ぷかぷか日記

人の生きている重み、生きてきた重みが…

 渋谷のサービスグラントに行く用があって、表参道の駅の通路で催されているダウン症の子と母の写真展を見てきました。

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 モノクロの、すばらしい写真展でした。言葉は一切ありません。

 人の生きている重み、生きてきた重みがストレートに伝わってきます。ダウン症の理解とか、そんなレベルではない、人が生きていること重みそのものが、きっちりとこちらを向いた顔から伝わってくるのです。

 相模原障害者殺傷事件が起き、私はそのことについていろいろ言葉で語ってきました。そういうメッセージをはるかに超えるものを、この写真達は語っているように思いました。

 この写真達を前に、たとえば「障害者はいない方がいい」などと語れるのかどうかです。それくらい揺らぎのない、人の存在する意味をそのまま差し出している気がしました。

 あーだこーだ言わず、写真達の前に黙って立つ、そんなことぐらいしかできない気がしました。

 

 写真達を見ながら信田さんのメッセージを思い出しました。

  プロモーションビデオ第2弾を作っている信田さんは6月17日(土)みどりアートパークでの上映会に向けてこんなメッセージを寄せてくれました。

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今回の映像の打ち合わせが始まったのは2016年秋、当初高崎さんは7月に相模原でおきた障がい者殺傷事件に強い憤りを感じていて、事件に対する具体的なメッセージとしての映像を望んでいた。しかし具体的なメッセージを描こうとすればするほど、僕は意見の異なる人たちと同じ土俵に上がることへの違和感を感じるようになっていた。同じ土俵に上がることは同じモノサシで意見を述べることであり、「いなくなればいい」とか「いた方がいい」という直線的な論議では、ぷかぷかが生み出している豊かな空気感(仮にぷかぷか現象と呼ぶこととする)を伝えきれないと思ったのだ。もっと立体的な座標軸の中でぷかぷか現象を捉え映像にすることで、結果としてメッセージになるようにしたいと思った。

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 どうも私たちはこの直線的な議論にはまってしまいがちです。

 表参道の写真達は、そんな議論を超えたところで、まっすぐにメッセージを伝えているように思いました。

 

 

 表参道の写真展は14日の母の日までです。ぜひお出かけ下さい。黙って写真の前に立ってみて下さい。写真達の語りかけてくるメッセージに耳を澄ませて下さい。 

h-navi.jp

雑誌『そよ風のように街に出よう』が残したもの

『そよ風に街に出よう』という雑誌の編集をやっている小林さんが取材に来ました。週刊号にぷかぷかの話を載せるそうです。

 

『そよ風のように街に出よう』最新号

 

『そよ風に街に出よう』は37年前、障がいのある人たちに「そよ風のように街に出よう」と呼びかけて、スタートしました。当時、障がいのある人はほとんど街に出ることなく、家に閉じこもっていました。閉じ込められていた人もたくさんいました。そういった社会的状況に中で「そよ風のように街に出よう」という呼びかけは大きな反響を呼んだようでした。

 街に出た障がいのある人たちの話をふつうの人たちに届けたりもしました。障がいのある人たちを取り巻く社会的状況を、そうやって少しずつ変えてきました。

 書きようによってはすごく重くなる記事をさらっと軽く書いて、それでいてしっかり中身が伝わってきて、そのセンスがすばらしいと思っていました。それでも時代の波から取り残されるように部数がどんどん減って、ついにこの夏、終刊号を迎えます。

 関西テレビが「そよ風」が37年かけてやってきたことを相模原障害者殺傷事件に関連づけて1時間の番組にまとめていましたが、とてもいい番組でした。障がいのある人たちが街に出て、どんな風に世界が広がっていったのかを丁寧に追いかけていました。

 梅谷庄司さんは奈良の山奥で暮らしています。その山奥まで小林さんを始め、いろいろな方が庄司さんの生活を支えにやってきます。小林さんは月2回、2時間半もかけて庄司さんのところへ出かけていきます。そんなおつきあいを40年も続けてきたそうです。庄司さんは部屋にあるエアコンとかテレビなどすべてぶっ壊し、自分の着ている服も破り捨ててしまいます。とにかく大変な方です。それでも小林さんは、庄司さんのところへ出かけると、なんかホッとするものがあるといいます。だから40年も続けてこれた、と。

 関西テレビは小林さんと一緒に庄司さんを訪ねます。服を破り捨てて裸で座り込んでいる庄司さんは、なんとも言えず人間味があって、会いに行きたいと思うくらいの人でした。小林さんが40年も通い続けてきた理由がわかる気がしました。

 番組を見て「どうしてあんなに大変な人を施設に入れないんだ」という人もいたそうです。私はなぜかにんまり笑って「ああ、会いに行きたい」と思いました。この受け止め方の落差は目がくらむほどに大きいですね。

 『そよ風のように街に出よう』は、この落差を埋めようと37年もがんばってきたのだと思います。雑誌はこの夏で終わりますが、小林さんはまだまだ庄司さんのところへ通い続けます。

 そういう関係を日本のあちこちに作ったこと。それが『そよ風』の功績だろうと思います。関西テレビはそのいくつかを番組で紹介していました。

 「かなこさん」という重度の障がいを持った女性を紹介していました。日常のすべてに介護が必要な方で、「チームかなこ」という若い女性チームがそれを担っています。かなこさんと一緒に街に出かけ、喫茶店に入り、わいわい言いながら注文をします。もちろんかなこさんはおしゃべりしないのですが、それでもチームかなこの人たちと何を注文するかでわいわい楽しそうにやっているのです。大学のゼミで、かなこさんと一緒に、かなこさんとのおつきあいの中で見つけたことを学生達の前で発表します。チームかなこの一人が結婚したときは、かなこさんもきれいにお化粧してもらい、ステキなドレスを着せてもらって結婚式に出席します。結婚式のあと、新郎新婦、チームかなこの人たちに囲まれて楽しそうに話をしているシーンは、ちょっと涙が出ましたね。

 「そよ風のように街に出よう」って言う呼びかけは、あちこちでこういうおつきあいを生んだのだろうと思います。雑誌は終わっても、あちこちの関係はこれからも続きます。その関係が社会を少しずつ、お互いが生きやすい社会に変えていきます。

 

 ★関西テレビの番組、録画したDVDがあります。見たい方はぷかぷかまで連絡下さい。pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 高崎

 

ツジさんのイタリア報告

ツジさんは連休にイタリアまで行ったそうです。その報告です。私なんかは絶対に覚えられないようなカタカナの地名が機関銃のように次から次に出てきて、記憶力のよさにあらためでびっくりでした。

www.youtube.com

湘南ヴィヴィットアート展へぜひお出かけください。

湘南ヴィヴィットアート展に行ってきました。

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昭和4年に建てられた蔵をそのまま使った、とてもあたたかな会場でした。

これが入り口

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入り口を入ったところ。右上に神棚があるあたりがここのおもしろいところ。

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所狭しと作品が並んでいます。

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ぷかぷかの三人の画伯に似顔絵を描いてもらいました。

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のぼさんの絵はおとなしすぎるので、あとで色をつけてもらって、こんな感じにしてもらおうと思っています。似顔絵名刺にこんな絵が載ってたら、もう相手がのけぞってしまって、すごくおもしろいんじゃないかと思うのです。

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同じ会場で似顔絵を描いていたとしきさんにも描いてもらいました。

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 としきさんはものすごく絵のうまい方ですが、絵と全く関係ない作業所で働いているので、作品はほとんど埋もれたままになっているようでした。なんかすごくもったいない気がして、ぷかぷかに来ませんか、と誘いました。ぷかぷかはメンバーさんの絵を社会に出していこうといろんな試みをしています。彼らの絵が社会に出て行くことで、社会が豊かになっていくと考えるからです。お母さんは時々Instagramでアップしてるそうですが、ぷかぷかはもっとダイナミックな形で社会に出して行こうとしています。

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プロボノ活動をやっているサービスグラントにはアートを企業に売り込む営業資料を作ってもらう予定です。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 先日のプレゼンテーションでは詳しい説明を聞きたいと15人ものプロボノワーカーが集まったそうで、もうすぐプロジェクトチームがスタートします。

  

 湘南ヴィヴィットアート展は8日(月)までです。ぜひお出かけください。

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pukapuka-pan.hatenablog.com

 

あなたとの人生、なかなか悪くないよ

 今朝の朝日新聞生活欄の「患者を生きる」ー医療的ケア児④ は子どもに寄り添うお母さんの言葉が光っていました。

digital.asahi.com

 重度の脳性麻痺で寝たきりの子ども(6才)の介護を家で続けています。たんの吸引などの医療的ケアが必要なので、本当に大変です。今年の4月、特別支援学校の1年生になりました。入学式は通院以外の初めての外出だったそうです。子どもたちの声が響く学校。帰りたくないと、聞いたこともない低い声で「う〜」と訴えてきたそうです。授業は週一回、先生が自宅を訪問して行われます。

 一日の介護がすべて終わると、もうくたくたです。子どものベッドの隣に折りたたみ式のベッドを置いてお母さんは寝ます。子どもの小さな手を握り、肌のぬくもりを感じながら語りかけます。

「あなたとの人生、なかなか悪くないよ」

 

 この言葉が出てくるまでにどれほどの苦労があったのかと想像します。出産直後の大混乱、低酸素性虚血性脳症で自発呼吸はほとんどなし、「脳の機能は戻らないと思います」と医者から残酷な告知、自宅介護中、目が細菌に感染して角膜がとけてしまい、眼球の摘出手術、夫とも離婚、毎日毎日待ったなしの介護生活。そんな想像を絶する苦労をしながら尚も

「あなたとの人生、なかなか悪くないよ」

と語るお母さん。子どもといっしょに本当にいい人生を送っているんだろうなと思いました。

 たとえ相手が重度の脳性麻痺で寝たきりの子どもであっても、そういう人生が創り出せるということ。人生の深さと希望を感じます。

 

 障がいのある人たちとおつきあいしている私たちこそ、相手の前で語りたいですね。

「あなたとの人生、なかなか悪くないよ」

って。障がいのある人たちとの人生が豊かなものになる気がします。

 

 

 

 

子ども達にぷかぷかの豊かな空気感を伝えたい

  昨日の「ぷかぷか言葉」の話は、子ども達に「ぷかぷか」がどんな風に伝わっているのか、とてもよくわかって、すごくうれしい気持ちでした。

 ぷかぷかのお店はもちろん、様々なイベントに子どもたちがたくさんやってきます。そんな子どもたちを見て、パン教室の記録のタイトルには「パンと一緒にステキな未来もこねています」なんてことを書いたりしています。子ども達に「ぷかぷかの空気感」を未来に伝えて欲しいと思っているからです。

 そんなところへ「人に優しい」あるいは「あったかい」と聞き、「ぷかぷか」が思い浮かんだことは、ぷかぷかへ何度も出入りしているうちに、なんとなくそんなイメージを持ったのかなと思いました。学校で習った「ふかふか言葉」よりも、「ぷかぷか言葉」の方が、ずっと中身のある言葉だと思いました。

 先日プロモーションビデオ第二弾の試写会で、制作した信田さんは「ぷかぷかの豊かな空気感を伝えたい」とおっしゃっていましたが、子ども達はそれを敏感に感じとっているように思いました。

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 人間ドックの結果に少し落ち込んだとき、真っ先に思ったのは、ぷかぷかのこの空気感がうまくあとの人たちに伝わるかどうかでした。でも、「ぷかぷか言葉」の話を聞いて安心しました。

 子ども達にぷかぷかの豊かな空気感をしっかり伝えたい、そう思う毎日です。

「人に優しい言葉、あったかい言葉」は「ぷかぷか言葉」

  スタッフの1年生になる子どもが学校で、「人に優しい言葉、あったかい言葉」は「ふかふか言葉」、「人を傷つけてしまう言葉、悲しい言葉」は「ちくちく言葉」と習ったそうです。

 ところが、家に帰ってお母さんに「人に優しい言葉、あったかい言葉」は「ぷかぷか言葉」、「人を傷つける言葉、悲しい言葉」は「ちくちく言葉」って、報告したのだそうです。

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 「ふかふか」と「ぷかぷか」を間違えたとはいえ、「人に優しい」あるいは「あったかい」と聞き、「ぷかぷか」が思い浮かんだことは、なんだかすごくうれしい気がしました。

 

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 パン教室でこんな体験をした子どもだからこそ、「人に優しい」あるいは「あったかい」は、そのまま「ぷかぷか」だったのかも知れません。

豊かな空気感を伝える

 プロモーションビデオ第2弾を作った信田さんから制作の思いが届きました。

 

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 今回の映像の打ち合わせが始まったのは2016年秋、当初高崎さんは7月に相模原でおきた障がい者殺傷事件に強い憤りを感じていて、事件に対する具体的なメッセージとしての映像を望んでいた。しかし具体的なメッセージを描こうとすればするほど、僕は意見の異なる人たちと同じ土俵に上がることへの違和感を感じるようになっていた。同じ土俵に上がることは同じモノサシで意見を述べることであり、「いなくなればいい」とか「いた方がいい」という直線的な論議では、ぷかぷかが生み出している豊かな空気感(仮にぷかぷか現象と呼ぶこととする)を伝えきれないと思ったのだ。もっと立体的な座標軸の中でぷかぷか現象を捉え映像にすることで、結果としてメッセージになるようにしたいと思った。座標軸の参考にしたのは高崎さんが設立6年目に書いたぷかぷかの「ステークホルダー相関図」だった。しかし沢山の利害関係者の中には唯一高崎さん自身が入っていなかった。今回の映像でも触れてはいるが、個人としての高崎さんの想いを知ることは、ぷかぷか現象を理解し活かす上でとても重要だ。次回続編をつくる機会に恵まれたら、そこにフォーカスした作品を作りたいと思っている。

                     PVプロボノ 映像ディレクター 信田眞宏

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《「いなくなればいい」とか「いた方がいい」という直線的な論議では、ぷかぷかが生み出している豊かな空気感(仮にぷかぷか現象と呼ふこととする)を伝えきれないと思ったのだ。》

 というところがすばらしいと思いました。その《豊かな空気感》が、映像にはよく出ていると思いました。空気感は映像でしか伝えられないものです。パン教室の映像がありましたが、ぷかぷかの空気感がとてもよく伝わってきます。ぷかぷかのパン教室は単なるパン教室ではなくて、言葉でうまく表現できないような、なんかすごく豊かなものを生み出しています。そのことが映像からはよく伝わってきます。

 大家さんのインタビューのシーンに「相模原事件への思いは」という言葉が入っていました。

「バスや電車でね、ぷかぷかさんに会ったらあいさつをしようと思うんです。彼らがいることで生まれる緊張感が、私がちょっと声をかければその場の緊張感がちょっと和らぎますよね」

というお話になり、相模原事件に直接ふれることはありません。でも信田さんは大家さんがバスや電車の中でやっていることこそが、相模原事件を生み出した社会にあってはすごく大事なことだといいます。だからあえてあそこで「相模原事件」という言葉を入れたのだと思います。その言葉から反射的に生まれる私たちの中の「とんがった思い」みたいなものを、今一度静かに問い直すシーンだったのかも知れません。

 先日神奈川新聞でも、そういう視点、《少しずつ、目の前のその一人から少しずつ…。日々の暮らしの中でオーヤさん自身が変わり、周囲もまた変えようとしている。》という紹介の仕方をしていました。そうやって社会は少しずつ変わっていくんだと…

 

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(取材中の信田さん)

 

《沢山の利害関係者の中には唯一高崎さん自身が入っていなかった。今回の映像でも触れてはいるが、個人としての高崎さんの想いを知ることは、ぷかぷか現象を理解し活かす上でとても重要だ。》

 昨日試写会のあと、どうして彼らといっしょに生きていきたいと思ったのか、その原点についていろいろ信田さんに聞かれました。そのときは、彼らに出会ってしまったから、とか、彼らに惚れてしまったから、と答えていたのですが、質問の背景にはこういうことがあったんですね。《ぷかぷか現象を理解し活かす上でとても重要だ》と。

 信田さんとは機会見つけてゆっくり話し込もうと思っています。

 

 

 プロモーションビデオをYouTubeにアップしたからって、あるいはあちこちで上映会を開いたからって、何かが急に変わるわけではありません。信田さんのいう「心のドアをノックする」感じで、誰かに届けば、と思っています。心のドアをノックされて、この豊かな空気感に気づき、その人のまわりで何かが変われば、と思っています。

 

 

プロモーションビデオ第2弾の試写会がありました。

 プロモーションビデオ第2弾の試写会がありました。15分くらいの作品で、昨年の第1弾よりもぷかぷかのメッセージがしっかり入っている気がしました。

 昨年7月に相模原障害者殺傷事件があり、それに対して映像によるメッセージを作りたいと思っていました。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 その依頼に応えてpvプロボノの信田さんが映像を作り、今日、その試写会があったというわけです。

 信田さんはストレートに「相模原障害者殺傷事件はけしからん」といったメッセージではなく、心のドアをノックするような映像を志していました。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 途中段階での打ち合わせに出された映像制作イメージでは、映像の最後に少し言葉のメッセージが書かれていたのですが、言葉が月並みすぎて、というかせっかくの映像のあとで言葉が浮いてしまう感じがあったので、こういう言葉を並べるのはやめて編集してもらいました。その結果が今日の映像です。

 いろんな人のおしゃべり、場の雰囲気の映像を繋いで、しっかりメッセージを伝えるものになっていました。「相模原障害者殺傷事件はけしからん」といったメッセージではなく、いつも言っている「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」というメッセージです。昨年の作品よりもっとくっきりと伝わってくるものになっていました。

  昨年の作品

www.youtube.com

 昨年の作品では「いっしょにいると心ぷかぷか」がメインメッセージでした。そのメッセージが、いろんな人のおしゃべりや場の映像が入ることで、もっと伝わるものになっています。相模原障害者殺傷事件に対して、「そうじゃない、私たちは、どこまでも障がいのある人たちといっしょに生きていく、いっしょに生きていった方がいいから、いっしょに生きていくと、心ぷかぷかになれるから…」というメッセージです。

 ツジさんのお母さんの「勘違いの努力」のお話を聞く集まりで、たまたまダウン症の子どもを抱えたお母さんが参加していて、そのお母さんの子どもが生まれたときのショックから立ち直っていくまでの短いお話が光っていました。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 この時はpvプロボノのカメラが2台入っていて、たまたまそのお母さんの映像が撮れたそうです。ドキュメンタリーなので、何が起こるかわからないところでカメラを回しています。ですからうまく映像が撮れるかどうかはそのときの運みたいなところがあります。

 そのダウン症の赤ちゃんを抱えたお母さんは遅れて参加し、壁際に立った位置で、しゃべり始めたので、信田さんの位置からはうまく撮れない角度だったそうです。しかもNHKの方も同じ場所で映像を撮っていて、それが重なってしまい、でもお母さんは絶対に聞き逃せないような話をしゃべっていて、とても焦ったそうです。でも、ちょうど反対の位置にいたもう一人のカメラマンがしっかりお母さんのおしゃべりを撮ってくれていて、今回のプロモーションビデオのいちばん印象に残るシーンになっています。

 このシーン、赤ちゃんが生まれたときの辛さから立ち直っていく話が心に響いて、ちょっと涙が出てしまいました。障がいのある人といっしょに生きていくって、こうやって人の人生を変えていくんだって思いました。よかったね、よかったね、って、なんか涙がこぼれてしまったのです。時々お母さんを見つめるダウン症の赤ちゃんの表情がステキでした。

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 試写会のあとpvプロボノの方3名と高崎でいろいろ話をしました。音楽がおしゃべりと重なって印象が薄まってしまうとか、「障がいのある人たちといっしょに生きていく社会を」という最後の文字はなんかしらけてしまうとか、いやこれはタカサキさんがいつも言ってる言葉だとか、でも映像の中で使うとなんかダサいとか、相模原事件という文字とおしゃべりのつながりが今ひとつよく見えないとか、ぷかぷかのお店の映像が一瞬しか入っていないので、どういうところが作った映像なのかよくわからないとか、いろんな意見が出ました。相模原事件をめぐってこういう話ができたことがすごくよかったと思います。映像の記録を撮ってもいいくらいのいい話しあいだったと思います。

 あちこち修正を加え、もう一度試写会を開いていろんな方の意見を伺った上で、更に修正を加え、今月末には公開する予定です。楽しみにしていて下さい。

 

 

 

私は彼らに育ててもらった

hanaちゃんのお母さんは「重度の療育ママ」だったそうです。

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 そのママが「私、hanaに育ててもらいました照れ」って、さらっと書くところが花岡さんのすばらしいところ。どうしてそこに共感したのかというと、私自身、「ぷかぷかさん達に育ててもらった」という感覚があるからです。「ぷかぷかさん」達を「支援してきた」のではなく「育ててもらった」のです。そのおかげで「ぷかぷか」があるのです。

 本の原稿にこんなことを書いています。

  

 養護学校の教員になった頃の話です。

 私は小学校の教員になる勉強はやっていましたが、障がいのある子どもたちを相手にする特殊教育の勉強はやっていませんでした。ですから、雨の中、裸で外へ飛び出してしまう子どもがいたり、自分の頭をぼかすかたたく子がいたりすると、どう対応していいかわからず、

「ああ、どうしよう、どうしよう」

と、おろおろする毎日でした。おろおろする、というのは恥ずかしい裸の自分がそのまま出る、ということです。専門知識を盾にするのではなく、何も防備するもののない素の自分で相手と向き合うしかありませんでした。でも、だからこそ、人として彼らと出会えた気がしています。その出会いは私の人生を揺さぶるほど強烈なものでした。

 もし私に専門知識があれば、彼らと人として出会うことはなかったと思います。そしてその後の人生もなかったと思います。「ああ、どうしよう、どうしよう」と、おろおろする毎日があったからこそ、今、「ぷかぷか」があります。「おろおろする毎日」こそ、新しいものを生み出す原点であった気がしています。

 

 私は彼らに育ててもらったのです。

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