ぷかぷか日記

相手が人であることを忘れてしまっています

障害者施設における虐待問題の記事です。

mainichi.jp

●虐待の要因を「問題行動を抑える技術にしか考えが及ばず、利用者にふさわしい支援を行うという基本的な理念が不足していた」と指摘。

 

 問題行動があるから支援が必要、と考え、その支援の中身が暴力でしかないのが虐待。利用者さんが重度障害者であれば、その虐待を訴えることもできません。そばにいる人が気づくしかないと思います。やまゆり園では13時間も拘束された女性がいたようですが(2年前のNHKスペシャル)、にもかかわらず誰も「それはおかしい」と指摘する人がいなかったのは、誰が考えても異常な環境です。

 暴力に対する感覚が麻痺しています。相手が人であることを忘れてしまっています。だから暴力を振るうことに何の抵抗もないのだと思います。

 「支援」という上から目線の関係は、相手と人としてつきあう、ということを阻害するのではないかと思います。そういう観点からの検証こそ必要な気がします。

 

 「基本的な理念が不足していた」という指摘は当たっていますが、そういう理屈っぽい話以前に、利用者さんたちと人として出会ってなかったことこそ、いちばんの問題だと思います。

 

●「事件が障害者施設の職員によって起こされたという事実をわれわれ入所施設の管理者は重く受け止める必要がある。法人は自らの支援を見直すべきだし、第三者による検証も必要だ」

 

 やまゆり園は、事件はすべて植松死刑囚のせいにし、自らの支援の中身を見直すことは一切しませんでした。だからこそ、事件後も虐待が続いているのだと思います。こんな法人に支援施設を任せていいのかと思います。

 そもそも、あれだけの事件を起こしながら運営を続けていること自体がおかしいと思います。仮にぷかぷかであのような事件が起こったら、多分ぷかぷかはやっていけません。どうしてやまゆり園はやっていけるのか。監督責任者の神奈川県は、どうして許すのか、説明すべきだと思います。

 

ぷかぷかさんたちの素朴な疑問に、彼らに届く言葉できちんと答えて欲しい

いっしょにいい一日を作る関係です。

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 いっしょに生きていくって、こういう日々を積み重ねることです。

 「いい一日だったね」

って、お互いが言い合えるような日々を作っていこうよ、というのがぷかぷかです。

 何かができるように「支援」するのではなく、いっしょにいい一日を生きること、それをぷかぷかは大事にしています。

 いい一日からはたくさんの笑顔が生まれます。みんなが笑顔でいること、人が生きる上で、一番大事にしたいことです。

 

  職員とはこういう日々をいっしょに作っていく関係が当たり前だと思っているぷかぷかさんたちにとっては、どうしてやまゆり園で職員が利用者さんの命を奪うような事件が起こったのか、理解できません。そんなぷかぷかさんたちが先日、事件に対する素朴な疑問を検証委員会に対する要望書にして知事に渡しに行きました。

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 やまゆり園は犯人の特異性の問題として事件を終わらせたいようですが、果たしてそれですむのでしょうか。

  事件後、つまり犯人がいなくなったあとも虐待があった、と検証委員会の中間報告にはあります。犯人の特異性だけを事件の原因にすることは無理があります。

 裁判の中で「やまゆり園では利用者さんと人間扱いしてなかった」という犯人の証言もありました。

 

 

 先日要望書を渡しに行ったとき、知事はこんないい顔をしました。

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ぷかぷかさんがいることで、ふっと心が解きほぐれたのだろうと思います。その解きほぐれた心で検証して欲しいと思います。そしてぷかぷかさんたちの素朴な疑問に、彼らに届く言葉できちんと答えて欲しいと思います。

苦情は、うまくすれば地域社会が変わるきっかけになるかも

 5月にスタートしたばかりの生活介護事業所《でんぱた》に、「声がうるさい!」という苦情が寄せられました。 

 「その苦情に、どう対応しますか?」

 と取材に来ていた朝日新聞とNHKに聞かれました。

 この苦情は、この社会の中で障がいのある人たちの置かれている状況をよく表しています。こういう形で、障がいのある人たちが社会から排除されていきます。

 ですから、苦情に対し、迷惑かけないように静かにしましょう、という「指導」「支援」を強化するような対応は、その社会的状況を放置することになります。ぷかぷかとしては、いろいろ大変ですが苦情にきちんと向き合っていこうと思っています。どんな風に向き合っていくのか。そこがいわば腕の見せ所です。

 

 近所に迷惑をかけているので、声を小さくして下さい、といっても、声の大きい本人には伝わりません。そんな風にできないから、でんぱたに来ているのです。

 では、声の大きい人と、その声をうるさいと感じる人が、どうやったらお互い気持ちよく共存できるのか、そこを考え、実践するのが私たちの仕事です。

 でんぱたは5月にスタートしたばかりなので、近所の人も、でんぱたは何をするところなのか、どんな人がいるのか、といったことをほとんど知りません。ですから「ぷかぷかしんぶん」のような「でんぱたしんぶん」を発行して、そういったことを少しずつ伝えていこうと思っています。

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 声の大きい方は何か製作するときはすごい集中力を持っています。ですから素晴らしい作品を作ります。

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 その人は声が大きいだけではなく、こんな素晴らしい作品を作る人なんだ、ということがわかれば、「声がうるさい!」という苦情を言ってきた人の気持ちが、多分少し変わります。こういう苦情は、障がいのある人たちのことをよく知らない、おつきあいしたことがないところから生まれます。

 

 6月15日(月)には地域の人たちと一緒に田植えをしました。

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 秋には稲刈りがあります。そういうときはできるだけ地域の人にも参加を呼びかけます。収穫祭もやろうと思っています。そのほか餅つき、アートのワークショップ、味噌造りなど、いろんなイベントを企画し、地域の人たちに参加を呼びかけます。

 そういったことを「でんぱたしんぶん」で、地域の人たちに伝えます。

 障がいのある人たちと一緒においしいものを作ったり、一緒においしいものを食べたり、一緒に楽しいことをやったりという関係は、とても健康的です。地域社会が自然に豊かになります。

 

 定期的に道路の掃除や公園の掃除をやろうと思っています。ぷかぷかは週2回道路の掃除をやっています。地域の人が時々手伝ってくれたりします。地域の人たちはいつも見ているので、掃除をやっていると、こうやって関係が自然に広がっていきます。

 

 Facebook、Instagramに活動の様子を日々アップしています。

 でんぱたInstagram

      

 「声がうるさい!」と苦情をよこした方が、どこかでこういった情報に触れ、何かの機会にでんぱたのぷかぷかさんたちに出会ってくれたら、と思っています。

 NHKの記者の方が取材の帰り、ニコニコしながらこの方に手を振っていました。この方もニコニコしながら記者に手を振っていました。この方はお喋りはできないのですが、気持ちはちゃんと伝わります。短時間の取材の中で、二人が出会ったのだと思います。

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 苦情をよこした方が、どこかでこんな出会いをしてくれれば、と思っています。

 苦情は、うまくすれば地域社会が変わるきっかけになるのです。

ぷかぷかさんが黒岩県知事にお願いに行きました。

昨日の6月30日 ぷかぷかメンバーさん3人が神奈川県庁まで黒岩県知事に会いに行ってきました。

来庁の目的は要望書を渡すことです。なんの要望書かと云うと、4年前に起きた相模原事件と呼ばれる、津久井やまゆり園の検証を続けて欲しいというお願いの要望です。

その時の様子を少しお話させていただきます。

今回は、きょうされんさん、DPI日本会議さん、手をつなぐ育成会連合会さん、全国地域生活支援ネットワークさん、「ともに生きる社会」を考える神奈川県集会実行委員会の皆さんにぷかぷかも同行をさせていただきました。

少し遅れて部屋に入ると、もう殆どのみなさんがおそろいになっていて、3メートル以上はあるであろう大きなテーブルは真ん中の席を除いて埋まっていたのですが、ぷかぷかさんは知事の正面となる、真ん中の席にご案内いただきました。

来られた皆さんはとても静かに着席されているし、本当に真正面の席で、同行した私は「なんだか目立っちゃうな、すみっこの方で良いのにな」なんて思っておりましたが、メンバーさんたちは、週に1度はこの部屋に出入りしていますよぐらいに慣れた感じでくつろがれていました。

そのうち、局長さんと言われる方が入ってこられて、笑顔で「こんにちは。本日はわざわざお越しいただきありがとうございます」と、会釈されました。

要望書を出しに来た皆さん一様に、すわったまま会釈を返しただけであったのですが、メンバーさんの土屋さんは「ハイ!よろしくおねがいします!土屋省です!」と元気にお返事されました。すると局長さんも更に笑顔になり、「こんにちは」と言って名乗っていらっしゃいました。そしたら次に平本さんも「こんにちは」と言い、天野さんも続こうとし、そこでザワッと笑いが起きて、なんだか一気にその場が柔らかい空気に包まれたようでした。

そうこうしているうちに知事が入室されて、部屋の東側の方で各団体が、順番に知事に要望書を手渡すこととなりました。

一番目はきょうされんさん。可愛らしい女性の方が両手でしっかりと知事に要望書を手渡されました。

二番目は残りの4団体合同の要望書で男性の方がきちんと頭を伏せてお渡しになっていました。

このようなところに立ち会ったことは無いのですが、皆さんやはり要望書は開いて知事にお渡しし、その後カメラの方に要望書を向けて2人で記念撮影、という段取りのようです。私も要望書を渡すのをお願いした土屋さんに、「お渡しするときは開いて渡してくださいね」と、お伝えし、土屋さんも「ハイ!!」と答えてくださっていたので安心していたのですが、ぷかぷかの順番になり、「ぷかぷかさんどうぞ」と呼ばれて、土屋さんが知事の前に行ったのですが、おもむろに「封筒にいれますね!」と元気に言い、要望書を封筒にしまってお渡ししたのでした。私は「あ~~!!」と思ったのですが、そこでもなんだか和やかな感じが生まれ、一緒に要望書を手にとり写すはずの記念撮影も両手Vサイン!で決めてくださいました。まあ、知事もニコニコだし、進行担当の職員さんにもどのように出してくださいとも言われていないし、なによりなんだかみんな笑顔でいいかな~という感じでした。

その後、知事がテーブルに戻り、各団体が要望書の説明をし、ぷかぷかは平本さんに要望書をそのまま読んでいただきました。(ぷかぷかの要望書はメンバーさんの目線の、なんでやまゆりの利用者さんたちはぷかぷかの人たちみたいに幸せに過ごすことが出来ないのか、なんで殺されてしまわなければならなかなかったのか、きちんと調べて欲しいといった内容です。)時々支えてしまいそうになると、隣のきょうされんさんが優しくフォローをしてくださいました。こんな関係が一番いいな、なんて呑気に思いながら後ろから眺めていた私です。平本さんの優しい話し方もとても素敵で心に響きました。

最後に黒岩知事が私達からの要望を受けて想いを語ってくださいました。私達も知事の口からどんな発言が出る?と真剣に静かに聞き入っていたのですが、知事が時折、「~~していきます」とか「~~です」などの発言のあと、ぷかぷかメンバーさんが突然「ハイ」と返事を返すので、そうすると他の方々もうんうんみたいにうなずいたりしていました。まあ、きちんと話を聞いていてすごい!と思ったのもつかの間、今度は知事のお話中、知事の目の前で手を上に持ち上げ大あくび。そうですよね。メンバーさんは言いたいことはあるのですが、知事の話は少し難し過ぎました。検証委員会は継続します。とか、管理団体を変更します。とか、メンバーさんにはそんなことはどうでも良くて、大切なのは毎日がそして1年後も2年後も自分たちが幸せに楽しく生き生きと社会で暮らしていられるか、ということです。そこは、きっちりと行政と地域社会とで手を組んでやっていかなければいけませんね。

そんなこんなで、多分 いつものよくある要望書提出シーンとは違う時間が流れたのだと思いますが、やっぱりぷかぷかさん。今日もありがとう、と、いう感じの1日だったのでした。

写真で見る!黒岩日記

                                                        write by Sae Uozumi

 

ぷかぷかさんに任せていたら、いつの間にかそんな風になっていた

先日のNHK首都圏ネットワーク「あすへの一歩」に登場した金原さんの話をもう少し。

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 お店に行く、というのはぷかぷかさんとおつきあいするということです。それが生活の一部になっている、といいます。

 金原さんは「ともに生きる社会を作ろう」とか「共生社会を作ろう」といった言葉を聞いて、ぷかぷかさんとのおつきあいをはじめたわけではありません。そもそもぷかぷかは、そういった言葉を使ったことがありません。

 お店に来て、買い物しているうちに、ぷかぷかさんたちの楽しさ、優しさ、あったかさにふれ、もう自分の生活の中で、なくてはならない大切な存在になっていったのだと思います。

 障がいのある人たちが、自分の生活の中で

「なくてはならない大切な存在になっている」

って、なんかすごいことじゃないかと思います。しかもそういったことが、いろいろ啓蒙活動をやった結果ではなく、ぷかぷかさんに任せていたら、いつの間にかそんな風になっていた、というところがおもしろいなと思います。これぞぷかぷかさんのチカラです。

 そういうチカラをみんながもっと認めれば、彼らの活躍できる場面がもっともっと増える気がします。彼らに任せておくと、こんなとんでもなく素敵な広がりが知らない間にできているのです。任せなきゃソン!ですよ、ほんとに。

 

 全国の福祉事業所のまわりに、金原さんみたいに思う人がいっぱい出てきたら、社会はきっと変わります。

 

「あすへの一歩」

 今日はでんぱたに給食作りに行きました。その時に隣のマンションから、声がうるさい、と苦情が来たという話を聞きました。よく声を出すメンバーさんがいるので大丈夫かな、とは思っていましたが、やっぱり苦情が来たようでした。隣のマンションとは間に駐車場があるのですが、それでも苦情が来たというのはとてもやっかいです。

 

 どうするのか、これからが勝負所です。

 

 ぷかぷかもできた当初、声がうるさい!と苦情の電話が入ったり、同じところを行ったり来たりされるとメシがまずい、といわれたり、ぷかぷか三軒長屋の企画を立てたときは「障害者施設がアメーバのように広がっていくのは不気味だ」なんて言われたり、本当に散々な日々でした。

 あれから10年、今日NHK首都圏ネットワーク「あすへの一歩」でぷかぷかが紹介されたのですが、ぷかぷかさんの存在が地域の人たちにとってすごく大事な存在になっていることがよくわかりました。

  一人暮らしの金原さんはいつも街で声をかけられ、とてもうれしいといってました。

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 金原さんはありがとうカードをいっぱい貯めていました。思いつきではじめた「ありがとうカード」でしたが、こんな風にぷかぷかさんと地域の人たちをしっかり結びつけているのですね。ありがとうカードはぷかぷかさんのお客さんへの思い、こんなに並んだありがとうカードは金原さんのぷかぷかさんへの思い。お互いのそんな思いがありがとうカードを通してつながっています。

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 そしてお店はもう生活の一部だと

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 ここまで来ると、障害があるとかないとか全く関係ありません。生活なんだから、いて当たり前、という感覚なのだと思います。金原さんにとっては、こんなのテレビで取材する方がおかしい、と思うくらい、ぷかぷかさんとの関係はごく当たり前の日常風景なんだろうと思います。

 

 「声がうるさい!」と苦情の電話が入った頃から10年。苦情の電話に心が折れそうになりながらも、それでも気を取り直して「いい一日だったね」ってお互いいえる日々をぷかぷかさんと一緒に積み重ねて10年。映像見ながら、なんかね、いろんなことが思い出されて、ちょっと涙が出そうでした。

 

 「声がうるさい!」と苦情の来たでんぱたもこれからが大変です。こういうトラブルに特効薬はありません。ただひたすらぷかぷかさんたちといっしょにいい一日を作り続けるだけです。近所の人もいつかきっとそのいい一日に気がつきます。

 心がめげることがあっても、ぷかぷかさんがそばにいれば大丈夫です。彼らがそばにいれば、いい顔になって、絶対いい一日になります。「あすへの一歩」です。

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ぷかぷかさんたちに幸せな生き方を教えてもらってた

 知り合いに子どもが生まれ、医療的なケアが必要かもしれないそうです。

 でも

 

「ぷかぷかさんたちに幸せな生き方を教えてもらってたこともあり、どんな身体で生まれてきても大丈夫♫と、私は安心して産むことができました。こんなに尊い命を生まない選択をしてしまう人がいると思うと、本当に心が痛みます。」

 

と書いてきてくれました。

 うれしいですね。ぷかぷかの活動がこんなところで生きるとは思ってもみませんでした。

 

 障害がある、ということがマイナスイメージで語られすぎていると思います。マイナスのイメージは彼らを見る私たちの目の貧しさが作り出しています。あるいは彼らとのおつきあいの貧しさ。

 「支援」という上から目線は、ある意味貧しさではないかと思います。彼らの持っているいいものをちゃんと見ていないからです。いいものが見えていれば、上から目線で彼らを見ることはありません。

 「支援」という関係からおもしろいものが生まれないのは、多分そういうところにあるのではないかと思います。

 ぷかぷかが生み出しているおもしろいものは、一緒に日々を楽しむ関係から生まれています。日々を一緒に楽しんでいるだけで、こんなにおもしろいものが次々に生まれるのです。これはぜったいトク!です。

 日々を一緒に楽しむなんて、誰にでもできることです。さぁ、今日からやってみましょう。一緒に笑い、「ああ、楽しかったね」ってお互い言いあうのです。いい一日を一緒に作るのです。

 そんな日々が、いつか誰かを助けます。障がいのある子どもが生まれるかもしれない、と悩んでいる人を救います。お母さんと赤ちゃんと、いっぺんに二人救います。

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あすへの一歩

 ぷかぷかさんがいないことで、ぷかぷかさんがいることの意味がより鮮明になるのではないかと、コロナでお店を休みにしているときからNHKが何度か取材に来ていました。昨日もお店の様子やぷかぷかのファンの方の取材をし、今週金曜日6月26日(金)18時10分頃からの首都圏ネットワーク「あすへの一歩」で放送するそうです。相模原障害者殺傷事件を受けての番組です。首都圏以外の方は、サイトにアップされてから見て下さい。2年ほど前のぷかぷかの映像もあります。

www.nhk.or.jp

 今日も事件について今どう思うかを聞かれました。裁判が終わり、死刑の判決が出て、もうおしまい、という雰囲気ですが、先日の和希君の就学訴訟の敗訴に見られたように、障がいのある人を排除する社会は事件後も変わらずあります。その社会を何とかしよう、などと大きなことは考えずに、目の前のぷかぷかさんたちと一緒に「いい一日だったね」ってお互いいえる日々を積み重ねていく。それが事件を超える社会を作っていくことになると思います。

 あーだこーだ言いたいことはいっぱいありますが、あーだこーだ言っても社会は何も変わりません。それよりも彼らと楽しい日々を過ごすこと、そんな日々を黙々と積み重ねること。そうすると地域の人たちにとっても、いつの間にか彼らがなくてはならない大切な存在になってきます。そのことが多分6月26日(金)の「あすへの一歩」の映像で見えてくると思います。すごく楽しみにしています。

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いい記事だったね、で終わらせるのではなく

 少し前の記事ですが、神奈川新聞の「就学訴訟の波紋(下)」は、和希君を排除したのは、行政と司法だけだったのか、という問題提起をしていました。

https://www.kanaloco.jp/article/entry-378008.html

 《 訴訟が結審した1月9日の口頭弁論が脳裏に刻まれている。和希君が幼稚園で共に学んだ日々を収めた映像が法廷で流された。運動会で母の悦子さんに車いすを押してもらいながら全力疾走する様子も映し出された。被告席にいた市教委職員は目をつぶり、映像を見ようとはしなかった。》

 子どもたちが和希君と一緒に作り出した豊かな時間の、貴重な記録映像に目をつぶり、見ようとしなかった市教委職員。何を意地はって見ようとしなかったのでしょうね。こんな人たちに和希君の思いは潰されたのですが、果たしてそれだけだったのか、と記事は問います。

 

《 行政と司法だけが問われているわけではない。行政の判断は、障害に応じて学ぶ場を分けるのは当たり前という世論に支えられている側面があるからだ。

「通常学級で学ばせたいなんて親のわがまま」
「授業のペースが遅くなり、ほかの子たちにとっては迷惑な話」
「特別支援学校に行って、その子に合った教育を受けたほうがいい」 》

 

 本当にそう思います。そうやって障がいのある子どもを排除することで、普通の子どもたちは本当に幸せになるのかどうか。きちんと考えていかないと、社会は痩せ細っていきます。いろんな子どもたちがいることの豊かさを経験せずに大きくなって、どんな社会を作っていくのだろうと思います。

 昨年近くの小学校で人権に関する授業を頼まれ、ぷかぷかさんを何人か連れて行って、得意技を披露してもらいました。プロのチェリストと共演するほどの大ちゃんの太鼓演奏、ボルトさんのダンスにはみんな圧倒されていました。ツジさんと暗算を競う計算大会では、教員ですら勝負になりませんでした。30年前に習った「ふきのとう」の朗読もみんなびっくりしていました。自閉症と言われる人の実力にみなさん、ほんとうにびっくりしていました。

 こういう経験を積むことこそ大事な気がします。大人にも経験して欲しいですね。

 

  記事の最後がすごくよかったです。

 和希君の就学訴訟の問題は

 《一家の学校選択の話に矮小(わいしょう)化してはならない。私たちが暮らす地域社会の問題だ。
 「この地域にあなたがいてほしい」
 「あなたがいられる地域にしたい」
そう言えるつながりが地域に紡がれていけば…》

 

 そう、社会は少しずつ変わって行くのです。そういうつながりをどうやって作っていくのか。そこがすごく大事です。「いい記事だったね」というだけでは、それはできません。

 

 ぷかぷかは「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいいよ」と言い続け、そう思える関係を様々な形で作ってきました。お店、外販、パン教室、演劇ワークショップなど。

 その結果、「ぷかぷかさんが好き!」「ぷかぷかさんにいて欲しい」という人たちがたくさんできました。

  コロナで休み中、近所の80歳になる方が「会えないのは寂しいですよ、孫みたいにかわいい人たちですから」とおっしゃっていました。一人暮らしなので、道で会っても「こんにちは!」って挨拶してくれるぷかぷかさんは、ほんとうにうれしい、と。

 休みが続いたことで、ぷかぷかさんたちを必要としている人たちがたくさんいることにあらためて気がつきました。

 NHKが何度も取材に来て、そんな人たちの声をたくさん拾っていました。首都圏ネットワークでやまゆり園事件を受けて時々やっている「明日への一歩」というタイトルで流すそうです。日時がわかりましたらお知らせします。

 

 ぷかぷかはぷかぷかさんがぷかぷかさんらしくいられるお店を作ってきました。彼らが彼ららしくいられるとき、お客さんもまた、ふっと自由になれます。ほっとするような雰囲気が生まれます。

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 いい記事だったね、で終わらせるのではなく、わたしたちひとりひとりが本気で「この地域にあなたがいてほしい」「あなたがいられる地域にしたい」と思い、実際に動き出したいものです。

どうすれば、やまゆり園が事件について自分で考えるようになるのか

やまゆり園事件の検証委員会、先日の中間報告を持って終了するそうです。

mainichi.jp

《 記者が鳥井健二・利用者支援検証担当課長に「検証中止」の理由を尋ねると、しばらく沈黙した後、「……議会で答弁した以上のことは答えられません。調査は法人に任せている。今後は前向きな議論をしていく」と繰り返すばかり。》

 と、記事にありましたが、「調査は法人に任せている。」って、どういうことなんだと思いました。

 この法人、事件後一年たって再開されたホームページには

「昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。」

 と、他人事のような挨拶があっただけで、事件に関する説明は一切ありませんでした。元従業員が犯した犯罪であったにもかかわらず、謝罪の言葉、どうして施設の職員が、施設の利用者を殺す、などという信じられないような犯罪が起きたのか、という検証も一切ありませんでした。

 こんな法人であるにも関わらす、「調査は法人に任せている。」って、どういうことなんでしょう。何を根拠に「調査は法人に任せている。」のでしょうか。これほどまでに無責任な法人を県は信頼しているのでしょうか。

 

 社会福祉法人はNPO法人に比べて、社会的な責任が大きいはずです。

 「事件後、一切の謝罪、説明がなかったことについて、県は指導を入れた のでしょうか?」と以前、県に対して質問しました。

 県からは「運営法人による謝罪や、説明責任の有無については、法人として判断すべきものであると考えています。」という回答が来ました。これが監督責任者のいうことか、と思いました。責任の放棄でしかありません。

 「調査は法人に任せている。」という言葉も、そういう文脈の中での言葉なんだろうと思います。無責任極まりないです。

 

 事件直後におこなわれた検証委員会の報告書には、やまゆり園でどのような支援がなされていたのか、という核心部分が一切ありませんでした。元現場の職員が犯した犯罪だったので、やまゆり園がどういう支援をやっていたのかは当然問題になるものだと思っていました。ところがその報告書にあったのは防犯上の問題ばかりで、事件現場がどうだったのか、という報告が全くありませんでした。

 県としてはそこを出したくなかったんだと思いました。やまゆり園は県職員の天下り先として有名です。そういう関係があるから、やまゆり園は潰したくないのでしょう。そういう思いがありありでした。

 ですから今回の検証委員会の終了、という記事も、ひどい!と思いつつ、県というのは、ま、そんなもんだろうと思いました。

 

 犠牲になった人たちへの思いも、これからもそこを利用する人たちへの思いも、全くないのだと思います。

 その一方で《ともに生きる神奈川憲章》なんて掲げたりして、恥ずかしくないのだろうかと思います。

 

 県の批判をしたところで何も出てこないので、もうやめます。

 

 問題は、自分で「何が問題だったのか」を考えようとしないやまゆり園をどうするかです。自分でそこを考えない限り、事件の温床は残ったままです。

 どうすれば、やまゆり園が自分で考えるようになるのか。いいアイデアがあれば教えて下さい。

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