思いを壮真さんにぶつけるところがとてもよかったです
『僕とオトウト』の上映会がありました。 その感想です。 ●弟を支援する目線でなく、兄弟として伝わる伝わらないではなく、思いを壮真さんにぶつけるところがとてもよかったです。こんな丁寧な対話がとても大事ですよね。 ●障害児の保護者として壮真くんのお母さんに共感しましたし、兄弟児のセルフドキュメンタリーでしか表現できない家族のストーリーに感動しました。 印象的だったのは、壮真くんと2人並んでどうしたいか?を尋ねるシーンです。髙木監督が真摯に弟に話しかける姿に、私自身がどうしても息子にわからないだろうと本人に無意識に話さないことが多いのですが、本気で相手を思って話せば通じるところがあるんだなと新ためて向き合う大切さを確認しました。 また家族のぶつかりあいなどキレイ事だけではないありのままを映画化された事に親としての覚悟のようなものを感じました。 映画上映後の監督とのフリートークは、ぷかぷかさんが耕すんだよと高崎さんのお話しされていた事を初めて体験させて頂きました。 自由に舞台の上を歩くお二人(そらくんとたからくん)に監督も一緒に歩きだし、ぷかぷかさんの上映会でしか感じられない会場のあたたかさを感じました。 親なき後の事、インクルーシブ、兄弟児、就労など気になっているテーマの話題ばかりでした。また色々な立場の方のお話しを聞けて私も新たな気づきが沢山ありました。 監督のお父さんがチラシを配った話しや、結婚後の帰省など、家族として向き合う姿に勇気をもらいました。 高崎さんの壁があるからあきらめるの?のお話しは私自身にかけられた言葉のようで はっとしました。 とりとめのない感想になってしまいましたが、息子の進路や将来で色々考えていたタイミングにまさに話し合いなさいと教えて頂いたような気持ちでいます。 どうもありがとうございました。 ●「今日行ってよかったね〜」と帰りの車の中で夫と話しました。夫は、障害を持つ人たちの家庭の様子を知ることが出来て、すごく自分自身の為にもなった、と。 私は、ゆうとさんの「ただ弟のことをもっと知りたいだけ」という素直な気持ちと 映画を創ってみたいという流れが自然でいいなぁと思いました。 お母さんのさっぱりした姿や家族への愛の深さも伝わってきました。お父さんもああいう形でしか表現できない方なのでしょうね。 私は自宅で子どもたちの造形教室をやっていて、いろんな障害を持った子どもたちと日々関わっています。そうまさんに絵を描かせてみたいなぁ、どんな表現をするんでしょうね〜 全てに正直な動物的反応をするそうまさん、きっと動物的な激しい絵を描くのではないでしょうか。絵の具も食べちゃうかな。 ひとつ気になったのは、映画の最後にゆうとさんの顔が数秒アップになったのですが、それに続いてそうまさんの顔も出てくるのだろうと思ったら、あれ?違いました。無言のゆうとさんの顔で終わってしまいました。『僕とオトウト』という題名からも、 私が感じた全体が物語っているものからも、最後にそうたさんの顔のアップも出たらいいのに、と少し思いました。会場での質問で手を挙げる勇気がありませんでしたが、 ゆうとさん一人のアップの映像で終わったのにはどんな意味(メッセージ)が込められていたのでしょうか。 ●『僕とオトウト』を見た直後、昨年自死した兄にとても会いたくなりました。亡くなる前に精神の不調が見られていた兄とどれだけ向き合えたのかと反省と後悔と、後渡し自身が当時どのように兄のことを考えていたのか振り返るよい機会でした。 また映画のテーマとして、「障がい」「兄弟」のほかに「家族」という点も含まれていたことも興味深く感じました。 「母」「父」「兄」とそれぞれで壮真さんとの向き合い方、壮真さんのやりとりの仕方が違っていて、とても興味深かったです。その違いはどのような要因があるのだろうと色々考えました。壮真さんと過ごす時間なのか、社会的な立場なのか、ここの障害観なのか… 本や言葉だけでなく、映画という形だからこそ、見る人によってこうやっていろいろな観点で解釈できて、その後の豊かな対話が開けるんだなぁ、と思いました。社会をLIVEで変化するきっかけを作るチカラが「映画+対話」のこの企画にあると思い、素敵な場に参加できてよかったと感謝します。本当にありがとうございました。 ●私は「そらくんとたからくん」の映画がきっかけで障がいのある人達のことを考えるようになりました。いろいろな考え方があり、いろんな人がいるのが当たり前のはずなのに、なかなか知らない、出会えていないことで、お互いにつながり合えていないような気がします。映画もですが、交流タイムがとてもよかったです。 ●中1自閉症スペクトラム男子を育てています。お母様、素敵です。今現在の家族関係も素敵ですね。第2弾も期待しています。 うちは「姉とオトウト」です。姉弟仲はとてもいいです。高校3年の姉の本音がよくわからなくて、今日来させてもらったのですが、わからなくてもいいのかなと思いました。 ●お兄さんはオトウトさんにじっくり話を聞いていたので感心した。オトウトさんもお兄ちゃんに一目置いて、大好きなんですね。 ●上映後にトークタイムもあってとても勉強になりました。高校の教育現場で頑張ります。 ●『僕とオトウト』を見て、兄弟の仲がとっても伝わりました。自分の障害者で、今回の映画はとってもよかったです。監督、高崎さんの話を聞いて、とてもいい勉強になりました。 ●親の思いと兄弟の思いの違いは、やはり同世代であることでの併走の重みかと思います。私は親ですが、障害のある子どもとその兄弟双方がいかにそれぞれ独立して幸せになってくれるか、と同時に、障がいのある子どもにとって兄が一番の味方であってもらえないか、という思いが交差しています。それを両立させる家庭や社会、兄弟の支援や障がいのある子どもの居場所(通所や住まい)であってほしいと思っています。 映画についてはリアルで飾り気がなく、愛に満ちていて、監督のおっしゃる『切なさ』がとてもよく伝わってきました。感動しました。 一点、自分が関東生まれなのでしょうが、大阪弁で早口な会話がなかなか聞き取れず、字幕があればなぁと思いました。 ●おもしろかったです。消化できていませんが、しみます。 ●多角的に考えさせられた映画でした。 ●火事になってしまって、その後、お父さんが「また、火事になったらもうお金が残っていないからこの子を売るしかない」といったのでびっくりしました。孫の小3女児お風呂に入って、入浴剤をなめてしまって驚いたけれど、面白かった。孫の小6女児性欲の場面にハッとしましたが、理解しなければと思いました。孫たちも飼い犬が布に押し付けて腰を振っているのを見かけて、面白いと自然に受け止めています。 21歳の障害を持った男の孫と同居していますが、家族のだれもが性欲に無頓着でした。彼もなんだかわからずに勝手に処理していたのですが、おねしょ状態になり、家族から非難され、隠れてユーチューブで女性のトイレ場面を見たりしていました。ある人から、それは性の処理の仕方をきちんと教えないからだと言われて、やっと気が付いた次第です。その辺は父親の役割にしてからは、問題行動は無くなりました。意外と落とし穴があるもので、今後も戸惑いながらゆくのでしょうが、映画を拝見して「わからなさ」と付き合う気持ちを持ち続けて行こうと思いました。 最後に、蛇足ですが、最首悟氏の「星子がいる」をお読みになっておられなかったら、ぜひおすすめします。私は最首塾のおしかけ塾生になって1年経過しましたが、最首ご夫妻の4番目のお子さん、重度心身障害を持って生まれた星子さんへの考えに触れて、孫との関係の在りようが変わりました。77歳の祖母 ●ステージ上には高崎さん、髙木監督、そして自閉症の兄弟そらくんとたからくんが! そらくんとたからくんは自由にステージをぐるぐる歩き回ります。ときどき飛び跳ねたり、ステージの袖に座り込んだり、フロアに降りて駆け回ったり。これが全く自然に、会場風景になっていました! ●メデイアでは障害者の才能のある部分が取り上げられることが多いですが、それと同時に、周りを困らせてしまう理由、本人の中の困り感、そして障がいのある人のもっと深くの表出できない部分(たくさんの愛なんですよね)も多くの人に知って欲しいと常々思っています。 それをこの映画はきょうだいの辛さや葛藤や気付きによって観ている人に訴えていました。 観ていて様々な思いが巡りましたが最後はやはり、本当の多様性を受け入れられる社会なら、きょうだいがこんなせつない思いなどせずにいられるのに...でした。 また、時を経て思いも重なり変化して来た監督のアフタートークもとてもよかったです。 舞台を歩き回る二人の若者とその中でトークを進める監督と高崎さんが、とても新鮮でとても楽しくて、、この場でこれがありなのか、とちょっと驚きましたが、それがとにかく良かった(^ ^) それと、高崎さんがトークの中で仰っていたと思うのですが、「社会を変える次の仕掛け」はどんな事なのでしょう。気になって仕方ありません。 ●率直な感想を申し上げると、序章を見たという思いです。 初めて、正面からオトウトくんに向き合い、オトウトくんのことをひとつずつ知る監督さんの 心境の変化が興味深かったです。また、オトウトくんを取り巻く環境(家庭内、社会) への気付き、そして、父母への思い、共感と反発など、オトウトくんを知れば知るほど 監督さんが新しい発見をされることがとても多いことも伝わってきました。 この監督さんの変化は障害児者を家族に持つご家庭ではよくあることなのではないかと 思います。日々、教員として感じることは、児童生徒の対応は母親がほぼワンオペで されているということ。父親の存在が見えないことです。 問題なのは、その母親たちのワンオペの解消が父親やきょうだいなどご家族ではなく、 放課後等デイサービスなどに「預かってもらう」というレスパイトになっている気がします。 それぞれのご家庭の事情があると思いますが、結局は他の家族が本人を知ることなく、 対応に当たっている母親が苦しい思いをされていると感じます。 この根本的な要因は、障害児者をご家族に持つご家庭がまだまだ障害を持った人たちは、 周囲に迷惑をかけてしまうから出せないという閉鎖的な風潮があるからだと思います。 これは、そのご家族が悪いのではなく、社会そのもののが変わっていないからなのでしょう。 そのためにも、障害児者が社会に出ていき、社会の中での存在が当たり前になること、 そして、今回のような映画を多くの方に見ていただくこと・・・その継続的な働きかけが 社会を変える大きな一歩になると思います。 改めて、監督さんには第2部を期待します。監督さんがおっしゃった、次の段階ではなく、 次は「父とオトウト」などを期待してしまいます。これにはお父様のご承諾が必要でしょうけど。 最後になりますが、実は、監督さんが話されていた「ちづる」、私は当時、鶴見養護学校 時代の彼女の担任でした。当時、自由奔放な、そして、不思議な感覚を持っている彼女 からたくさんのことを学ばせてもらいました。支援学校での児童生徒との関わり方を教わった 生徒の一人です。今でも細々とではありますが、ご本人、お母様との交流が続いています。 ★上映後のお客さんとの対話の時間が2時間もあり、こんなに長い対話の時間は初めてです、と監督はおっしゃっていました。映画と対話でたくさんの気づきがあったかと思います。その気づきをぜひこれからの暮らし、あるいは現場で生かして下さい。(高崎)