ぷかぷか日記

障害のある人と一緒に生きていくための、自己実現論だから面白い

 現代書館の若い編集者向山さんが『ぷかぷかな物語』の感想を書いてくれました。

●●●

 まず拝読して感じたのは、本書は仕事術・自己実現論として読んでもとっても面白い!ということです。

 ごにょごにょ理由をつけていないで、とにかく自分が素晴らしいと思うことをやってみればいいじゃない!という姿勢に、ハッとさせられることが多々ありました。革命家アントニオ・グラムシの言葉に「実践の楽観主義者」とあるのですが、まさに高崎さんのことだと思いました。

 そして、高崎さんのその姿勢って、いまの若い人に向けた大切なメッセージだと思うのです。 わたしの知り合いの大学の先生が、「ゼミのときに、学生に好きなことやっていいよと言ってもなにも決められない。だからこちらが選択肢を提示している」 「グループで発表をお願いしても、発表者が『コレってみんなの意見だよね??わたし一人が勝手に言ってるんじゃないよね??』と周囲の顔ばかりみている」 と愚痴をこぼしていました。 学生さんはいま、とても窮屈な社会を生きているのだと思います。横をみればみんな同じ顔。均質性を求められています。

 わたしもかつてはそのような学生でした。 でも、海老原さんと出会ってだいぶ変わりました。自分と全く違う存在と生きることの楽しさ、そして障害のある人と出会えない社会のつまんなさ、に気づいたのです。(★海老原さんとの出会いの物語は後ほど紹介します)

 さっき「本書は自己実現論として面白い」と言いましたが、正しくは、「障害のある人と一緒に生きていくための、自己実現論だから面白い」のだと思います。 だれも、自分のためだけに頑張ることはできないと思うんです。

 私が最後に思ったのは、「楽しい」って、ぷかぷかさんたちにとっての新しい自己決定のかたちなのではないか、ということです。 いま福祉の分野では、知的障害者の意思決定支援論、みたいなのがたいへん盛り上がっていますが、私にはいまいちピンときません。 たくさんある選択肢の中から自分にとって大切なものを選べ(意思決定)と言われても、なかなか難しいですが、「(ぷかぷかにいるのが)楽しいからやる」というのはわかりやすいし、ぜったい本人にメリットがあると思います。

「ぷかぷかな物語」を障害や福祉に関係なく、いろんな人に読んでもらいたいですし、そのために頑張りたいと思います。

●●●

 

「障害のある人と一緒に生きていくための、自己実現論だから面白い」という言葉が光っています。

 私は障がいのある人たちに惚れ込み、ただただ彼らといっしょに生きていきたいと思って、ぷかぷかを立ち上げ、いろんなことをやってきました。それをまとめたのが『ぷかぷかな物語』なのですが、それは「障害のある人と一緒に生きていくための、自己実現論」であり、だから「面白い」という感想は秀逸です。

 誰しも自分を実現していく物語を日々紡いでいます。その物語の出発点に障がいのある人たちとの出会いがあったこと。それが物語をとてつもなく豊かにしているのだと思います。

 あらためて彼らに感謝!です。

 そしてそういうことに気づかせてくれた向山さんに感謝!です。

f:id:pukapuka-pan:20190612125917j:plain

shop.pukapuka.or.jp

 

●●●

向山夏奈さんと海老原さんの出会いの物語

f:id:pukapuka-pan:20190612130258j:plain

去年の春、突然現れたかなちゃん。

修士課程の院生で、
「SMAの患者様たちの生き様を論文にしたい」と。
「つきましてはインタビューさせてもらえないか」とのメール。

なるほど。

そこで返信。

まず、私は「患者」じゃねーし。

かな「あ!ごめんなさい!!そんなつもりでは!Σ(゚д゚lll)」

そして、生き様なんざ、インタビュー数回で理解されてたまるか。
介助やりなさい、介助を。

かな「え……カイジョ………Σ(゚д゚lll)」

真面目で素直で純粋なかなちゃんはめちゃ悩んだらしい、
……泣きながらw

そこで最後の一撃。
「障害者に関わったことないでしょ。
だから、怖いでしょ。
でも、障害者の日常という異文化に飛び込むのは、
ある意味、留学みたいなもんだからw」

かな「留学ですか…そうか…ならできるかもw」

という感じで、あれよあれよと言う間に私に洗脳されたかなちゃんは、
まんまとワナにかかり、翌月重度訪問介護の研修を受け、
3月から土曜の日中の介助に定期で入ることになったのです。

私としては、ちょうどその枠のアテが2月いっぱいで抜けることになっており、
次の人いないかなーとアンテナ張っていたところでした。

そこに飛んで火に入る夏の虫w
春だけどw

YES!!(*゚▽゚*)

さて、介助に入り始めたはいいが、えびアテ史上最高(最低?)に筋力弱い…。
姫抱っこも今にも落とさんばかり。
そして、家事の仕方も全然知らず。調理も掃除もまあー雑だこと…w
言われたことはかろうじてできるけど、
自分で気づく、ってことが全然できない。

すごいなー…w
こういう子達が将来の日本を支えていくのかぁー。
論文書く前にやっといた方がいいことあるんじゃないのー??

そんな始まり方でした。

でも私は、言いたいことは言う、やりたいことはやる。
そこに妥協せずアテに手を貸してもらう。

だから、何度もやり直しさせるし、「そうじゃない」と言い続ける。

彼女のいいところは、修士論文を書くために介助に入っていることもあり、
分からないことや疑問に思ったことは、ちゃんと聞いてくれることでした。

例えば、私の飲み会介助の際、アテは一緒に飲んでいいのか、
周りの人たちがアテに話しかけてきた時に
「介助中なんで…」と断った方がいいのか、おしゃべりしていいのか、
アテは黒子でいるべきと言われることをどう思っているのか、
利用者とアテが対等でいるにはどうしたらいいのか…とかとか。

そんな、素朴な疑問を、ちゃんとぶつけてくれる。

他にも、介助の合間に、インタビュー的なやり取りをしたり、
私の講演介助を通して私が何を大切にしながら生活しているかを理解していくうちに、
だんだん関わり方が変わってきました。

言われたことをこなす、というより、
「今日、今、私がどんな生活をしたいと思っているか」を推測しながら動く、
そして、
「私ただの黒子ですからいないものとしてください」
という姿勢から、
「私、海老原さんの生活支えるために隣にいますけどなにか?」
と、アテとしての主体性を持てるようなってきたのです。

それは、私にとって、とても心地いいものでした。
ちょっとサインを送れば、
「アレですね、分かってますw」
と言わんばかりに動いてくれる。

予測しながら動くから、無駄な動きや時間のロスも減ってくる。

利用者に向き合う介助ではなく、
利用者が見ている方向を一緒に見れる介助。

相変わらず力は弱いし家事能力も高くはないけど(笑)、
そういう「関わり」ができる人の方が、安心して命を預けられる。

毎週土曜日は、安心して生活、活動できる日となりました。

そんな彼女のアテ生活もあっという間に1年が過ぎ、
修士論文も無事書き上げ、アテ卒業間近という1月のとある日。

金曜の夜中、かなちゃんからLINE。

「えびさん…すみません…。
転んで縁石に顔面ぶつけ、歯が折れて救急車で運ばれてます、今。」

なぬー!!Σ(゚д゚lll)

「ほんとごめんなさい…とりあえず病院でいろいろ検査して、
また状況を連絡します!!」

運悪くも、その翌日は、かなちゃんに新アテ研修をお願いしており、
しかも、新アテ研修を見学に来る人たちもいる予定になっていた。
夜中だから、もう別のアテを組む連絡調整も難しい。

仕方ないのでひたすら待つ。

そして3時過ぎ。
りんろーん、とLINEが鳴る。

「遅くなりました。
歯がない以外は通常通りなので、明日、予定通り介助入ります」

歯がないだけでなかなかの一大事だと思うが、
とにかくありがたい。
とりあえずホッとして4時就寝。

翌日、かなちゃんは、予想よりもはるかにひどい顔で元気に登場。
ズルズルに擦りむいた顔をマスクで覆い、
歯が折れているのでウィダーインゼリーしか摂取できないと。

よく来たね…(;゚Д゚)))

「だって、今日、研修入ってるじゃないですか。」

いや、それにしても…

「で、えびさん、今日、職場のイベントありますよね」

まあ、そうだけど…

「なんか、不思議なんですけど、救急車で運ばれてる時、
折れた歯のことよりも、明日の介助どうしよう!
ってことが先に頭に浮かんだんです(笑)」

さらには、

「歯がないと、何か食べる時に口の奥に食べ物そーっと置いて、
ゆっくり噛んで、慎重に飲み込んで、って、めちゃ大変なんですよ。
あぁ、えびさんが食べるの大変、疲れる、
お腹いっぱいになる前にやめちゃうっていつも言ってるのはこれなんだー!
って、よく分かりましたw」

と、ズルズルの顔でもとことんポジティブ。

「とんでもない子が来たもんだ」と思った去年から、
「こんなんなってまで来てくれて感謝しかない」と思う今春。
人って、1年でこんなに変われる!?
と、すごく感慨深いものがありました。

そんなかなちゃんが書き上げた修士論文。
これがまたすごく良かった。

最初、「SMA患者の生き様を研究したい」と言っていた彼女の論文は、結果、
「自分の生き方に向き合い、自分の生き様をどうしていくか」
を論じるものに変わっていました。

「いつも周りの人達の希望に添える自分でありたい、
周りの人たちの役に立つ、
周りの人たちにとって都合のいい人間でありたいと思ってきた自分」
は、他者に対しても
「私にとって都合のいい存在でいてほしい」と願っていたことに気付いたこと。

しかし、海老原は、決してアテである自分の都合のいいように振舞ってくれず、
自我を押し通し、ワガママで頑固でどうにもならず最初はイライラしていたこと。

その理由は、研究を始める前は、
「なんでも自分でできなければいけない、
自己は自己制御できた方がいいし、自己で生産性を持てたほうがいい」という
「自己完結を求める社会」こそ正しいという価値観に支配されていたから。
なので、病気が進行し「できなくなること」
=人としての無力化=不幸、恐怖でしかなかった彼女。

それが、アテンダントの仕事を通して
「できなくなること=他者を自分の生活に介入させる余地が増えるだけのこと
=ちょっと面倒だけど人としての価値は大して変わらない」
にパラダイスシフトしていった彼女。

「できなくてもいい」
「それを補完するためにいろんな人の手を借りればいい」
ことに気付いた彼女は、
「周りから押し付けられている価値観に従い続けなければならない狭い世界」から解放され、
「どうにもならない差異のある他者とともに在ることへの快楽」を見出していき、
さらには、「そのような価値観こそが社会を救う」
とまで言いだしてます、論文の中で(笑)

快楽と社会変革ですよ、もう、すごいことになっちゃったw

でも、ほんとにうれしかったなぁ。
命を削りながら地域生活を送っている意義を、
こんなにしっかり受け止めてくれる人が、まだいる。

心不全だし、寝不足だし、疲れるし、大変だけど、
もう少しがんばるか。

そんな風に思いながら、また1年、過ごしていこうと思いました。

追記:
なんの縁なのか、もともと出版系の仕事に就きたかった彼女、
私の介助中に、私の著書を出してくれた出版社「現代書館」の方とつながり、
ちょうど定年退職するその方の後継として、現代書館に就職しました(笑)

かな「人生の価値観はひっくり返るわ、就職先まで見つかっちゃうわで、
もう、えびさんには足向けて寝れませんw」

いろいろ「もってる」んだよ、あなたは、きっと(笑)
これからもいろんな出会いを通して、いい本いっぱい出してください。

皆さん、「福祉労働」定期購読してあげてください(笑)

●●●

 

 そんな風に海老原さんに出会った向山さんは

「自分と全く違う存在と生きることの楽しさ、そして障害のある人と出会えない社会のつまんなさ、に気づいた」

といいます。すばらしい気づきだと思います。

 向山さんは現代書館が発行している季刊『福祉労働』(福祉の世界を地道に語ってきた本です)をもう少し誰でも読んでみたくなるような本にしたいと考えています。「障害のある人と出会えない社会のつまんなさ、に気づいた」向山さんがどんなふうに『福祉労働』を作るのか、とても楽しみにしています。

 そのためにも6月27日(木)のぷかぷか×日本財団CANPAN共催のセミナーにも参加するそうです。うれしいですね。

pukapukacanpan.peatix.com

セミナーの参加申し込みはpeatixでするようになっていますが、ぷかぷか問い合わせ窓口info@pukapuka.or.jpに「6月27日セミナー申し込み」と書いてメールを送ってもらっても結構です。参加費1,000円は会場でお支払いください。おまけで『pukapukaな時間』がもらえますので、すごくトク!です。ぷかぷかさんといっしょに生きるとこんなにも豊かな時間が生まれる、ということをビジュアルに表現した冊子です。

f:id:pukapuka-pan:20190609171944j:plain

最近の日記
  • この何気ない風景をゆるせる、福祉、社会っていいですよね
  • 障害のある人と一緒に生きていくための、自己実現論だから面白い
  • 笑顔をなくしてまで合わせる先に、何があるのでしょう
  • 東海テレビ、すごい!
  • 「こんなの聴いたことない感」にあふれた歌が世界中でヒットすれば
  • 福祉事業所は障がいのある人たちにとって大切な場であるだけでなく、地域社会にとっても大切な場である…
カテゴリ
タグ
月別アーカイブ

 

笑顔をなくしてまで合わせる先に、何があるのでしょう

 毎日小さなカメラを持ち歩き、写真を撮りまくっています。いい写真が撮れたら、キャプションをつけ、Facebookにアップします。

 今日撮ったこの写真

f:id:pukapuka-pan:20190611181545j:plain

 

 特に物語があるわけではなく、どういうキャプションをつけようかといろいろ考えました。写真を眺めているうちに、あーだこーだと物語を考えなくても、彼らがこうやって笑顔でいること、ただそれだけでいいじゃないか、と思ったのです。

 そのことに価値があること、こういう笑顔を生み出す社会こそ豊かであること。

 

 昔養護学校の教員をやっている頃、卒業生の進路先を時々訪ねました。

 その中で、生徒の変わりようにびっくりしたところがあります。その方は学校にいる頃、ダウン症の、すごくひょうきんな生徒で、その子のまわりは笑い声が絶えませんでした。多分そんな調子で今もまわりを楽しくさせてるんだろうな、と思いながら訪ねました。ところが、楽しいどころか、見たこともないような厳しい顔つきで、ひたすら部品の組み立てをやっていました。なんだか話しかけるのもはばかられる雰囲気で、居心地悪く、そそくさと退散してしまいました。

 なんだか悲しい気持ちでした。彼の、あの笑顔はどこへ行ってしまったんだろうって。

 

 彼らを社会に合わせるのもいい。でも、笑顔をなくしてまで合わせる先に、何があるのでしょう。そこのところこそしっかり考えないと、彼らが辛い思いをするだけでなく、社会の大きな損失になる気がします。

 

 こういう人たちのこういう笑顔は絶対なくしちゃだめなのです。この笑顔は社会の大切な財産です。

f:id:pukapuka-pan:20190611212830j:plain

f:id:pukapuka-pan:20190611212844j:plain

 6月27日(木)に日本財団ビルでおこなうセミナーでは、こんな話もします。ぜひおいでください。

https://pukapukacanpan.peatix.com/view

セミナーの参加申し込みはpeatixでするようになっていますが、ぷかぷか問い合わせ窓口info@pukapuka.or.jpに「6月27日セミナー申し込み」と書いてメールを送ってもらっても結構です。参加費1,000円は会場でお支払いください。おまけで『pukapukaな時間』がもらえますので、すごくトク!です。

 今日は軽井沢から参加される方から、セミナーの前にぷかぷかを見学したいと連絡がありました。

東海テレビ、すごい!

 東海テレビがすばらしい公共放送を作っています。

 

 当事者からのメッセージ。最後、涙がこぼれました。

 こういう力強い、必死のメッセージが今必要。そして、こういうメッセージが社会を動かします。

 当事者のこんなメッセージを、私たちはもっともっと拾い集めねば、と思いました。

 

見えない障害と生きる

https://www.youtube.com/watch?v=hFppNU0ONQo

 

 

報道現場の記者の迷いや悩みこそが、報道の内容を豊かにするのだと思います。何があったのか、機械的に伝えるのではない、人間として伝える、人間というフィルターを通して伝える、ここが一番大事な気がします。そういった人を感じる報道が、時として深く傷ついた人を救います。

 

今テレビの現場から

https://www.youtube.com/watch?v=czhgTbcs41M&feature=youtu.be&fbclid=IwAR0jOe-uTLZfFgq1iRqZ3Fysm44PzrVf0tE-3b8b_kPSLhnH_had07QHz5s

 

 にしても、東海テレビ、すごい!

「こんなの聴いたことない感」にあふれた歌が世界中でヒットすれば

昨日影絵のワークショップに参加したfujikiさん、時々ギターかウクレレ抱えてぷかぷかに来るので、みんなでビートルズ歌いましょう。

 「こんなの聴いたことない感」

にあふれた歌ができあがったらCDにして世界に向けて発信しましょう。きっとすごい反応が出てきます。その反応を見て、世界中の障がいのある人たちがビートルズ歌い出したら、すごくおもしろいじゃん!といってました。

 世界中の街角に、障がいのある人たちの歌う「こんなの聴いたことない感」あふれるビートルズの歌があふれるのです。なんだか想像するだけで楽しくなります。

f:id:pukapuka-pan:20190609164455j:plain

 

  fujikiさんはすばらしくセンスのいい音楽家で、先日紹介した『親が精神障害 子どもはどうしてんの』の動画の音楽ディレクターをやったりしています。『ぷかぷかさん カナダをゆく』のエンディングに使った音楽のブラッシュアップもしてくれ、私はあのシーンで涙が止まらなくなりました。(8月3日(土)の午前中みどりアートパークホールで上映します。)

 そんなfujikiさんの提案する話なので、本当にこういうおもしろいことが起こるんじゃないかと思っています。

 福祉事業所が発信した「こんなの聴いたことない感」にあふれた歌が、世界を揺り動かすかも知れないのです。

 障害者を社会から排除する動きは、その理由をいっぺんに失います。

 「こんなの聴いたことない感」にあふれた歌が世界中でヒットすれば、障害者は、「あれができない」「これができない」「社会の役に立たない」といった理由が、なんだか恥ずかしくなります。

 

 6月27日の日本財団CANPANと共催のセミナーではfujikiさんが、そんな、今まで聞いたこともないような、目からウロコの提案をします。これはもう絶対に聞かなきゃソン!です。

www.pukapuka.or.jp

 

 セミナーの参加申し込みはpeatixでするようになっていますが、ぷかぷか問い合わせ窓口info@pukapuka.or.jpに「6月27日セミナー申し込み」と書いてメールを送ってもらっても結構です。参加費1,000円は会場でお支払いください。おまけで『pukapukaな時間』がもらえますので、すごくトク!です。ぷかぷかさんといっしょに生きるとこんなにも豊かな時間が生まれる、ということをビジュアルに表現した冊子です。

f:id:pukapuka-pan:20190609171944j:plain

福祉事業所は障がいのある人たちにとって大切な場であるだけでなく、地域社会にとっても大切な場である、という新しい福祉

先日ぷかぷかのファンの方が『ぷかぷかな物語』を読んだ感想をFacebookに投稿していました。その中にこんな文章がありました。

●●

「ぷかぷかさん達」はぷかぷかだけでなく、日本中に世界中に居るのに、ぷかぷかに居る「ぷかぷかさん達」がキラキラして見えるのは何故でしょう?

●●

 障がいのある人たちは、どこの福祉事業所にもいます。でもぷかぷかで働いている障がいのある人たちがキラキラして見えるのはどうしてでしょう、という指摘です。

 ここにこそ「ぷかぷかのヒミツ」があります。ぷかぷかで働く障がいのある人たち=ぷかぷかさんたちは、どうしてキラキラ輝いているのか。

 キラキラ輝くことで。「ぷかぷかさんが好き!」という、たくさんのファンを作りました。そうすることで地域社会を豊かに耕してきました。

 福祉事業所は障がいのある人たちにとって大切な場であるだけでなく、地域社会にとっても大切な場である、という新しい福祉をぷかぷかは提案してきました。

 

 福祉事業所は全国、どこにでもあります。でも、多くの福祉事業所は、なんとなく入りにくかったり、中で何やっているのか全く見えなかったりします。

 福祉事業所には魅力ある人たちがたくさんいるのに、すごくもったいないと思っています。ちょっと発想を変えるだけで、障がいのある人たちのファンをたくさん作り、地域社会を豊かに変えていくことができます。

 

 ぷかぷかは、今までにない発想で、たくさんのファンを作り、新しい福祉を展開してきました。そのヒミツに迫るセミナーを日本財団CANPANとの共催で6月27日(木)午後6時半から日本財団ビルでおこないます。

 地域社会を豊かにするような新しい福祉を模索している方、ぜひご参加ください。

www.pukapuka.or.jp

子どもたちを支えることは、いっしょに冒険の旅に出ること

 親が精神障がいの子どもを支える動画です。私は親の立場で精神障がいの娘と日々向き合っていますが、なかなか大変な日々です。ただその大変さを相談できる相手がいるので、まだ救われるのですが、子どもの場合は、相談できる大人を見つけるのがすごく大変だろうと思います。そこを支えていこうという動画です。子どもの頃苦労したチアキさんの言葉が光っています。

kidsinfost.net

 子どもはまわりの大人が理解していないとなかなか心を開けません。

 あの子は心を開かない的な発言に対し、

「心を開いて、それを受け止めるキャパあるんかい」

とぽろっと言うチアキさん。この言葉は、社会全体に対する問いかけでもあろうと思います。

 いろんな家族があること、いろんな親がいること、何よりも、いろんな人がいること、いろんな人のいろんな生き方があること、そういうことを受け止めるキャパを社会はどれくらい持っているのだろう、という問いかけ。

 

 そのキャパは、何か勉強して広がるものでもありません。やはりいろんな人とおつきあいすること、障がいのある人、とりわけ精神障がいの方とおつきあいすること、そのことで自分のキャパが少しずつ広がっていくのだろうと思います。キャパが広がることは、自分が豊かになることです。

 親が精神障がいの子どもを支えることは、子どもにとってはもちろん、自分にとっても、すばらしくいいことだと思います。

 

 チアキさんの書いたこの本がすごくいい

f:id:pukapuka-pan:20190606001905j:plain

 

 大人の脳を使って生き抜け10代を

 君が「自分が自分であるために」

 

の言葉がいいですね。

 

 オペラ『ロはロボットのロ』の主人公テトは、パンが作れなくなってしまう、つまり「ぼくがぼくでなくなっちゃう」危機の中で、「ぼくを取り戻す」冒険の旅に出かけます。弱いロボットのテトを応援する子どもたちもいっしょに、わくわくドキドキハラハラしながら冒険の旅に出かけます。 

pukapuka-pan.hatenablog.com

 

 そうだ、ぼくもチアキさんの本を片手に、子どもたちといっしょに冒険の旅に出よう。

 子どもたちを支える、といったって、精神障がいのこと、それほど知らないので、たいしたことはできません。できることは、子どもたちといっしょに冒険の旅に出ることだと思いました。

 「自分が自分であるために」

 

 ★『生きる冒険地図』はアマゾンで手に入ります。

10年後、20年後に、この事件はどのように語られるのか

先日のぷかぷか日記で

 

 障がいのある人に向かって

 「あなたにいてほしい」「あなたが必要」

と、素直に思える関係がぷかぷかにはあります。

 

と書きました。これはぷかぷかさんたちと私たちの関係から出てきた言葉です。この言葉は、相手とどういう関係を作っているかがストレートに見えます。

 

 相模原障害者殺傷事件の犯人は

「障害者はいない方がいい」

といいました。これも相手との関係を語る言葉だと思います。つまり、やまゆり園を利用していた障がいのある人たちと犯人との関係から出てきた言葉だろうと。

 もし犯人が、ぷかぷかのように「あなたにいてほしい」「あなたが必要」と思える関係を相手と築いていたら、事件は起こらなかったはずです。

 

 ぷかぷかでは、下の写真のようなことをいっしょに楽しめる関係があります。犯人がこんな関係を利用者さんと作っていれば、事件は起こらなかったのではないか、と思うのです。

f:id:pukapuka-pan:20190514171251j:plain

 

 このことは何を意味するのでしょう。

 事件に関する報道では、犯人の特異性がいつも強調されます。犯人がやまゆり園で障がいのある人たちとどのような関係であったのか、の検証は全く出てきません。

 

  神奈川県の事件検証委員会の報告書には、その点に一切ふれていません。どこまでも防犯上の問題としてかたづけています。

http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/853791.pdf#search=%27神奈川県相模原障害者殺傷事件検証委員会%27

 

 事件直後閉鎖されたやまゆり園のホームページは事件から1年後に再開されたのですが、事件について書かれていたのは、まるで他人事のように書かれたわずか2行の言葉です。

 

《 昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。 》

 

 犯人は事件の半年前までやまゆり園で働いていました。雇用していた人間が引き起こした事件です。雇用していた立場からの責任ある言葉があってしかるべきです。社会に大変な衝撃を与えた事件です。わずか2行の、他人事のような言葉ですましていいはずはありません。

  やまゆり園はかながわ共同会という社会福祉法人が運営しています。社会福祉法人にはぷかぷかのようなNPO法人に比べると、はるかに大きな社会的責任があるはずです。

 事件についてきちんと語る、という社会的責任です。

 どうしてあのような事件がやまゆり園で起こったのか、どうして元従業員があのような事件を起こしたのか、犯人は利用者さんたちとどういう関係を築いていたのか、をきちんと語る、という社会的責任がやまゆり園、かながわ共同会にはあります。

 どうしてその責任を果たさないのでしょう。

 

 本来なら社会福祉法人かながわ共同会を監督する立場にある神奈川県が指導を入れるべきところです。指導を入れていないから、たった2行ですましているのだと思います。

 かながわ共同会は、神奈川県の職員の天下り先として有名です。それを理由に神奈川県が指導を入れないのだとしたら、とても恥ずかしい話です。

 

 自分たちにとって不都合な事実を隠しているのではないか、そんな気がします。

 

 犯人は施設に勤めたときは非常に腰の低い人間だったといいます。

 障害者問題総合誌『そよ風のように街に出よう』91号「明日に向かって語れ」という対談で編集委員の牧野さんはそのことをこんなふうに語っていました。

…ボクも植松くんに精神障害っていうレッテルを貼って解決する問題ではないと思っています。ではどうして彼のような人間が生まれたのか。植松くんは施設に勤めている時は非常に腰が低いというか「これから勉強します」っていう、仕事に対して前向きな、いい青年らしい発言をしているわけですよね(正式採用後、「津久井やまゆり園」家族会の機関誌「希望」に記載された彼の挨拶文)。そういう青年が3年間施設にいて、最後の数ヶ月でああいう精神状況に変貌したと思いますけれども、どうしてこういうふうになっちゃうのかなと、そこをボクは一番考えたいなと思ってます。」

 

 ここの指摘はとても大事です。

 そしてやまゆり園の雰囲気を語るこんな話もあります。

「前の家族会の会長もいってましたけど(就労支援施設「シャロームの家」主催の集会(2017年2月27日)での尾野剛志さんの講演)、日頃ごろごろ寝転んでテレビばっかり見てたり、そんな職員が目立ってた。そこに突然彼が行ったらびっくりして飛び上がるって…」

 

 NHKクローズアップ現代で植松被告のNHKあての手紙が取り上げられたことがあります。「障害者は不幸しか生まない、という考え方に確信を持ったのはやまゆり園で勤務した3年間だった」と書いていたそうです。そのことについて、事件から1年目のやまゆり園事件追悼集会で会った家族会の方に聞いたことがあります。

 「彼は最初はそれなりの思いを持ってやまゆり園にきたのだと思います。でも、現場がひどすぎた。だからそんなふうに思ってしまったんだと思いますよ」

とおっしゃってました。それくらい現場が荒廃していた、と。前の家族会の会長と同じことを言っています。

 

 現場の荒廃については昨年7月のNHKスペシャルでも語られていました。  12時間も拘束された女性の話がありましたが、本当に驚きました。この異常な事態を誰もおかしいといわなかったやまゆり園の雰囲気こそ異常です。この荒廃ぶりと事件との関連はどうなのか。取材を拒否されたのか、ここの突っ込みがなかったのはとても残念でした。

www.nhk.or.jp

 

 昨年7月におこなわれた2回目のやまゆり園事件追悼式のあいさつにおいても、元従業員が起こした事件としてのお詫びの言葉はひとこともありません(ホームページのお知らせのタグをクリックすると出てきます)。びっくりしたのは犠牲になった人たちのことを「仏様のような皆様方」と表現している部分です。

 先ほども紹介したNHKスペシャルでは女性が12時間も拘束されていた事実を報道していました。利用者さんに対するやまゆり園の姿勢がよく見えたのですが、そういったことを考えると、「仏様のような皆様方」といった言葉にはやまゆり園の欺瞞性が吹き出している感じがして、私は吐き気がしました。

 私が家族であったなら、もう怒り怒り狂ってしまうようなあいさつです。どうして家族会の方は抗議しないのでしょう。

 

 NHKが事件直後からこつこつ取材を重ねて作っているサイトがあります。犠牲になった人たちのエピソードも少しずつ膨らんできているので、地道な取材が続いているのだと思います。本来ならやまゆり園がやるべきことです。やまゆり園がやればエピソードがもっと充実したものができるはずです。どうしてそういったことをやらないのでしょう。結局のところ、なくなった方たちへ「思い」がないのではないか、と思ってしまいます。

www.nhk.or.jp

 

 10年後、20年後に、この事件はどのように語られるのか。歴史に耐えうる検証をしなければならないと思います。

 事件はなぜ起こったのか、それをあらゆる角度から検証するのです。

 本来はやまゆり園がやるべきことです。でも、事件をわずか2行で語るような法人にはとても期待できません。

 でも、誰かがそこのところをやっていかないと、19人のいのちは浮かばれないと思います。

子どもたちはテトといっしょに冒険の旅

 オペラ『ロはロボットのロ』の出だしは、主人公テトの自己紹介の歌で始まります。

 

♪ ぼくはロボットです

 でも、空は飛べません

 走るのは苦手です

 泳ぐのも苦手です

 けんかは苦手です。

 算数は苦手です

 鉄棒は苦手です

 跳び箱も苦手です

 犬も苦手です

 お化けも苦手です

 ピーマンも苦手です

 ……   ♪

 

 と、苦手なものがずらりと並びます。

 え?ロボットなのに、泳ぐのが苦手? 犬も苦手? ピーマンも?

「なーんだ、ぼくと同じじゃん」「わたしと同じだわ」

 と、子どもたちは、一気にテトに親しみを覚えます。

 テトは「弱いロボット」なのです。だから親しみがわきます。

 

♪ 苦手なものを数えると

 両手の指と、足の指を足しても、足りません。

 ぼくが得意なもの

 たった一つだけ得意なもの

 それはパンを作ることです ♪

 

 苦手なことの多い「弱いロボット」だけれど、一つだけ得意なものがあります。それがパンを作ること。

 

 更に歌います。

 

♪ たった一つ得意なこと

 たった一つ自慢なこと 

 たった一つ誰よりも胸を張れること

 それはパン作り

 楽しいパン作り

 もしもパンが作れなくなったら

 ぼくはぼくでなくなっちゃう ♪

 

 そのぼくがぼくでなくなっちゃうところから物語が始まります。

 毎日1,000個作れていたパンが、ある日999個しか作れなくなります。次の日は998個、その次の日は997個、とどんどん減っていきます。

 ぼくがぼくでなくなっちゃうのです。

 そのぼくを取り戻すために、テトを作ったドリトル博士に会いに、冒険の旅に出かけます。

 「弱いロボット・テト」に、様々な困難が降りかかります。弱いが故に親しみを感じる子どもたちは、わくわくドキドキハラハラしながらテトといっしょに冒険の旅をします。怖い思いをしたり、大声で笑ったり、心がきゅんとしたり、時にほろっとしたり、オペラはまさに夢のような時間です。

 ふだんの暮らしの中では絶対に味わえないわくわくドキドキハラハラが、喜びと悲しみが、今回のオペラにはぎっしり詰まっています。

 

 オペラを見終わって、ああ、楽しかった!って、子どもたちが思いっきりの笑顔でいってくれたら、と思っています。

 そして、こんな楽しい世界があったんだ、という発見! オペラとの出会い、です。世界がね、ぐ〜んと広がります。

 

「ロはロボットのロ」プロモーションビデオ

https://www.youtube.com/watch?time_continue=83&v=_p88lFgxE4w

 

 そんな夢のような時間を子どもたちにプレゼントしよう、というのが「子どもたちにオペラをプレゼント」というクラウドファンディングです。目標額のまだ22%しか集まっていないので、なかなか厳しい状況です。ぜひご協力ください。このサイト、拡散してください。

motion-gallery.net

 

チケットはこちら

pukapukaopera.peatix.com

学生さんといっしょに絵巻物を作ります。

 桜美林大学グローバルコミュニケーション学群でおこなわれる「共生教育」の授業で4コマ、ぷかぷかさんといっしょに授業をやることになりました。ぷかぷかさんと桜美林の学生さんの協働作業で絵巻物の製作に挑戦します。

 学生さんは全員ぷかぷかさんとおつきあいするのは初めてなので、事前授業で映画『Secret of Pukapuka』を見てもらい、ぷかぷかが何をやっているかを知ってもらいます。もう一つは先日神奈川新聞が報道した都筑区における障がいのある人たちのためのグループホーム建設反対運動を取り上げてもらいます。もし自分の家の隣に障がいのある人たちのグループホーム建設計画が持ち上がったとき、自分はどうするかを考えてもらいます。

 学生さんの中には海外からの留学生の方が何人かいらっしゃるようなので、海外における障がいのある人たちの状況も見えてくるのではないかと思います。

 授業のおおよその予定は次の通り。実際の進行具合で変わることもあります。

 

 授業の一コマ目。6月10日(月)はぷかぷかさんと学生さんの簡単な演劇ワークショップです。1時間40分の授業で、簡単な芝居を作ります。よくある「交流」とかではなく、芝居作りを通してぷかぷかさんに出会います。東洋英和女学院大学でやったときは学生さんたちがぷかぷかさんたちの自由さに驚き、

「こんなに素直に生きてていいんだ」

と自分の生き方を振り返るような感想を書きました。そんな出会いが桜美林でもあればいいなと思っています。

f:id:pukapuka-pan:20190531123749j:plain

f:id:pukapuka-pan:20190531124422j:plain

f:id:pukapuka-pan:20190531124427j:plain
 

 二コマ目は6月17日(月)。ここでは学生さんたちがワークショップをふり返り、そのときの印象を4〜5行くらいの詩にまとめます。ぷかぷかさんに出会う前の自分、出会ったときの自分、そして今の自分、という感じで詩にまとめます。5人くらいのグループの中で詩の発表。詩を一行ずつばらします。ばらばらになった言葉を、なんとなくはじめに来る言葉、物語が始まる言葉、終わりの方に来る言葉などに分け、グループとしての詩にまとめます。まとめた詩を発表。朗読します。人に向かって「朗読する」というところが大事です。自分の思いを言葉にのせて、相手に届けるのです。

f:id:pukapuka-pan:20190531123826j:plainf:id:pukapuka-pan:20190531123856j:plain

 

 

 その詩をぷかぷかさんたちが1週間かけて何枚かの絵にします。できあがった詩を見ての判断になりますが、4〜5枚の絵にできれば、と思っています。絵巻物のベースができます。

 

 三コマ目は6月24日(月)。ぷかぷかさんたちの描いた絵巻物の印象を学生さんたちで話し合います。どういう物語がこの絵巻物にはあるのか、自分たちの書いた詩がうまく絵に反映されているかどうか、そのあたりを話し合います。必要なら学生さんたちが絵に短い言葉を添えます。絵のブラッシュアップです。絵巻物から見えてくる物語をグループで発表。

 

 四コマ目は7月1日(月)。できあがった絵巻物を語るような簡単な芝居をぷかぷかさんと学生さんで作り、発表。

 

 以上がラフな計画案です。一コマ目と二コマ目は創英大学、東洋英和女学院大学でやっているので、多分予定通りいけると思います。

 二コマ目と三コマ目の間でぷかぷかさんたちが詩を元にした絵巻物のベースを作ります。ここも本当は学生さんといっしょにあーだこーだ言いながら絵を描いていくのがいいのですが、ぷかぷかと桜美林大学は電車、バスを乗り継いで1時間以上かかります。そういう問題があって、やむなくぷかぷかさんだけで絵を描きます。

 三コマ目はぷかぷかさんも入れて絵巻物のブラッシュアップをした方がいいと思うのですが、ここは学生さんに絵巻物を見ながら、自分たちの体験したこと、つまりはぷかぷかさんとの出会いを丁寧に振り返る時間にしたいと思っています。そのふり返りを簡単な芝居にして発表します。ただ言葉で発表するよりも、体験そのものが深まります。

 そうして四コマ目でぷかぷかさんたちも入れて、みんなで絵巻物の発表をします。絵巻物から人が飛び出してきたような感じで、簡単な芝居をみんなで作り、絵巻物の前で発表します。

 ぷかぷかさんと学生さんの出会いの物語が、絵巻物になり、簡単な芝居になります。

 いっしょに生きることで、また、今までにない新しい価値が生まれます。いっしょに生きることの意味が、また広がります。

彼らがいることで感じるこの幸せ感こそが、社会を豊かにします。

この絵と「ゆきたるま」ということば、心がキュンとなるくらいいいですね。

f:id:pukapuka-pan:20190528173047j:plain

 

 この幸せ感、なんて表現したらいいんだろうって思います。

 こんな幸せ感は、彼らしか作れません。

 「こんな絵とことばを作るあなたにいてほしい」「あなたが必要」としみじみ思います。

 

 障がいのある人に向かって

 「あなたにいてほしい」「あなたが必要」

と、素直に思える関係がぷかぷかにはあります。障がいのある人たちを排除する関係の多い社会にあって、そんな風に思える関係は、とても貴重であり、大事にしたい関係です。

 

 この言葉をはじめて使ったのは、30数年前、養護学校の生徒たち、地域の人たちでいっしょにワークショップやったときです。彼らといっしょにやるワークショップが、とにかく楽しくて楽しくて、もう彼ら抜きのワークショップなんて考えられないくらいでした。気がつくと、彼らはワークショップの中心にいて、ワークショップの場をしっかり支えてくれていたのです。彼らがいなければ、ワークショップが成り立たないくらいでした。

 今の「ぷかぷか」と同じです。「ぷかぷかさん」がいなければ、「ぷかぷか」は成り立ちません。スタッフだけでは、もう「ぷかぷか」ではなく、どこにでもあるふつうのお店でしかありません。

 社会にとってぷかぷかさんたちは大事な大事な存在になっている、ということです。

 

 ワークショップとぷかぷかは何が共通しているのか。

 それはみんなが自由になれる場、であることです。私が私らしくいられる場です。こうしなければいけない、といった社会の規範から自由な場です。

 彼らが自由であるとき、彼らの魅力が思いっきり発揮できます。地域の人たちもワークショップの進行役できていた黒テントの人たちも、その魅力と出会い、いっぺんに彼らのとりこになりました。

 はじめの頃、彼らのために、みたいな思いがあった地域の人たちも、彼らのとりこになってからは、彼らが来るからみんなが集まる関係になりました。ここに来るとみんな元気になる「広場」にワークショップの場はなっていました。

 「ともに生きる」などという言葉が出てくるはるか前、ワークショップの場では彼らに向かって

「あなたにいてほしい」「あなたが必要」

と思い、彼らといっしょに新しい文化を黙々と創り上げていたのです。

 

 そういった活動の先に、今の「ぷかぷか」はあります。

 9年たった今、彼らに向かって

「あなたにいてほしい」「あなたが必要」

と素直に思えるのです。

 

  彼らがいることで感じるこの幸せ感こそが、社会を豊かにします。

 

最近の日記
カテゴリ
タグ
月別アーカイブ