四宮鉄男(映画監督)
先日、『2013年2月 ツンさんの新しい作品』についての感想を ここに記した。そのツンさんと、3月9日にいろいろと話した。わたしと 高崎さんとツンさんと、それにツンさんの主治医である三宅先生も 加わって。
とても楽しくて、面白かったので、それを報告しようと思う。
最初は、高崎さんの「記録映画ってどう思う?」とか「この前見てもらった 記録映画はどうだった?」なんて語りかけに対して、ちっともツンさんが興味も 示さないし、反応もしないし、いったいどうなることかと感じて いた。でも、三宅先生も加わって、それぞれが勝手なことを言って、 勝手にツンさんの映画の感想を語り合ったり、ツンさんの映画 手法を推察して話したりしているうちに、ツンさん、それを聞いていて、 そうじゃないよ、それはこうだよ、と言いたくなったらしく、 初めはちっとも発言しなかったのに、だんだん発言が増えてきて、 後半は、積極的にかなりまとまった時間で長く話していた。
ツンさんとはまだ数えるほどしか会って話したことがないのだが、それでも、 こんなに話すツンさんは初めて見た。
それだけでも、今回の話し合いは成功だったのかなあ、と思う。
今まで会ったツンさんは、僕らには、ほとんど話しかけてこなかった。 尋ねられたことに、短い言葉で応答するだけだった。今回のように、 自分の考えや気持ちをしっかりと言葉にして、そういう風に話しかけようと 思ったということが、ツンさんにとっても貴重な体験だったのかなあ と想像する。
そんなことは言っても、実は、わたしには、ツンさんが何を語って いるのか、ほとんど聞き取れていなかった。ツンさんが小さな声で、 俯き加減にボソボソと語るし、和室で、ふすま一枚で隔てられている という環境のために、隣の部屋の声がうるさくてうるさくて、それに、 だんだん歳を取ってきて、わたしがずいぶん耳が遠くなってきている ためだった。
それにしても、高崎さんにしても三宅先生にしても、聞き慣れているというのか、 そういう環境での話をよく聞き取って、ああ、そうかとか、うん、そうだね、 と盛んに相槌を打っておられたことに感心した。
うん、それにしても面白かった。
それを書く前に、わたしの感想に対する、ツンさんのお母さんの感想が 届けられたので、それを紹介しよう。
四宮さんの感想、ありがとうございました。 高崎さん、四宮さん、そして それぞれの思いが交錯しているように思えました。私の印象は、陽一は チャレンジャーだなぁと思いましたが…。
陽一は何も話さないとは思いますが、十一月のあの頃は鬱が酷い時期 なのです。一泊の旅行にもよく行けたと感心したくらいです。
陽一の作品はやはり彼の心象風景なのでしょうね? 今回の作品、訪問先の レジャーも施設のメンテナンスが行き届かず荒れた感じで、天気も悪く、 画像の色が汚くて耐えられなかったから色を消したのだそうです。
また、その当時は白黒の黒沢作品や戦前の無声映画をよく研究していた 時期であり、モノクロ映像を基本にすることで、アングルや一枚の映像の レイアウトの洗練に感心が高かったようです。おっしゃる通り、アップル の映像ソフトの編集テンプレートを一つ一つ試していると言っていました。
また、音楽も七人の侍の農民たちのテーマ音楽に古典落語を被せて、 実際の音響は使わなかったと…。動物園はフランス語のセリフが何気なく 入り、尚且文字表示もしています。そのセリフはかなりおちょくっている 内容のようですが、誰もフランス語が理解できないのか、コメントがない と不思議がっていました。最近はアニメ映画をフランス語バージョンで 見たりするのが楽しいですから…。
四宮さんは水族館の魚がさぞや美しいのにとおっしゃっていましたが、 水族館の水槽のライティングが悪くて、映像は耐えられない酷い色だった ともいっておりました。人間の目は騙せても映像は光の具合で不細工に 写ってしまうそうです。プロの撮影でない性ですが…。
運転会は私の一番のお気に入りでした。実はメインの部分を誤って消して しまったそうで、残った映像は最後の掃除のどうでもいいものだったとか。 それをあそこまで遊ぶとは…﨏最後の男の子の顔のアップに青空に沸き 立つ雲のテンプレートを重ねたところは感心しました。
高崎さんがプカプカの記録映画を取りたいとの思いは、残念ながら陽一 には伝わっていないようですが…? 何か高崎さんに言われたのと 聞きましたら、特に何も言われていないと申してました。また、緑の家 診療所の先生にも、治療が第一なので、くれぐれもストレスにならない ようアドバイスを受けております。
陽一は映像表現というアートの世界に自己表現の出口を見つけたところ なのです。十年以上の時間に何を思ったかを、漸く表現出来るまで熟成 したのだと…。私はそれだけでも、涙が出るほど嬉しいのです。
川井憲治の深淵な音楽にのせて、バスの車窓から映した京浜工業地帯の 風景を流す。まるで建物がダンサーの様にリズミカルに踊る!バスの揺れ と手振れを逆手にとり、リズムに合わせて自由自在に編集するセンスは、 ビックリしました。東京駅にも使いましたが、私が川井憲治の音楽が 大好きだといったので、また、使ってぐれて最高に興奮したのです。
陽一はアニメの背景やレイアウトをずっと研究しているので、多分その 前面に主役を登場させたら、皆様には分かりやすいのかもしれません。
でも、工場や鉄塔や高速道路は沢山の人が作った作品なんだと! その 作品に対する敬意の姿勢にはいつも感心します。きっと、無機的なものは 決して自然が作ったものでなく、血の通った工事現場で働く一人一人の 血と汗の結晶だと。
そして連続する美しいレイアウトの世界を、今は探求している過程にいる とごを理解いただけた幸いです。
高崎さんの思いも良く分かる。せっかくツンさんがレベルの高い技量を もっているのだから、もっとみんなに共感されるような、平易な作品を 作って欲しいという願いだった。
「表現する」ことは基本だが、「伝える」ことも大事じゃないかという のだ。もっと多くの人にツンさんの作品を見せたいという思いだった。
単に自己表現にとどまっているのでは、自己満足で終わってしまって 勿体ない! というものだった。
それに対して、ツンさんが、自分の作品は「ぷかぷか」の障碍を持った メンバーの人たちにもちゃんと理解してもらえる筈だと、きっぱりと 語っていたのが面白かった。
それはそうだと思った。現代音楽なんて、わたしにはさっぱり理解できない。 それでも、心に響いてくる時がある。小鳥のさえずりも、意味は分からない、 それでも何かを感じさせられる。ピカソの絵だって、ゴッホの絵だって、 最初は、これはなんだって、人々の評価は受けられなかった。
そんなものだと思う。わたしは、記録映画でもなんもで、絵でも音楽でも そうなのだが、見る人の勝手だと思っている。そこから、どんなメッセージ を受けようが、どんな風に感じようが、それは受け取る方の勝手なのだ。
話の途中で、三宅先生が、高崎さんの思いを、「それは、高崎さんが ゴールを見ているからだ」と指摘されていたのが印象的だった。わたしも、 そう思う。いま、ツンさんは自分を開いて、自分を表現しようとして いるのだから、それからどうなっていくのかは、ツンさん次第なのだ。 表現手法なんて、表現様式なんて、自然に変わっていく人もいれば、ひたすら、 一筋の人もいる。それは、表現者の側の問題なのだ。
それは、絵描きさんを見ているとよく分かる。
たしかに高崎さんが言うように、今回の作品には重いものがあり、 最初の作品のような明るさや、暖かさや親しみを感じられなかったのは 事実だった。そのために、メンバーの共感を得られにくかったのかも しれない。
たしかに今回の作品はツンさんの心象風景だと、三宅先生もおっしゃる。 それだけに、あの時期に、結構、症状が重くて苦しんでいた時期に みんなと一緒に出かけていって、これだけの作品に仕上げていった 力に感心されていた。
ツンさんが、エネルギーの切れている時にも、エネルギーを底上げして いく力があることも指摘されていた。
三宅先生は、ツンさんがご両親や高崎さんや「ぷかぷか」のメンバーに 見守られているのが素晴らしい、と話されていた。先生なんかの立場からは ツンさんは病気かもしれないが、ツンさん自身は病気でも何でもなく、 そのまま、ありのままに、自分を生きて、自分を表現していけばいいのだと。
そうした意味で、ツンさんの今が素晴らしいと。
最初、三宅先生は、今回の作品はシナリオがないから高崎さんが「伝らない」と 感じているのではないか、と話されていた。でも、それは違うと、わたしは 説明した。例えば今回の『動物園』にしても『千葉県への旅』にしても、 しっかりと構成されていて、しっかりとした構造を持っていた。そのことを 「感想」にも書いた。
ただし、ツンさんの天才ぶりを強調するあまり、直観的に、パッパッパッと撮って、 パッパッパッと編集していくと話したら、ツンさんから、そうではないとしっかり と指摘されてしまった。
ワンカット、ワンカットごとに、このカットの次には何がくるべきなのか、しっかりと、 じっくりと、考え詰めたのちにつないでいくのだと語ってくれた。その時の、 「べき」という言葉に感動させられてしまった。そこまで突きつめて考えながら 編集しているのだった。
それが、ツンさんの映画の重量感になっていっているのだろうなあ、と感じた。
結論なんて何もない話し合いだったが、べてる的に「順調! 順調!」って 感じでこの日の話し合いは終了した。
一つの映画を見て、好きって言う人がいても、逆に嫌いっていう人がいてもいい わけだし、映画の表現に良い悪いなんてないし、正しいとか間違っていると いうのがある訳でもないし。
次の、ツンさんの作品が楽しみだ。