ぷかぷか日記

明日。5月1日。 でんぱたが生まれます。

虔十公園林

 

宮沢賢治の「虔十公園林」という童話をご存知ですか。

わたしが「虔十公園林」のことを知ったのは、今から20年程前のことです。

この3月までわたしは障がいのある方の通所施設で働いていましたが、

そこで働きはじめて間もない頃に、先輩職員がこんな童話があるよと教えてくれたのでした。

その時から、わたしはこの「虔十公園林」をずっと傍らに置くことで、この仕事を続けて

いこうとしている自分の支えとしてきました。

 

去年の夏前に、わたしは「虔十公園林」の主人公「虔十」への想いのようなものを、

自分なりに書いてみました。

単純な短い文にすぎないのですが、これは、長く働いてきたその施設を辞めることと

「でんぱた」のような場所をつくろうと心に決めた時に、

自然に「虔十」のことが思い浮かんできてその想いを書いたものです。

 

宮沢賢治の「虔十公園林」の主人公の虔十は、今で言う知的障がい者。

仲間に馬鹿にされ笑われることがあっても、真っ直ぐに暮らし生きている。 

やがて、虔十は病に倒れていなくなるが、彼が植えた杉林は残る。

そして、後の人々は、虔十の人柄と働きの意味について、次のように語る。

「そこらの畑や田はずんずん潰れて家がたちました。いつかすっかり町になってしまったのです。その中に虔十の林だけはどう云ふわけかそのまゝ残って居りました。」

「その虔十といふ人は少し足りないと私らは思ってゐたのです。いつでもはあはあ笑ってゐる人でした。毎日丁度この辺に立って私らの遊ぶのを見てゐたのです。この杉もみんなその人が植ゑたのださうです。あゝ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません。」、

「そして林は虔十の居た時の通り雨が降ってはすき徹る冷たい雫をみじかい草にポタリポタリと落しお日さまが輝いては新らしい奇麗な空気をさはやかにはき出すのでした。」。

もしかしたら、わたしたちが生きているこの時代

人の意識や社会の考えは、

虔十の生きていた時代と大して変わらないのかもしれない。

「笑われたり」、「馬鹿にされたり」、「黙って撲りつけられたり」。

だからこそ、

「たれがかしこくたれが賢くないかはわからない」ということを、

何らかのやり方で、

しめしあらわしていくことが必要と考える。

わたしたちは、

そのしめし方あらわし方を、

虔十のやり方にならっていきたいと思う。

 

2020年5/1。わたしたちぷかぷかの新しい生活介護事業所「でんぱた」がスタートします。

5名のメンバーさんがそこで新たな毎日をスタートします。


「でんぱた」は、晴耕雨読。

 晴れたら野良しごと。

 雨が降ったらのんびり過ごしたり手仕事やアート。

 

「でんぱた」では田んぼや畑しごと、室内での手仕事やアートを

メンバーさんと一緒にやっていきます。

新しい事業所です。皆で力を合わせて0から創っていきます。

ちょうど、虔十と虔十の兄が杉の苗木を1本1本植えていったように。

わたしたちも虔十兄弟にならっていきたいと思っています。

 

そして後々、虔十の杉林は子共たちの集まる美しい公園林となったように...

 

「あゝ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません。」

皆さま。大切な何かをみつけに「でんぱた」に是非いらしてください。

 

みんなが集まる虔十公園林のように。

 

今後の街のデザインの視線を豊かにするはず

 ぷかぷかのお店はぷかぷかさんたちが働いていることで、ほかのお店にはない価値を生み出しています。楽しい、心温まる雰囲気、ほっと一息つける、等々です。

 障がいのある人が働くことが、ただそれだけで、そこに新しい価値を生み出すということ、それはぷかぷかをやっていくなかで気がついたことでした。彼らが働いていることはお店だけでなく、街の価値をも上げているということを街の住民の方から教えてもらいました。

 昨年8月のぷかぷか上映会の時の感想です。

 《 4年前に霧ヶ丘に引っ越してきました。毎朝、ぷかぷかのパンを食べています。娘は保育園でもぷかぷかのパンを食べています。この街にぷかぷかのパン屋があることが、この街の価値を何倍にも上げています。映画を見て、それをますます感じました。霧ヶ丘の街が、ぷかぷかが、ますます好きになりました。》

 「霧が丘の街がますます好きになりました」とありますが、なんともうれしい感想です。ぷかぷかさんたちの活動が、そんな風に思う人を作り出しているって、なんかすごいなと思います。

 

 昨年見学に来られた大阪大学で都市のデザインを研究している先生は、街の中に福祉事業所があることで緩やかな流れが生まれる、とおっしゃっていましたが、霧が丘に引っ越されてきた方は、その緩やかな流れを日々の暮らしのなかで感じたのだと思います。その緩やかな流れこそ、ぷかぷかがあることで生まれた街の価値です。

 穏やかな流れは居心地の良さを生みます。街にとってはとても大事な要素です。

 障がいのある人たちといっしょに生きていく、というのは、こういうものを生み出すのだとあらためて思います。

 

 街の価値を上げているというのは、街の所有者であるUR都市機構にとってもうれしい話だと思います。街の設計当初にはなかった価値です。ぷかぷかさんたちが活動することで生まれた街の新しい価値です。

 

 ぷかぷかは UR都市機構の団地の商店街に4軒もお店を借りていて、月々50万円ほどの家賃を払っています。これが貧乏なぷかぷかにとっては大変な負担で、経営を圧迫するほどになっています。これだけ街の価値を上げているので少し家賃をまけてくれないかと、昨日URまで行って話をしてきました。

 思いのほか話をよく聞いてくれました。参考資料として『ぷかぷかな物語』『pukapukaな時間Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』も持って行きました。

 「障害者施設ということで割引を検討してみます」

という話が出たので、そうではなくて、ぷかぷかの活動が街の価値を上げている、ということをもっと評価し、検討して欲しいことをしつこく言ってきました。

 URはあちこちで街のデザインをしています。そうであるなら、今回の霧が丘の街の価値について検討することは、今後の街のデザインの視線を豊かにするはずです。大阪大学の都市デザインの先生が言っていたように、街に福祉施設があると流れが緩やかになる、といった視線。ぷかぷかとの今回の話し合いで出てきた「障がいのある人たちの活動が街の価値を上げている」といった評価は、URの人たちにとっては今まで考えもしなかったことだろうと思います。だからこそ検討する価値があると思います。

 ぷかぷかが霧が丘にあることで「霧が丘の街がますます好きになりました」という人が現れたということは、とても大きな意味を持っています。そのことを街をデザインする視点で考えて欲しいと思うのです。みんなが暮らしやすい街、居心地のいい街を作る上で何が大事なのかが見えてくるはずです。

 私の話を聞くだけでなく、ぷかぷかさんたちが働いている様子をぜひ見に来て欲しいのですが、コロナウィルスのこともあってそれが難しいのがなんとも歯がゆいです。

 資料としておいてきた『ぷかぷかな物語』『pukapukaな時間Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』にぜひ頑張って欲しいなと思いながら帰ってきました。 

 

 この人がこうやって働いていることが街を豊かにする。

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ぷかぷかのヒミツ

「さぽーと」という雑誌から原稿依頼がありました。

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 「ヒヤリハットからニコリほっとへ」という特集です。

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 「プラス面をみんなで共有しよう」「笑顔と幸福感を追求する」というのがいいですね。

 「厳しさや困難さなどが強調されがちな現場にあって、視点を変えればこれだけ人間味の溢れる豊かな世界があり、家族地域すべての人々と社会に大きな幸せを生むと言うことについて述べていただきます。」と原稿依頼がありました。

 

 「社会に大きな幸せを生む」という言葉が気に入って、原稿引き受けました。 

 これはまさにぷかぷかがやってきたことです。「ここがアカン、あそこがアカン」とマイナス評価の多い障がいのある人たちが、どうして社会に大きな幸せを生み出したりしたのか。そこにぷかぷかのヒミツがあります。そのヒミツについて書いていこうと思います。(ヒミツといえば『Secret of Pukapuka」』という有名な(?)映画がありますが、そのヒミツを映像で語っています。見てみたい方はホームページからお問い合わせください。)

www.pukapuka.or.jp

 

 ヒミツの①

 それはぷかぷかで働いている障がいのある人たちと「支援」という上から目線の関係ではなく、「いっしょに生きていく」というフラットな関係を作ってきたからです。

 「いっしょに生きていく」ことの発端は、40年ほど前、ぷかぷか代表のタカサキが養護学校の教員になった時、障がいのある子どもたちに惚れ込んでしまったことです。おしゃべりができない、字が書けない、服が自分で着られない、トイレの後始末ができない…とできないことだらけの大変な子どもたちでした。でも、彼らのそばにいると、妙に心が安らいだり、あたたかいもので満たされたり、何よりも彼らと過ごす毎日が飛び上がるくらい楽しくて、彼らにすっかり惚れ込んでしまったのです。

 今まで全く知らなかった世界を重度障害の子どもたちに教えてもらい、人生が変わりましたね。それからです、彼らのそばにずっといっしょにいたい、いっしょに生きていきたい、と思うようになったのは。

 そんな思いが高じて、教員を定年退職するときに、彼らといっしょに生きていく場として作ったのが「ぷかぷか」。「支援」とか「指導」をする場ではなくて、どこまでも「彼らといっしょに生きていく」場、「いっしょに働く場」です。

 「いっしょにいい一日を作ろう」というのをみんなの目標にして、一日の終わりに「いい一日だったね」って、お互い言えるような、そんな日々をみんなでいっしょに作り出してきました。

 だからぷかぷかには笑顔が多いです。笑顔が多いと、お客さんも笑顔になります。ぷかぷかは誰にとっても笑顔になれる場所になっています。幸せな気持ちになれる場所、それがあることは、社会にとってすごく大事なことです。

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 ヒミツの②

 お店を始めるに当たって接客の講習会をやりました。でも、そのときにすすめられた接客マニュアルは気色悪かったので、それはやめて、ぷかぷかさんたちに任せました。結果、なんと「ぷかぷかさんが好き!」というファンができました。これは全く想定外のことでした。彼らが彼ららしく振る舞うことは、結果的にほっとするような雰囲気を作り出したのです。それだけ社会が息苦しくて、窮屈なんだと思います。みんな不自由なんだと思います。自分を押し殺しているのだと思います。だから自由に振る舞うぷかぷかさんたちを見て、ほっとする。忘れていた大事なことを思い出す。だからファンになってしまった。

 接客マニュアル通りきちんとやっている福祉事業所のお店に行った方が、

「ぷかぷかに来るとなんだかほっとする」

といってましたが、本質を言い当てています。

 要は何を大事にするか、ということ。社会を窮屈にしているものに敏感になること。それを拒むこと。ぷかぷかは「気色悪い」ことはやめたのです。

 ぷかぷかは誰にとってもほっとするような居心地のいい場所になっています。社会に幸せをもたらしています。

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 ヒミツの③

 ぷかぷかはおいしいパン、お惣菜、お弁当を作っています。どこまでも「おいしい」ということにこだわっています。

 福祉の業界は、障がいのある人が作ったものだから買ってあげる、そういう人が作ったのだから買ってもらって当然、というお互いのもたれ合いが多い業界です。ぷかぷかはそういうもたれ合いではなく、「おいしいから買う」という関係にこだわってきました。

 おいしいからパンもお弁当もよく売れます。売れるからみんなのテンションが上がります。おいしいものを作ろう、という創意工夫が生まれます。仕事の励みになります。職場が活気づき、たくさんの笑顔が生まれます。笑顔を見て、さらにお客さんが増えます。好循環が生まれます。

 地域においしいお店があることは、それだけでうれしいものです。社会に幸せをもたらしています。

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 ヒミツの④

 ぷかぷかはぷかぷかさんたちが作り出すアートをたくさん社会に差し出しています。ぷかぷかさんたちのアートは社会に潤いをもたらします。

 

 こんな「ありがとうカード」をもらったら心がキュンとします。

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こんな「ぷかぷかしんぶん」がポストに入っているとうれしくなります。

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こんな絵に出会うと、心がほっこりします。

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こんなお弁当が届いたら本当にうれしい

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卒園式でこんなクッキーもらえたら子どもたちは大喜び

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SDGsのニューヨークの大会にぷかぷかさんの絵が登場。言葉を超えてあたたかいものを届けました。

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ぷかぷかのアートは社会に大きな幸せをもたらしています。

 

ヒミツの⑤

 ぷかぷかさんたちと地域の人たちで演劇ワークショップをやっています。6ヶ月かけて芝居を作り、大きなホールの舞台で芝居の発表会をやります。

 彼らといっしょに生きるとこんなにも豊かなものが創り出せる、ということが一目でわかる舞台です。。

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  ぷかぷかは社会を豊かにし、大きな幸せをもたらしています。

 

ヒミツのまとめ

  ぷかぷかのヒミツをまとめた本があります。『ぷかぷかな物語』という本です。ラブがてんこ盛りの本です。このてんこ盛りのラブこそが社会に大きな幸せをもたらしたと思っています。ぜひ読んでみてください。

www.pukapuka.or.jp

 

 

寺家の田おこし

でんぱたでは寺家の田んぼをお借りしてお米作りを始めます。

今日は始める前の大切な仕事、『田起こし』です。

田起こしとは、まさに田を目覚めさせること。

土を返すと周りのいきもの達がそれに気付きます。むくどり・すずめ・カラス・チョウチョ・てんとう虫。

すべてのいきものが次の季節に向かう準備をし始めるのです。

田起こしは地方によって言い方も変わり、田打ちというところもあるようです。昔は馬や牛を引いて土をおこしていたのでしょう。

5月1日の『でんぱた』開所式はこの田んぼにちょっとの時間行く予定です。

みんな。ここから始めようね、という気持ち。

土も草も虫も鳥も風も。

みんなよろしくね。

 

 

家でぷかぷか

こんにちは。

先日、ぷかぷかの食事系(パン、惣菜、お昼ごはん)のお店がお休みとと伝えをさせていただきましたが、実は多くのメンバーさん達は現在、家でお仕事をしてくださっています。

多くの企業でも『テレワーク』といい、皆さんお自宅を職場とされているように、メンバーさん達も頑張ってくださっているわけなのです。ぷかぷかに働きに来ていたときもマスク着用や手指の消毒はしっかりとしてくださっていたのですが、公共交通機関を使わないように〈ぷかぷかのメンバーさんが30人バスや電車に乗ってしまうだけでとても混んじゃうから〉みんなで今、この時、協力をしていこう!!というわけなのです。

でも、たった一人で仕事をするってとても大変なことでメンバーさん達大丈夫なのかしら?と、スタッフ全員で心配をしておりましたら、

●仕事場として気持ち良く過ごすために部屋を掃除した!

●自分で時間を決めて行動をしている。

●1枚1枚丁寧に描いている

など、驚きの報告(驚いてすいません!!)がたくさん。

皆さん、仕事に対する前向きな気持は家でもしっかり持続することが出来ていました。〈見習うべきだね〰と数名のスタッフで言い合いました。反省〉

一人ひとりが家で仕事をしっかりとしてくださっていることはとても嬉しいことですが、心をしっかりと保つことは大変だと思います。人とふれあい、過ごすことをとても大切にされている方たちだからこそな尚更です。

今、こんなに頑張ってくれてるメンバーさん達の為に。

必ず、この世界的に大変な危機を乗り切り。「ありがとう、みんなのおかげ」って大きな声で言いながらハイタッチ出来ますように。

家でゆっくりと丁寧に心を込めて書いてくださったものを見ていると心の奥がジンと来ます。

早く。みなさんにこのカードや袋をお渡し出来る日が来ますように。

 

次郎は神様にもらったんでしょ

 少し前ですが、「ハートネットTV」で「次郎という仕事」を見て、その中で「なんかもったいないんだけど、次郎を街の人に貸してあげるよ、ぐらいな感じですかね」というお母さんのいい方がすごく印象に残りました。次郎との生活は幸せいっぱい、「その幸せを街の人にもわけてあげようと思って…」というお母さんの発想が素晴らしいと思いました。

 そんなお母さんが次郎さんのことをnoteで語っています。

note.com

 

 お姉さん、お兄さんとの関係がいいですね。お姉さん、お兄さん、お母さん、三人とも、次郎さんがいることで幸せな人生を送っていることがすごく伝わってきます。

 お兄さんの「次郎は神様にもらったんでしょ」という言葉はズンときました。障害者は社会に迷惑をかけているとか、社会の重荷、と多くの人たちが思っているこの社会の中で、お兄さんのこの言葉は、大きな希望を感じる言葉でした。こんな言葉をぽろっと口にするお兄さんこそが、お互いもっと気持ちよく生きられる社会に変えていくのだと思います。

 障がいのある人がいることで、一緒に暮らしている人たちが幸せになる。あんまり幸せだから、街の人たちにもわけてあげようかな、って思ったお母さんの気持ちが見えた気がしました。
 

「ボクには、大きな仕事があるらしい。それは、ボクがボクらしく生きていること!」

 次郎さんらしいやり方で街で買い物をして、街の人たちは戸惑いながらも、次郎さんとのやりとりを楽しみにしているようです。お母さんにわけてもらったつかの間の幸せです。次郎さんはそうやって毎日街を耕しています。それが「次郎という仕事」。次郎さんにしかできない仕事。そこに次郎さんが社会にいる理由、社会にとって次郎さんが必要な理由があります。

 

 昨日たまたまテレビで「イントレランスの時代」というドキュメンタリーを見ました。相模原殺傷事件をはじめ、不寛容な時代を象徴するものを取り上げ、ああ、今、大変な時代に生きているんだ、とちょっと気が滅入ってしまいました。

 ヘイトスピーチを繰り返すデモのそばで、カウンターの人たちが叫びます。カウンターの人たちの姿にはほっとするものを感じましたが、カウンターを出すだけでは不寛容な時代はなかなか変わりません。どうしたらこの不寛容な時代は変わるのか、私たち一人一人が本気になって考えないと、社会の不寛容さは増すばかりです。

 そんな時代だからこそ、「次郎の仕事」が街の中で光ります。ぷかぷかさんたちの仕事も街の中で光っています。障害者は社会に迷惑をかけている、社会の重荷、と考えている人たちが、街の中で彼らに出会えば、自分の思い違いに気がつきます。不寛容な心を、少し柔らかくします。ほっこりあたたかいもので満たしてくれます。笑顔にしてくれます。

 

 「イントレランスの時代」の中で、番組を作った神戸金史さんの息子さんカネヤンが、作業所の仕事の工賃をコツコツ貯めてiPhoneを買いに行く場面がありました。1円単位で計算したお金を持っていき、テーブルの上に1万円札、1000円札、500円玉、100円玉、5円玉、1円玉を並べます。なぜかこの場面で涙がこぼれてしまいました。真面目に働いて、真面目にお金を貯め、ほしくてたまらなかったiPhoneを手に入れます。机の上に並べられたお金はカネヤンの努力そのものでした。

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 こんな風に現金をきちんとそろえてお店に来る人は、そんなにいないと思います。ショップの店員さんはちょっとびっくりしたのではないかと思います。障がいのある人がこんなふうに真面目に働いて、欲しかったiPhoneを買いに来る。働くことの原点がここにあります。こういう人の存在こそが、不寛容な時代の人の心をやわらかく耕していくのだと思いました。店員さんの笑顔が素敵です。

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 みんながカネヤンみたいに目標に向かってコツコツ働いて、自分の人生が満たされていれば、誰かを排除するなんてことはしないのだと思います。カネヤンの生きる姿勢に、つい涙がこぼれてしまったのです。

 

 不寛容な時代にあって、彼らの仕事はひとつの希望だと思います。彼らこそが、この不寛容な時代を救ってくれるような気がしています。

 彼らが社会の中で彼ららしく生きること、それがこの不寛容な時代を少しずつ変えていく、とても大事な、そして大きな仕事になっていると思います。

でんぱたスタッフからこんにちは

はじめまして。

わたしは5月から「でんぱた」で働きます。

ついこの前まで、わたしは障がいのある方の通所施設で20年近く働いていました。

わたしは、そこで働く利用者さん(そこでは障害のある皆さんをそう呼んでいます)のことが大好きです。

わたしは彼らがとても素敵だと感じていました。

とても豊かであると感じていました。

彼らのことを多く人に伝えたい、想いをともにしたいという強い気持ち(欲求)を持ちながら、

でもそういった想いを人に伝えたり共有することの難しさを感じながら(悩みながら)そこで働いてきました。そして、わたしなりに想うところがあって、「でんぱた」というあたらしい生活介護事業所に関わることになりました。

 

でんぱたがスタートします。

ここでなにかが生まれ、なにかが動きだす。

そのことにわたしはとてもワクワクしています。

でもその前に少しだけ、障がいのある方たちとともに過ごしてきた、わたし自身の振り返りというか整理をしたいなあと思うのです。

そしてここから、仲間とともに後ろではなく前を向いてすすんでいきたいと思っています。

これを読んでいただいた皆さまには、わたしが「でんぱた」をやりたい!と想ったその想いのようなものを、少しでもお伝えできると嬉しいです。

 

わたしは20年近く最重度といわれる障がいのある方の通所施設の職員をしていましたが、その間にたくさんの利用者さんの受け入れをしてきました。新たな仲間として迎え入れる出会いの喜びもたくさん経験しました。

しかし、「そこに入りたい」という切実な想いを全部、叶えることができたわけではありません。ご本人も親御さんもギリギリの状態のなかで、そこに入ることを切望されていたご家族の涙を私は忘れることができません。

 

その施設のような場所を必要とする人たちはたくさんいます。今後ますますそうなっていくと思われます。ですが、この時代において、グループホームも運営するその施設がこれ以上の受け入れをしいていくことが大変であることを、内側で奮闘してきた一人の職員として誰よりもわかっているつもりです。

1人の方を受け入れることは、その方の人生を受けいれることであり、そこには大きな責任が伴います。たった1つの施設が、同時にたくさんの役割を担うことには限界があると感じています。

 

今もこれからも、その施設には、その施設にしか出来ない役割があると思っています。そして今後のことは後輩職員がしっかりやってくれると信じています。

 

そしてわたし自身は、これからはもっと、障がいのある彼らのことを多くの人に伝えたい、想いをともにしたいと思っています。
彼らは、とても変わっていたり人と違っていたりします。特異な才能やとても一途なところ、特殊な能力があったりします。そうやって一般の括りを超えた多様な世界を教えてくれます。
そして、この社会と人の意識のなかに何か足りていないものがあるすれば、

それが何であるかを彼らが教えてくれている。

わたしは一緒にいてそのように感じています。

しかし、そういった想いを人に伝えることは難しいことです。

自分が彼らを豊かと感じるからといって、それを人に押し付けられるものではありません。

(重度の)障がいのある彼らが人に伝える目的で自らを表現することも少ないでしょう。

そしてわたしには彼らのことを豊かな表現で伝えるための武器(技能や才能)がありません。
それでも彼らの豊かさを人に伝えたい、ともにしたい。

まだ彼らを知らない人が、彼らのことに気がつき、その豊かさに触れてほしい。

 

その施設で働いている時感じていたことですが、私たち職員は彼らのすぐ近くの距離にいるようで、かえって彼らのことが見えづらいところにいるような気がしていました。職員は、いわゆる問題行動を頻繁におこす重度障がい者である彼らと、毎日畑で一緒に仕事をします。でも、そうやって毎日を繰り返すなかで、私たちのなかで薄らいでいってしまう何かがあるように私は感じていました。職員がリスペクトとは逆の感情に支配されてしまっている場面もよく目にしました。

一方で、彼らの笑顔に心が洗われたり、一緒にいるだけでうれしかったり、彼らを好きだったりするのが私たち職員です。そうやって、多くの職員がプラスマイナスの状態の間で揺れ動いていました。

 

職員と利用者という関係性における、支援という行為が繰り返され、彼らと一緒にいるという喜びも薄くなり、でも大好きな彼らと離れることはできず、私たちは苦しみます。

わたしは施設職員として、彼らの本質の光りを、もっと日常的に気がつき、知り、触れることができるような方法や状況をどうすればつくることができるのか、ずっと考えてきました。

意図的に、組織や仕組みとしてどうすればいいのかを、考えてきました。

しかし最近になって、その答えは、もっとシンプルな何かであるような気がしています。

これからは、彼らと一緒に過ごし活動するなかで、そのことを何らかのかたちであらわしていきたいと思っています。

新しい事業所は、野良しごとと手仕事やアートを中心とした、土くさい(私それしかできませんので)

場所にしていきたいと思っています。

そこにいろいろな人に訪れていただけるようにしたい。

そのなかに障害のあるメンバーさん達が自然にいるような場所にしたいなあと思っています。

そこには小さな社会があるような、障害のあるなしに関係なく、いろいろな人が集ってほっとできる、心のあたたまる場所にしていきたいです。

でんぱた 開所のごあいさつ

5月1日

ぷかぷかにあたらしい仲間として

生活介護事業所『でんぱた』が開所します。

こんな世界的に大変な状況にある中に産声を上げる事になってしまいました。

 

もうだいぶ以前にこのブログに「あたらしいぷかぷかの種」としてこのお話をさせていただいてからぴったり7ヶ月の月日が経とうとしています。

 

『でんぱた』

漢字で書くと「田畑」なのですがあえてひらがなです。

妄想癖のある私の頭のなかで でんでんぱたぱた と かわいい日本の妖怪が小走りに歩くイメージもあります。

 

でんぱたは生活介護事業所です。

生活介護というと重度障害と思われる方もいらっしゃることでしょう。

ですが、そう簡単な区分けでは無いというのが私の見解です。

私は、ぷかぷかの前は最重度の知的障害の方が多く作業されていると括られている事業所で仕事をしておりました。ですが、一人一人の方と共に過ごす日々を送っていくとひとくくりには出来ないものがあります。

ぷかぷかは軽度の知的障害の方が多いというくくりです。そしてまた、ここもひとくくりには決して出来ないわけです。

ぷかぷかで過ごすのが向いているメンバーさん

でんぱたで過ごすのがむいているメンバーさん

ただ、それだけかな、と思います。

でんぱたのメンバーさんの中には私より優れた知識を持たれている方がいらっしゃいます。私より器用な方もいらっしゃいます。そして私より絵を描くのがうまい方も。

だから、重度ってナンダ?と思うわけです。

 

また、「ぷかぷか」も「でんぱた」もそれぞれに想いを持っているスタッフが沢山います。皆さん、想いは必ずしもピッタリ同じではありません。私はそれも大切なことだと思っています。少しずつの違いを尊重しあえるスタッフの集まりだからこそ、今ぷかぷかのメンバーさん達はキラキラと輝いているのだと思います。

日頃、なかなかスタッフの皆様に感謝を告げるときは無いのですが、この場をかりて

ありがとう!!と大きな声で言いたいです。

本当にありがとう。

 

 

いま、世界は危機的な状況下にあります。

この先どうやって暮らしていけば良いのだろう、と。

遠い昔にさかのぼり、私達人間が生きて行くために何が必要であるかを考え、

地に足を付け、自然と向き合い、人を愛し、作物を作り、家族や隣人に分け与え、心を伝える。

そんな生活が基礎となっていくのではないでしょうか。

『でんぱた』はまさにそんな日々を過ごして行く場にしていきたいと想っております。

 

皆様、応援をよろしくお願い申し上げます。

そして『でんぱた』で一緒に過ごしませんか。

大切な物をみつけるために。

 

『でんぱた』

田と畑で営み

アートを楽しむ。

 

 

2020年4月18日

NPO法人ぷかぷか

施設長 魚住佐恵

人間であることを取り戻す

 相模原障害者殺傷事件で問われた問題について、丁寧に語った素晴らしい記事がありました。

mainichi.jp

 光っていたのは、安易に社会の風潮や政治という漠然としたものに答えを求めないという姿勢。抽象的な話ではなく、やまゆり園の現場の問題をきちんと問い詰めていこう、と。

《安易にそのような論調を受け入れてなんとなく納得してしまうのは、事件の焦点をぼかし問題意識を希釈してしまいかねないということだ。社会全体や政治という漠然としたものに矛先を向けられることで、津久井やまゆり園の幹部、監督する立場にある行政当局などはさぞ安堵(あんど)していることだろう。》

 

 裁判で被告が「障害者がかわいそう、人間扱いされていない」と証言したにもかかわらず、津久井やまゆり園、行政当局は結局何も問われませんでした。結果的に、事件の温床は残ったままです。なんのための裁判だったのかと、あらためて思います。刑事事件の裁判は被告に罪が問えるかどうかを見るだけなので、そんなもんだよ、と多くの人はいいます。

 死刑が宣告され、被告が控訴しなかったので、これで裁判はおしまい。事件の背景となったやまゆり園の問題はどうなるのでしょう。

 

 

 記事は、被告の価値観の変容はやまゆり園の影響を受けている、とはっきり書いていました。

 《「障害者は可愛い」が180度暗転して「障害者には生きる価値がない」へと変わるには、劇的な価値観の転換をもたらした何かが現場にあったと見なければなるまい。「障害者はかわいそう。人間として扱われていない」という施設内の劣悪な処遇実態がその「何か」ではないのか。》

 

 ここのところこそ、あらためて検証する必要があります。筆者は検証委員会のメンバーだそうで、すごく期待したいと思っています。

 ただ、検証の結果、様々な問題が出てきたとしても、やまゆり園は本当に変わるのか、という疑問はあります。

 

 2年前のNHKスペシャルで13時間も拘束された女性の話が取り上げられていました。13時間も拘束するなんて信じられないことです。私には絶対にできないことです。

 どうしてそんなことができてしまうのでしょう。 それは多分相手と人として付き合っていないからだと思います。自分が人間であることを忘れてしまっている。だから13時間も拘束することに何の抵抗も感じないのだと思います。

 まわりにいた人たちが何も言わなかったことも異常です。やまゆり園はそういう雰囲気の施設だったのだと思います。

 

 検証の結果、改善を要求され、いろいろ改善されるところは出てくると思います。13時間の拘束もなくなるのだと思います。

 でも、それでやまゆり園は変わったと言えるのでしょうか?

 いろいろ外からいわれてやめるのと、13時間の拘束なんて、私にはできない、と思ってやめるのでは、理由が全く違います。

 やまゆり園が変わる、というのは、職員が人間であることを取り戻した時だと思います。その時初めて、相手と人として付き合うことができ、13時間の拘束なんて、私にはできない、という言葉が出てきます。

 事件の温床が残る、というのは、現場の職員が人間であることを忘れてしまっている、ということです。

 

 人間であることを取り戻すにはどうしたらいいのか。以前にも書きましたが、障がいのある人たちと人として出会うことだと思います。支援という上から目線の関係ではなく、フラットな関係、一緒に生きていく関係での出会いです。

 ぷかぷかのお店ではたくさんのお客さんが彼らといい出会いをし、彼らのファンになりました。「障害者はなんとなくいや」と思う人の多い今の社会にあって、「彼らのことが好き!」というファンを「彼らとのいい出会い」は作りだしたのです。出会いは、社会を変えるチカラなのです。

 やまゆり園の職員が、こんなハッピーな出会いを障がいのある人たちとやっていれば事件は起こらなかったはずです。障がいのある人たちのことをよく知らない普通のお客さんができることを、どうしてやまゆり園の職員はできなかったのでしょう。ここにこそ一番の問題があるように思います。

 

 

 記事にこんな言葉がありました。

《重度障害の人々の生きる意味や価値について、抽象論ではなく、もっと能動的かつ具体的に見つけていきたいと私は思う。彼らを支援している職員や家族のなかには日常的にさまざまな影響を彼らから受け、生きる意味や価値を実感している人は多い。それをあえて言葉にすることで、家族や職員という閉じられた関係の中だけでなく、社会に向かって価値の共有を図ることにもなるのではないかと思う。》

 

 ぷかぷかは5月から重度障害の人たちの生活支援の事業所「でんばた」(田んぼと畑)をはじめます。地域の人たちと一緒に畑を耕したり、田植えをしたりします。みんなでのらりくらりと野良仕事をするのです。いつもいろんな人が出入りする、風通しのいい事業所です。お互い「いい一日だったね」って言えるような日々をみんなで作り出します。重い障害を持った彼らと一緒にどんな物語が創り出せるか、すごく楽しみにしています。

 重度障害の人たちと一緒に生きる意味や価値について、抽象論ではなく、具体的に、日々の出来事の中から見つけていきたいと思っています。ぷかぷかが今までやってきたことと同じです。相手が今までよりも少し障害の重い人たちです。

 ホームページからどんどん発信します(「ぷかぷか日記」→「カテゴリー」→「のらりくらりと野良仕事」)。のらりくらと野良仕事やりながらの発信、楽しみにしていてください。

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それでも、諦めるわけにはいかないのです。

 しらいわさんの相模原障害者殺傷事件に関するブログです。

note.com

 やまゆり園の施設長のあまりにも無責任な言葉に対して「うぉー」と叫びたいほどの怒り。

《「私には責任はありません。」という人たちで成り立っている社会はへどが出る。

「私にも、責任の一端があるのではないか?」という問題の立て方をしなければ、なにも、自分事として、考えることなど出来ないだろう。

容疑者ひとりに罪を負わせて、殺して(極刑)終わり。そんな社会に生きていることが苦しくてならない。》

 

 しらいわさんの言葉を、今、私たちは本当に真剣に受け止める必要があると思います。ただ、「そうだそうだ」というだけでなく、私たちは今この社会の中で具体的に何をするのか、というところが大事です。そうしないと事件を起こした社会はいつまでたっても変わりません。

 

 ぷかぷかは法人設立の目的に

「障がいのある人たちの社会的生きにくさを解消する」

ということをあげています。彼らの生きにくさを生み出している社会に向き合う、どこまでも社会的な責任を背負っていく、ということです。

 社会的生きにくさを生み出している要因の大きなものは、彼らに対する「マイナスの評価」だと思います。あれができないこれができない、効率が悪い、生産性が低い、等の評価です。だから彼らを社会から排除してしまう。そういった中でぷかぷかは、

「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいい」

と言い続けてきました。一緒に生きていく中で社会に蔓延する「マイナスの評価」を超える「プラスの評価」を作り出してきました。「生産性のない人が社会に必要な理由」は彼らと一緒に生きていく中で生まれた彼らに対する「プラスの評価」のひとつです。

www.pukapuka.or.jp

 

 ぷかぷかを10年やってきたなかで、一番大きな成果は

 「障がいのある人たちは社会を耕し、豊かにする人たち」

という彼らに対する「プラスの評価」を生み出したことだと思います。それをこれから社会の中で実際にどのように生かしていくのか。成果が問われます。

 

 相模原障害者殺傷事件が社会に飛ばした

「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」

のメッセージに賛同する人もいましたが、社会の多くの人たちは

「否定しきれない自分」

を感じていたと思います。そんな中でぷかぷかは

「障がいのある人たちはいた方がいい」「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいい」「障がいのある人たちは、周りの人たちをハッピーにする」

というメッセージを出し続けてきました。街の人たちがそう思えるようなことをたくさんやってきました。

 こんなにやり続けてきたのは、やはり相模原障害者殺傷事件を起こすような社会を作ってしまった責任を感じるからです。そんな社会を本気で変えたいと思っているからです。

 

 事件の1年後、閉鎖していたやまゆり園のホームページが再開されました。そこに載っていたのは、まるで他人事にような言葉でした。 

 《 昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。》

  障がいのある人たちに寄り添うはずの支援施設でどうしてこんな悲惨極まりない事件が起こってしまったのか、どうして施設の元職員がこんな事件を起こしてしまったのか、一切説明がありませんでした。社会福祉法人がこんな無責任でいいのかと思いました。

 社会福祉法人の監督責任者である神奈川県に対しても、この件に関して質問したのですが、責任ある答えは一つも返ってきませんでした。

 結局は、しらいわさんの言う、

《「私には責任はありません。」という人たちで成り立っている社会》

《容疑者ひとりに罪を負わせて、殺して(極刑)終わり、の社会》

なのです。

 あれだけの事件があったにもかかわらず、何も変わらない社会。しらいわさんならずとも、苦しくて悲しいです。

 でも、諦めるわけにはいかないのです。だって、目の前にぷかぷかさんたちがいるのですから。コロナの問題で、ぷかぷかはしばらく休みですが、自宅で過ごせない人たちが、明日も何人か来ます。その人たちと一緒に明日も、あさっても、その次の日もお互いが

「いい一日だったね」

って言い合える日々を作っていきます。黙々と。

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