を書き送ったことでつながりができました。今日は22日のぷかぷか秋のマルシェの「レクイエム」の演奏のことを紹介したいので、と取材に見えました。 digital.asahi.com  事件当日、朝4時半に電話で起こされ、現場に急行し,何日かほとんど寝ないで取材し続けたそうです。上のコラムはそのまとめのような記事です。  棺の中で小さくほほえむ顔や、生前のたくさんの写真を見て、この人にもすばらしい人生があったんだって、そのときあらためて思いました、とおっしゃってました。  障がいのある人たちのおかれているいびつな社会的状況が一挙に吹き出した事件でした。取材した前田さんにとっては、障がいのある人たちとの、ほんとうに強烈な出会いだったのだろうと思います。でも、この強烈な出会いを何度も何度も反芻し、今は時々うめいたりするようなこともあるかも知れませんが、若い前田さんにとってはこの先、今回の出会いは人生の大切な財産になるような気がしています。    似顔絵の名刺を作ることになり、画伯に絵を描いてもらいました。  似顔絵の名刺ができたら、取材先でぜひ使って欲しいと思っています。事件の遺族の方も、こんな名刺受け取ったら、ほんのちょっと、心がなごむかも知れません。  と、書きながらふと思うことがあって今、前田さんに電話しました。22日にもし取材に来れたら、「レクイエム」の演奏を録音して、遺族の方に届けて欲しい、という依頼です。事件から三ヶ月たって、ほとんど話題に上らなくなっているのですが、こうして「レクイエム」をみんなで聞いて、犠牲になった方のこと思っています、というメッセージを届けて欲しいと思ったのです。  
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