のぼさん、今日も制作中。自分の頭の中にある理想の女性のようです。
料理教室で作ったものです。
のぼさん、今日も制作中。自分の頭の中にある理想の女性のようです。
料理教室で作ったものです。
今日もカフェが満席で、外でしばらく待っていただいたりで、大変でした。
おいしい野菜や肉を使ってきちんと丁寧に料理したものを出すと、こうやって自然にお客さんが来るんだなとあらためて思いました。最後は料理に添えるパンがなくなって、パン屋に並んでいるパンを引き上げて出すほどでした。
料理がおいしいだけでなく、小さな子ども連れでも気を遣わなくてすむことが大きいと思います。一番奥に狭いながらも子どもが自由に遊べるスペースを作っているので、小さな子どもは大概そこで遊んでいます。お母さんたちはのんびりと食事ができます。子どもが騒いだり、うろうろしても気を遣わなくていい、というお店全体の雰囲気がやはりいいのだと思います。
「こんな場所、ほかにないですよ」とおっしゃるお客さんもいました。
「子どもがすごく気に入っています」とおっしゃるお客さんも。
社会全体が、子どもが騒いだり、うろうろしたり、といったものを受け入れる「幅」が狭くなっている気がします。お互いが息苦しくなっているというか、そういった雰囲気の中で、「ぷかぷか」はどこかホッとする雰囲気があるのだと思います。それを作ってくれているのはやはり「ぷかぷか」のメンバーさんたちです。この人たちは、息苦しくなった世の中を救いに来てくれているのかも知れません。
洋服屋で仕事を始めたたっちんが遊びに来ました。仕事を始めてまだ2週間足らずなのですが、ものすごく張り切っているようでした。
嬉しかったのは「メンバーさん元気日記」の原稿をくれたこと。その中に
「給料が入ってとっても嬉しかったです」
「私は仕事のやりがいを感じました」
「仕事の大切さを知りました」
といったことが書いてあって、今までたっちんとそんなこと話したこともなかったので、
「そうかそうか、たっちんはこんなこと感じてたのか」
と、嬉しくなりました。
ぷかぷかは障がいのある人たちの就労支援をやっているところですが、こういうことを感じながら就労していくんだな、とあらためて思いました。たっちんがぷかぷかを抜けたことは、ちょっと寂しい思いがしましたが、こんな事を感じながら巣立っていったのかと思うと、
「がんばれよな」
って、たっちんの背中を押したくなりました。
今日のぷかぷかの給食です。カボチャのそぼろあん、鮭のカレームニエル、カリフラワー、おからの煮物、味噌汁、ごはん。
これを作った人の日記。
道路側に山と積もった雪。滑らないようにそろーりそろーり足を運ぶ。寒いので生姜を使った「カボチャのそぼろあん」が頭に浮かぶ。
本日のメニューのおからを買い求めて武川食品へ。「おはようございます」いちばんいそがしい中、長いビニールエプロンを掛けた武川さんが小走りで寄ってきて、私の買い物に応じてくれます。
「いそがしいところすみません。おから2袋とこんにゃく2枚」奥さんは急いでビニール袋を用意し、冷たい水に手を入れてこんにゃく2枚を入れ、ショーウィンドウのケースからおから2袋入れてくれます。奥さんの手は赤くなっていました。
支払いを済ませて、電車に乗ってぷかぷかへ。本日の主菜、鮭をどうやって料理しよう。フライよりカレームニエルの方が体が温まるかなと思い、手を動かす。
三保の岩沢さん(農家)から「売り物にならないから使ってよ」といただいた、ぱっくり割れた人参の泥を落とす。メンバーさんがおから用に人参、こんにゃく、油揚げ、ゴボウを千切りに。フライパンにごま油を入れ、ゴボウ、人参、こんにゃくを炒め入れ、おからは別のフライパンでぽろぽろになるまで炒める。おいしくなーれ、と木べらを使い炒める。
そうやってできたのが下の写真の給食。いろんな物語がこの給食にはあります。
昨日、給食とカフェで使う野菜を地元の農家まで買いに行きました。80才になるおばあちゃんが待っていてくれました。雪の積もった畑から掘り出したみずみずしいほうれん草が束ねてあって、それだけで嬉しくなりました。雪の畑から掘り出すのは大変だっただろうと思います。野菜を作った人に、そんな思いを寄せることができるのは、農家とのこういうおつきあいがある故だと思います。スーパーで野菜を買っても、こんな思いにはなりません。これはある意味、さびしいことだと思います。
農家で買った野菜にはそれを作った人、収穫した人の「物語」があるような気がします。だから野菜を目にしたとき、すごく嬉しくなったり、大変だっただろうな、って思ったりしたのだと思います。
ほうれん草、大根、長ネギ、ブロッコリー、人参、里芋、白菜の漬け物、ミカンを買いました。その一つ一つに「物語」があるのだと思うと、野菜を抱えて運びながら、なんだか心があたたかくなりました。
今日の給食はその野菜を使った温野菜ゆずみそがけ、煮物、けんちん汁でした。食事しながら気前よく割れた人参を「持っていって」と分けてくれたおばあちゃんの顔が目に浮かびました。「物語」のある野菜は、食卓まで豊かになるような気がしました。
4月パン屋の隣に開店予定のお弁当、お総菜のお店「おひさまの台所」では、そんな物語がいっぱい詰まったお弁当、お総菜を販売します。楽しみにしていて下さい。
0.5才の誕生会がありました。0.5才のかわいい子どもたちが4人も集まりました。昨年11月に、「ぷかぷかカフェ」でやはり0.5才の誕生会をやった方が、今日の4人組を連れてこられました。ファミレスではなく、あえて「ぷかぷかカフェ」を選んでくれたところが嬉しいなと思いました。
お母さんの一人が、子どもが大きくなって、ぷかぷかで親子3人で食事ができたらいいなと思っています、とあいさつされ、とても嬉しく思いました。
術後5日目、朝と晩に背骨のところから入れていた痛み止めの点滴をやめました。それまで手術以来ずっと続いていためまいや幻覚が、ウソのようにぴたっと止み、久しぶりに晴れ晴れとした気分になりました。
幻覚ははじめ、これが幻覚なのかどうか、よくわかりませんでした。昼間、目を開けているときでも、ふっと夢を見ているような感じになり、なにやらものすごく恐ろしいものがわーっとおそってくる感じがして、その度にびくっと目が覚めました。目が覚めたあとは、なんとも不愉快な感じが残りました。それが多いときは数分おきにあって、一体どうなってしまったんだろうと、不安でいっぱいでした。
看護婦さんに変な夢を見て、気持ちが悪いことを訴えたのですが、「ぐっすり眠れば大丈夫よ」ぐらいしか言ってくれなくて、不安は一向に解消しませんでした。眠っているときも、その変な夢はおそってきて、もう眠るのが怖いくらいでした。
あれが幻覚だったと気がついたのは、点滴をやめた日、すっきりした気分で隣のベッドの人と話をしていて、「ああ、それは幻覚だよ」と言われたときでした。強い鎮痛剤の副作用だったようです。手術以来、ずっと続いていたもやもやした気分が、ようやくすっきり晴れた気分でした。
めまいと幻覚がなくなると、急に元気になって、病棟の廊下を点滴を抱えたままうろうろ歩き回りました。
おなかの中に太くて堅いビニールパイプが横向きに入り込み、それがまわりの肉を巻き込み、少しでも動くと、ギュウッと締め付けてくるような強烈な痛みがありました。歩くとその痛みが更に増して、「ああ、うぅーっ」と思わずうなってしまいました。それでも歩くことは復帰への一歩であり、どんなに痛くてもそこには未来への希望がありました。そして何よりも、また生き返った気がしたのでした。
今実習している方が、日本各地のシンボルを描き込んだ地図を描き、その地図の名前に「でんじゃらすじーさん」と描いていました。どうしてこの地図が「でんじゃらすじーさん」なのか、説明を聞いてもよくわかりませんでした。でも、地図はすばらしく楽しいです。北海道のスキー、札幌時計台、南部鉄瓶、後楽園球場、大阪通天閣、広島原爆ドーム、沖縄のシーサー、ソーキそばなどがしっかり描き込んであって、彼の世界が見えるようです。
幸せな気持ちになるようなストラップができました。先日紹介した笠地蔵の好きな方の絵です。こんな絵をさらっと描いてしまうような人こそ、社会の中で大事にしたいですね。このストラップ、パン屋で販売しています。500円です。
今日から実習の方がおもしろい絵を描きました。山本電機とバイキンマンです。この組み合わせがどういう意味を持つのか、なんて考えるのは、なんか野暮だなぁと思えるくらい、この組み合わせそのものが単純におもしろいなと思いました。
もう一枚の絵には「麻布十番」の倉庫と「早稲田」行きのバスが描いてあって、これもよくわかりませんね。これも深く考えない方がいいようです。
障がいがある人と一緒に暮らす社会について掘り下げて考えるためのトピックス集です。