城南信用金庫の元理事長が理事長を辞めるとき、こんなことを言ってます。
《 企業の目的は、利益の拡大ではなく社会貢献です。会社の憲法である定款の目的には、利益の拡大とは書いてありません。企業は、定款に記された様々な事業を実施することにより世のため、人の幸せのために活動するという公的な使命があるのです。(城南信用金庫相談役=吉原毅)》
《「企業は社会に貢献するためにある」という観点から、「東日本大震災」「原発事故」などにも、逃げることなく、真剣に立ち向かいました。》
《社会貢献、社会福祉など、一般企業が目を向けない社会的な分野にあえて焦点をおいて、「みんなが仲良く安心して暮らせる社会」の実現に努めてきました。逆に、そうした社会的な視野や発想が、本業である金融分野でも、新たな事業や商品、人と人との強い絆を生み出しました。》
すばらしい理念を持った銀行だと思います。
企業というのは本来こうあるべきだと思います。社会あっての企業なのですから、社会が不健康だと、企業も不健康になります。
一方で社会に全く目を向けない企業も数え切れないくらいあります。
なんか悲しいですね。命を育むはずの食べ物が、命を傷つけています。となると、これって犯罪じゃないですか。
そんな中でぷかぷかはどこまでも命を大事にしたいと思っています。
眞由美さん、今、どのあたりを旅してますか?
眞由美さんの突然の旅立ちに、みんなびっくりしました。でも、こういった悲しいことが突然やってくることも、人生。そんなことを一番年上の眞由美さんは、若いメンバーさんたちに教えてくれたのかな、とも思って自分を納得させています。
すばらしい刺繍をたくさん残してくれましたね。ぷかぷかの大事な大事な財産です。眞由美さんがこうやって自分の人生を生きたこと、それが刺繍の形でしっかり残っています。
わんどが開店した2月から始めて、わずか5ヶ月でこんなにうまくなったの?と、7月のマルシェにやってきたマザーズの社長は絶賛してましたね。内輪のスタッフではなく、社会の中で厳しい商売をしている会社の社長の評価ですから、眞由美さんの腕は本物だと思います。
毎日のように眞由美さんの刺繍をやっている姿を写真に撮りましたが、刺繍に集中するまゆみさんの横顔は、近寄りがたいような気迫がありました。
きびしい仕事人の顔ですね。こんな顔してやった仕事だからこそ、マザーズの社長が絶賛するほどの刺繍ができたのだと思います。
ほんとうに毎日が「いい一日」でしたね。そんなふうに輝く日々があったこと、それをぷかぷかの中で作り出したこと、それがなによりもすばらしかったと思います。
眞由美さんは子どもが好きでしたね。その思いがいっぱい詰まった「アンパンマン」、カフェで子どもたちに大人気でした。子どもたちは眞由美さんの思いを素直に受け止めたんだと思います。子どもたちを動かすほどの、まゆみさんの「思い」を思いました。
カフェのコースターの刺繍もやってくれましたね。毎日お客さんの心を癒やしていますよ。
頭を坊主にしたときはびっくりしました。しかも数日後には金髪に染めてきたので、よほどの決意があったのではないかと思いました。自分があんなふうに坊主になれるだろうかと考えたとき、ようやくまゆみさんの、新しい自分に生まれ変わろうとする決意の深さが見えた気がしました。機会見つけてそのあたりの話をしようと思っていたのですが、それができないまま眞由美さんは旅立ってしまいました。あのときの決意はなんだったのかなぁって、時々考えます。
眞由美さんが旅立ってしまったことはとても悲しいことですが、眞由美さんが残してくれたたくさんの刺繍、日々の思いでを手がかりに、私たちは前を向いて生きていきます。まゆみさんのことを思い出しながら…。8月末にあるぷかぷか旅行にも、眞由美さんの作った刺繍持って行こうと思っています。
そうそう、旅の途中で「銀河鉄道」の停車場があったら、ぜひ立ち寄って下さい。去年旅立った「しんごっち」に会えるかも知れませんよ。「しんごっち展」大盛況だったよって伝えて下さい。
いつまでも、ずっとずっと眞由美さんのこと忘れないよ。
★8月16日夜、入院中だった新井眞由美さんは急性心不全で亡くなりました。享年41歳でした。オーダーメイドのTシャツの刺繍を毎日やっていました。彼女の仕事は若いメンバーさんが引き継ぎます。
昔子どもの保育園でいっしょだった全盲の珠美さんがお母さんといっしょにぷかぷかへやってきました。昔私が撮ってパネルにしてプレゼントした写真を持ってきました。5歳の頃の写真です。保母さんに読んでもらった絵本を手でなぞっています。
目のガンで、眼球を両眼とも摘出し、4歳で世界を見ることができなくなりました。摘出手術の前、お母さんは珠美さんに
「私の顔をしっかり覚えてて!」
って泣きながらいうしかなかった、とお母さんはその頃の辛い話をいっぱいしてくれました。
そんな辛い話をはねのけるように珠美さんは毎日元気いっぱいに保育園の中を走り回っていました。あちこち段差があったり、階段があったりで、なんの配慮もない保育園でしたが、まぁ、そんなの関係ない!って雰囲気でしたね。太鼓をたたいていた写真も持ってきました。
あれから15年。今、大学附属視覚特別支援学校に通う元気なお姉さんになっていました。池袋にはしょっちゅう遊びに行くそうで、地下街なら車の心配がないので、一人で歩き回ってショッピングしたりして楽しんでるそうです。地下街で方向がわからなくなり、迷子になることの多い私は、目をつぶって一人で地下街を歩き回るという珠美さんがなんだかスパーマンのように見えました。
もうすぐ学校も卒業で一人暮らしをするそうです。
「え?目が見えないのに一人暮らし?大丈夫?」
と、私なんかはつまらない心配をして、
「区役所の障害支援課に行って、どういう支援が使えるのか相談した方がいいよ」
なんて言ったりしたのですが、
「大丈夫、近くに友だちがいればなんとかなります。知らない人に来てもらうより、その方がずっといい」
「料理は?」
「なんとかなります」
と、なんの不安もないようでした。
びっくりしたのはiPhoneを全く普通の人のように使いこなしていたことです。
文字を打つのは私の何倍も早く、新しいページをどんどん開いていきます。なんの引っかかりもない画面の上の文字を正確に、しかもものすごいスピードでタッチし、文字を選択していたので、本当にびっくりしました。私は両目があいていてもここまでできないので、いったいどうなってるの、という感じでした。
iPhoneには音声で読み上げるするアプリが入っているので、それをONにすれば、なんの問題もないといってました。読み上げるスピードが速すぎて、わたしには何を読んでいるのかさっぱりわかりませんでした。
ぷかぷかのホームページもあっという間に検索し、Facebookページに載っていた「今日のおすすめお惣菜」を調べ、
「和菓子、おいしそうね」
なんて言ったりして、なんかね、もう負けた、って感じでした。
アート屋わんどに立ち寄り、大きなガラスの窓にさわって
「あ、クレヨンで描いているのね」
と、自分でも描き始めました。世界をいとおしむように両手でさわる横顔がステキでした。
おひさまの台所で
「あれ、チカちゃんじゃない」
とお母さんがいい、珠美さんと小学校でいっしょだったそうです。10年ぶりくらいの再会でした。
目が見えなくても、私以上にたくましく生きる珠美さんに脱帽でした。
今日もブルーベリー狩りに行きました。
トーテムポールのおじさん、今日も静かに森を見つめていました。
晩年はこういう生き方をしたいと思いましたね。
この近くで子どもたちに絵本を読んでいる人たちがいました。こんな環境で本を読んで聞かせるなんて、そのセンスがすばらしいと思いました。
ブルーベリーはまだまだたくさんありました。
ブルーベリー狩りができるのは今月末までです。ぜひ採りに行って下さい。
ブルーベリーデニッシュ、ブルーベリージャム、好評発売中です。
昔町田養護学校でのワークショップで知り合った金子さんをお呼びして「おしゃべりな森・ワークショップ」をやりました。「おしゃべりな森」ってどういう意味なんだろうって思っていましたが、やってみてわかりました。みんなで描いた森に、たくさんの物語が生まれ、これはまさしく「おしゃべりな森」だと思いました。大きな紙と絵の具と色鉛筆と切り抜いた厚紙があればこんな楽しいことができるんですね。いい時間を過ごすことができました。
参加した方からの感想
今日は、『おしゃべりな森』のワークショップを開催いただきありがとうございました。
みんなで一緒になにかひとつのことをつくりあげるという体験。
(実際には3枚に分かれてましたが、もっと大きな1枚でもよかったと思います)
最近、学力の向上のために左脳ばかり使ってきていた長女にとっても
楽しく、自分を解放できる機会になったと思います。
はじめは枠に沿って...そしてノッてきたところで枠を外し、自由に個性的に
大胆に、思いつきでどんどんアイディアを膨らませていかせるあたりに
金子さんの誘導の素晴らしさを感じました。
(いきなり、「自由に森を描いて」と言われても困る人が多いと思うのでー笑ー)
またこのような体験の機会がありましたら、参加させたいと思います。
ありがとうございました!
9月12日(土) 朝10時〜 みんなで大きなクジラを描くワークショップをやります。10名募集します。申し込みはわんどまで。
今日もブルーベリー狩りに行きました。雨上がりのせいか、今日はちょっと涼しくて快適なブルーベリー狩りでした。
広い谷のそばのこの道が大好きです。
朽ちたトーテムポールのおじさん、今日もこうやって谷間を眺めていらっしゃいました。静かなたたずまいが本当にいいですね。
峠を下って、もうすぐ畑です。
ようやく畑でブルーベリー狩り
ブルーベリーはまだまだたくさんあります。ぜひお出かけ下さい。
本の原稿を書きました。
カフェを始めるとき、接客の仕方がわからないので、講師を招いて接客の講習会をやりました。2時間くらいの講習でしたが、確かにいわれたとおりにやれば、それなりに上手な接客ができます。でも、なんかおもしろくない気がしました。要するにマニュアル通りやりなさいという話で、マニュアル通りやる、というのは、個性を出してはだめ、ということです。彼らの個性、持ち味が出せないのであれば、彼らが接客する意味がなくなるので、講習会は一回でやめました。(このときの判断が、今から思えばすごくよかったと思います。マニュアル通りにする管理された接客をしない、ということが、今のぷかぷかの雰囲気を作り出していると思うからです。)
彼らの持ち味を生かす、ということは、こちらがとやかく言わずに、彼らに任す、ということです。言い換えれば「管理しない」と言うことです。
管理しないので、普通に考えればあり得ないような接客もあります。でもそれ故に思いもよらない出会いをした方がいました。
ウィルスに感染したと表現するお客さんの話です。
子供2人を連れてカフェでランチを食べていました。お客さんは私の家族と他にもう一組だったかと思います。
お天気も良く明るくゆったりとした空気の中で
「おいしいねー」
「もう1回チョコパンとチーズのパンおかわりしたい」
などと子供と話をしていました。
そしたら厨房の小窓のカーテンが急にシャッ!と開き、ニコニコ笑顔にマスクの方が
「おいしいかい!?」
と聞いてきました。
一瞬何が起こったのかわかりませんでしたが、とっさに
「美味しいです!」
と負けじと大きな声で答えました。
その方は、そうだろうと言わんばかりにニコニコのまま
「フフ〜ン」
と笑い、カーテンを閉めました。
多分10秒程のできごとでしたが、この思ってもみない楽しいやりとりで、また食べに来ようと思いました。
ぷかぷかウィルスに感染したのは、多分この時だと思います。
これがきっかけでその方はぷかぷかパン教室に来るようになり、
いろいろお話をし、今はスタッフのひとりとして毎日彼らと一緒に楽しく働いています。
「ウィルス」という言い方がいいですね。そうとしかいいようのないものが
「ぷかぷか」にはあるんだと思います。
「ぷかぷかのファンです」とおっしゃるお客さんが最近増えていますが、
こういう方も多分ウィルスに感染したのではないかと思います。
にしても、「おいしいかい!?」のひとことで、お客さんの心をわしづかみにしてしまうなんて、超人的接客だと思いました。
「おいしいかい!?」
「おいしいかい!?」なんて言う言葉も、管理していない環境だからこそ、ぽろっと出てきたのだと思います。普通はお客さんに向かってこんな言葉は使いません。
でも、そのとき、厨房にいたマツイさんはお客さんがあんまりおいしそうに食べてるので、なんだかうれしくなって、ついカーテンをシャッとあけ、ニカーッと笑いながら
「おいしいかい!?」
なんて言ったんだろうと思います。聞いたお客さんも、
「え?!」
とか思いながらも、マツイさんの投げかけた言葉の、なんとも言えないおかしさ、あたたかさに、クスッとしながら、負けずに大きな声で
「おいしいです!」
って、応えたんだろうと思います。マツイさんは、そうだろうといわんばかりに
「フフ〜ン」
と笑い、カーテンを閉めたようです。
その余韻の中で、お客さんは
「また来よう」
って思ったというのですから、おもしろいですね。この一瞬のやりとりで、ぷかぷかのウィルスに感染してしまったとお客さんは言ってました。
こういう思ってもみない、全く想定外の、楽しい、あたたかな出会いは、管理された空間からは絶対に生まれません。
もちろんこの一瞬のやりとりがいつもうまくいくとは限りません。事実カフェのお客さんで利用者さんの言葉に不愉快な思いをしてクレームをつけた方もいます(「よく食べますねぇ」と正直に感想を言っただけなのですが、お客さんにとっては気に触る言葉だったようです)。でも、だからやはり管理が必要だ、というのではなく、そういったリスクを抱え込みながらも,なお、彼らの持ち味を生かすお店、彼らの持ち味にふれ、お客さんの心がキュ〜ンとあたたまるようなお店にしたいと思うのです。
カフェのお客さんで「彼らの接客にふれると心が癒やされます」とおっしゃる方が最近えているのですが、私にとっては思いもよらない評価の言葉でした。彼らの個性をそのまま出したそれほどうまくもない接客がお客さんの心を癒やしている、ということ。これは彼らの立ち居振る舞いがそのままお客さんの心を癒やしている、ということになります。
それはどうしてなんだろう、ということを私たちはきちんと考えておきたいと思うのです。障がいのある人たちは「なんとなくいやだ」「怖い」「何をするかわからない」といった形で、社会から締め出されていることが多いなかで、どうしてぷかぷかだと心を癒やしてくれる存在になるのか、ということです。そのことをきちんと考えていくことは、お互いがもっと生きやすい地域社会がどうやったら実現できるかにつながっていくと思います。
カフェだけでなく、パン屋、外販、お惣菜屋、すべて接客は利用者さんにお任せしています。マニュアルがないので、みんな自由にのびのびと接客をしています。その雰囲気がお客さんの心を癒やしているようです。
区役所の外販でぷかぷかが一番お客さんを集めているのも、みんな楽しそうに仕事やっているからだと思います、と区役所の方がおっしゃっていました。楽しく仕事をする、ということが仕事をする側にとってはもちろん、お客さんにとっても、とても大事なことがよくわかります。
きちんとマニュアルに沿って正しい接客をさせている(しっかり管理している)福祉事業所のパン屋、カフェに行ったお客さんが
「ぷかぷかに来るとなんだかホッとするわ」
とおっしゃったことがありましたが、管理されたお店は、お客さんにとっても息苦しいのだと思います。
「なんだかホッとする」
という言葉こそ大事にしたいと思うのです。そういう空間を彼らは自然に作り出してくれます。そのことをどこまで信頼し抜くか、だと思います。
そして、この「なんだかホッとする」という感覚こそが、ぷかぷかが地域の人たちにとって大切な場になっている理由だと思います。
陶芸教室をやりました。作ったのはお地蔵さん、マイカップ、花瓶です。お地蔵さんはいつも私が最初にモデルを作るのですが、そのモデルが恥ずかしくなるようななんとも味のある楽しいお地蔵さんを作ってくれました。この造形力はなんなんでしょうね。
次はマイカップ。
花瓶を作ります。
9月半ばくらいに焼き上がります。アート屋わんどに並べておきますので、ぜひ見に来てください。
「知的障がいの人には単純作業が向いている」と、昔からよく言われています。知的な障がいがあるから難しいことはできない、という意味だと思います。ですから福祉事業所の多くは「軽作業」と言われる電機部品や自動車部品の簡単な組み立て作業、ダイレクトメール、教材のセット作りなどの仕事が多いようです。確かに仕事は簡単で、誰にでもでき、知的に障がいのある方には向いているのかもしれません。
同じ事の繰り返しに、はまる方も確かにいます。でも、同じ事の繰り返し、というのは1,2週間ならともかく、それが何ヶ月、何年も続くとなると、ふつうは、かなり辛いものになる気がします。
以前、養護学校の校内での実習で電機部品の組み立て作業をやったことがあります。部品を組み合わせてねじを締めるという簡単な仕事でした。でも、その部品が何の部品なのか、どういう役割をしているのか、といったことはわからない仕事でした。
わからなくても部品を組み立てる、という仕事はできます。でも、自分がやっている仕事の意味がわからなければ、仕事をやった、という充実感は生まれにくいと思います。もっといいものを作ろうとか、売り上げを伸ばすにはどうすればいいか、といった仕事をする上での前向きの気持ちも持ちようがありません。仕事に対する前向きの気持ちが持てない中で、ただ決められた日までに決められた量をこなさねばならないという仕事は、何かロボットのようで、むなしく、辛い気がしました。
このむなしさ、辛さは知的に障がいがあっても、同じように感じられると思います。知的に障がいがあるのだから、そんなことはわからない、と考えるのはずいぶん失礼な気がします。私は自分にとって辛い仕事であれば、それを知的な障がいのある方にさせることは、そうすること自体が辛いなと思います。
これは仕事なんだから、辛くてもやるべきだ、と考えるのか、仕事は前向きの気持ちを持てるものであるべきだ、と考えるかで、この問題の対応は違ってきます。
私は養護学校の教員をやっている頃、仕事は辛くてもがんばるべきもの、と思っていました。ですから生徒たちにもそういった話をずいぶんしました。卒業生が就職後、仕事が辛いと相談に来たこともあります。そんなときも、
「仕事はお金を稼ぐ以上、辛いことがあっても我慢しなきゃだめだよ。」
などといったりしていました。
でも、自分で彼らの働く場を作ってから、考え方が180度変わりました。きっかけは介護認定調査での利用者さんの言葉でした。
日常生活の中で介護が必要な方は4年に一度、介護認定調査というのがあります。ケースワーカーさんが来て、「これをするときは一人でできますか?」「誰かの介護が必要ですか?」といった質問を、いろいろな場面を想定しながらします。その答によって、この人にはこれくらいの介護サービスがつけられる、といった判定をします。
みーちゃんという方の調査があったときの話です。みーちゃんは「ぷかぷか」に来る前、地域作業所で仕事をしていました。刺繍や織物をしていたそうです。ただ仕事といってもノルマがあるわけでもなく、自分のペースでやっていました。そういう意味では仕事に追われるといったこともなく、きわめてのんびりした楽な仕事だったようです。ただ楽すぎて、ずっとこんなのでいいのかなという思いがあって、「ぷかぷか」にやってきました。
「ぷかぷか」ではクッキーやラスクを作っていました。ノルマというほどのものではありませんが、今日はこれだけ作ります、という形で、前にいた作業所よりは仕事は少し厳しい、ということはありました。最初の頃はその落差がけっこう大変だったように思います。
でも、仕事を覚えていく中で、少しずつ任されるようになり、今はクッキーの材料や道具の準備、製造を全部一人でやっています。自分で仕事をこなすことで、仕事がだんだん楽しくなってきたようでした。
認定調査でケースワーカーさんに
「ぷかぷかの仕事はどうですか?」
と聞かれ
「以前はいつもうつむいていましたが、今はまっすぐ前を向いて生きています」
と答えました。
私はケースワーカーさんのそばで聞いていたのですが、
「まっすぐ前を向いて生きています」
という言葉には、ちょっとびっくりしました。普通に会社勤めをしている人だって、こんな言葉はなかなか口にできません。仕事が忙しくても、それが人生に結びつくことはまれだからです。でも、ミーちゃんにとって、仕事をすることは、そんな風に「生きること」にストレートに結びついていたようです。だからこんなすばらしい言葉が、ぽろっと出てきたのだと思います。
仕事というものが利用者さんにとって、とても大事なものであり「利用者さんの人生をしっかり支えている」ということに恥ずかしい話、この時初めて気がつきました。みーちゃんに感謝!です。
「まっすぐ前を向いて生きています」なんて、そうそう言える言葉ではありません。それをさらっと口にするくらい、みーちゃんの毎日がすばらしく充実していたのだと思います。そして、そんな毎日を「仕事が作り出した」ということ。仕事ってこんなすごい力があったんだ、とその時思いました。仕事についてのイメージが、このとき大きく変わりました。
人は仕事をすることでいろいろ成長していきます。仕事をする、ということは、創意工夫が求められ、緊張感があり、達成した喜びがあり、仕事を通していろんな人との出会いがあり、売れるとお金が手に入る、といったことの連続です。そういった中で人は成長していきます。だからこそ仕事は楽しいのです。
みーちゃんは仕事をする中で、それを自分で見つけたんだと思います。だからあんな素敵な言葉をさらっと口にできたのだと思います。
そして「ぷかぷか」はそういう仕事を利用者さんに提供できていたことに、みーちゃんの言葉で気づかされたのでした。特に意識していたわけではありませんが、「ぷかぷか」で提供している仕事の評価が、そういう形で出てきたことを、とても嬉しく思いました。
みーちゃんは障害者手帳を持っていますから、いわゆる「知的障がい」と言われる方です。でも、みーちゃんに単純作業が向いているとはとても思えないのです。もし「ぷかぷか」で毎日毎日単純作業をやっていたら、「まっすぐ前を向いて生きています」などという言葉はたぶん出てこなかったでしょう。たとえばボールペンの組み立て作業を毎日毎日やるとして、そんな言葉が出てくるかどうか、ちょっと想像すればすぐにわかります。毎日毎日同じことを繰り返す単純作業では、創意工夫が求められることもなければ、達成した喜びもありません。人が成長する機会が全くありません。
みーちゃんは、仕事をすることで、人生がすごく楽しくなりました、といっています。仕事と人生をしっかり結びつけています。みーちゃんの言葉を丁寧に見ていったとき、「知的障がいの人には単純作業が向いている」という言葉を当たり前のように使う社会は、知的障がいのある人たちの人生への配慮が抜け落ちているのではないか、ということに気がつきました。社会全体が気づいてこなかった、とても大事な問題だと思います。
彼らも人として生きているということ。人として生き、それ故、日々成長しているということ。そういったことをきちんと見ていく視線が社会から抜け落ちているのではないか、ということです。そしてそれは私たちの社会そのものがやせこけていくことを意味します。
みーちゃんの「まっすぐ前を向いて生きています」の言葉は、まさにその問題を突いているように思うのです。それを私たちはどう受け止めていくのか、私たち自身の生き方が問われるような、深い問いだと思います。
(みーちゃんにいろいろ教えてもらいながらクッキーを作る後輩たち)
障がいがある人と一緒に暮らす社会について掘り下げて考えるためのトピックス集です。