ぷかぷか日記

タカサキ日記

  • 黒いギンガムチェックのチュニックを着ていたあなた!
    2019年12月4日(水)青葉区役所で人権研修会をやりました。昨年は「すごろくワークショップ」をやって、ぷかぷかさんと出会う時間を作りました。今年は簡単な演劇ワークショップをやり、その体験のあと、事前に聞いておいた「自分の家のすぐそばに障害者のグループホームが建つことになったらどう思うか」のメモを振り返ってもらいました。障がいのある人たちとの出会いの体験が、こういった問題にどのように関与するのかを一人一人に考えてほしかったからです。こういう問題を本気で考えることこそ、人権研修会だろうと思います。  頭では差別はいけない、と思いつつ、実際に自分の家のすぐそばに建つとなると、やっぱり考えてしまう、あるいはなんとなく怖い、というのが多くの人の思いです。そういうことをどうやって超えていくのか、というところでの提案が、ぷかぷかさん達と一緒に楽しい演劇ワークショップをやることであり、ぷかぷかのプロモーションビデオを見ることでした。  ぷかぷかさんとの出会いをすばらしく語った感想がありました。 「入室したばかりの私に、元気にあいさつをしてくれて、ずっと手を繋いでくれたあなた!黒いギンガムチェックのチュニックを着ていたあなたです…」 というのがありましたが、出会ったぷかぷかさんへの思いがあふれています。「あなた!」って書くほどに本当にすばらしい出会いだったんだろうと思います。  歩行障害のある方が 「あなたはどんな障がいがあるの?」 と聞かれ、そのあまりにストレートな質問に 《 「おお!」という気持ちをもらいました。 》 と感想を書いている方がいました。なんかすごくうれしかったみたいですね。  こういうハッピーな出会いこそが、社会を少しずつ、なによりも確実に変えていきます。社会の大きな希望です。そしてその希望をぷかぷかさん達が作りだしているということがすばらしいと思います。  差別され、社会から排除されがちな彼ら自身が、社会の希望を作りだしている、ということ。差別する社会を作っている私たちがやらねばならないことを、差別される側の彼らがひょうひょうと作りだしていること。そのことに私たちはもっと気づいた方がいいと思います。気づくことでまた少し豊かな気持ちになります。ぷかぷかさん達にあらためて感謝!です。 50人くらいが参加 ・入室したばかりの私に、元気にあいさつをしてくれて、ずっと手を繋いでくれたあなた!黒いギンガムチェックのチュニックを着ていたあなたです。「お名前は?」「27歳なの」「結婚してるの?」「今度サンリオピューロランドに行くんだ」いろいろおしゃべりしてくれて、どうもありがとうございました。どうして私もあなたのお名前を聞かなかったんだろう…とすごく悔やんでいます。短い間でしたが、とても楽しかったです。サンリオピューロランド、楽しんで下さいね。 ・短い時間でしたが、ぷかぷかさんと一緒にグループワークをして、日常の大変さやいそがしさを忘れて、心から楽しい気持ちになりました。素直な心を持った人たちを見ているとこちらも素直な気持ちになりたくなるのは、すごい力だなと思います。 ・ぷかぷかさんと一緒にワークショップをやって、最大級の元気をもらえました。豊かな表情、表現を見習いたいです。 ・私たち職員が、照れや外聞ばかり気にして思い切れないところ、とても元気に表現豊かに取り組んでくれたことに感謝します。 ・短い時間でしたが、一緒に泣いたり、笑ったり、とても楽しい時間でした。 ・みなさんの素直に自分を出す姿が、本当にキラキラしていました。 ・同じグループになった女性のメンバーに「区役所にも障害のある人はいるの?」「あなたはどんな障害があるの?」といきなり聞かれ、すごく新鮮でした。僕は歩行障害があるのですが、ダイレクトに聞かれることが年々減っていく中で、「おお!」という気持ちをもらいました。今度ぷかぷかに行ってみようと思いました。メンバーのみなさん、ありがとう! ・元気に明るく参加していただき、とても素敵な時間を過ごせました。ありがとうございました。 ・みなさんの屈託のない笑顔でほんわりとした気持ちになりました。 ・自由な開放された気分になる瞬間がありました。 ・みなさんの表情豊かで元気なところを見ていると、私も思わず笑顔がうつってしまいました。 ・ぷかぷかさん達の持っている想像力や素直さは自分もこれから見習っていこうと思いました。 ・みなさんの元気のよさ、明るさに、楽しい気持ちになることができてよかったです。 ・仕事柄、頭では「人権」を意識しているつもりでも、いざ自分の生活圏の中に話が及んだ場合は、きれい事だけではないとあらためて意識させられました。 ・知らないことが差別や偏見を生みことに気がつきました。ぷかぷかさんとワークショップができたことは貴重な時間でした。 ・今回、事前に配布された新聞記事を読み、自分の考えを他の人と共有し、自分とは違った意見や思考を知ることができ、とても勉強になりました。その中でも印象的だったのが、「障害者にだって住む権利がある」という言葉でした。人が引っ越してくるのに、賛成や反対といったこと自体がおかしいのだということに気づかされました。その時点で自分は無意識に障害者を上から見てしまっていたのだと反省しました。 ・直接会ってワークショップをやらなければ分からない、わかり合えないものを感じました。人権とは特段かまえる必要がないと気づきました。 ・「障がい者といっしょに生きていった方がトク!」というタイトルが、キャッチーだと思いました。障害者福祉の場面では「きれい事では}という言葉ばかり聞こえがちです。その中で「損得で考えてよいの?!」と、このタイトルによい意味でびっくりしました。 ・人権についてぷかぷかさんとふれあうことで、より身近に深く考えることができました。 ・ぷかぷかさんとのワークショップが楽しかった。「いっしょにいた方がトク!」はその通りだと思った。 ・分かっていても心のどこかで意識してしまう自分がいたと思います。でも一緒にふれあうことで、一緒に過ごすことで少しずつ意識が薄くなりました。 ・いっしょに生きる、暮らすことの大切さをあらためて感じました。 ・「関わってみると、世界観が広がってトク」という表現は、とてもよいと思いました。 ・知ることって本当に大事なことだと思います。イメージだけで自分の中で膨らませていくって本当に怖い。特に最近、インターネットで大きな声にみんなが操作されているように感じます。 ・ふだんじっくり考えたことのないテーマについて考えるきっかけをいただきました。一人一人がその人らしく生きることが肯定される世の中になるとよいなと思います。 ・ぷかぷかさんとともに過ごすことがトクだということ。結果を求められ、しんどい世の中ですが、豊かな生き方について考える機会になりました。 ・ぷかぷかさんの明るさ、前向きさを感じた。 ・いろいろな人がいて、それぞれの味、よさを持っていること、自分のことだけを考えるのではなく、まわりにも目を向けること、やはりぷかぷかさん達はステキだということに気がつきました。 ・ぷかぷかのみなさんと一緒にワークショップをして、素直な感情表現で過ごされているのを見て、先生がおっしゃっていたこちらにも学ぶこと(トクすること)があるとあらためて気づきました。 ・子どもたち(高校生くらいまで)は、障害を持つ子に対して、なんの差別意識もなく接してくれることが多いと思います。障がいのある人はみんな気持ちが優しいです。 ・知らないということが不安をあおることがあると思います。自分の目で見て体験して感じることがあります。自分には持っていない明るさ等を、ぷかぷかさんには感じました。 ・事前に新聞記事を配布していただいたことで、話し合いが濃いものになったと感じます。人権問題で必ず浮上するのが、互いの理解がないが故の不安や思い込み、差別があると思いますので、今回の研修のように、まずは知ることが大切だとあらためて思いました。様々な方の意見を聞くことができ、とても参考になりました。またぷかぷかさんとふれあえたことも自分にとってよい機会でしたし、子どもたちにもこういう機会があるとよいと感じました。 ・研修を通して、障がいのある方へのイメージが大きく変わりました。元々特に偏見を持っていたなかったのですが、ぷかぷかさんたちの想像力や素直さに学びや気づきがとても多くあり、自分の世界が広がった感覚を持ちました。あらためて「知る」ということの重要性を認識した研修でした。 ・座学聴講のみではなく、交流体験やワークショップなど、ゲーム形式も交えての取り組みは、人権研修では斬新な取り組みに感じました。業務や日常ではなかなかきっかけのない障がいのある人たちとの交流は百聞は一見にしかずというとおりに思います。 ・業務上や仕事で関わりがあり、自分では理解しているつもりでしたが、実際電車で障がいのある方と同じ車両になり、相手との距離感等をとることがむつかしいところを見ると、一般的に「怖い」イメージがあることにあらためて気づかされました。その溝を埋めるきっかけ作りが必要と思いました。 ・ぷかぷかさんといっしょに生きることが人生を豊かにしている、という話。すばらしいと思いました。 ・グループホーム建設反対の話は、障害者ということだけで障害者のことをよく知らない人たちがものすごいパワーを持ってしまうのは、恐ろしいことだと思いました。子どもたちのように素直に受け入れられる大人が少しでも増えていけば、もっと暮らしやすい世の中になるだろうと思いました。 ★グループホーム建設反対ののぼり。お金をかけて作ったのぼりです。多分不動産屋が「障害者のグループホームができると地価が下がる」とかいって反対運動を盛り上げているのだろうと思います。会社の金儲けのために差別を助長していることになります。この地域の未来が心配です。 ・いつもおいしいパンやお弁当をありがとうございます。今日は一緒にワークショップできるのを楽しみにしていました。一緒に過ごせて楽しかったです。これからも一緒に楽しくいけたらいいなと思っています。来週もおいしいパン楽しみにしています。メロンパン、カップケーキ、たくさん作ってください。 ・いつもおいしいお弁当とパン、そしてステキな笑顔の対応、ありがとうございます!いつも楽しみにしています。今日はワークショップで一緒にいろんなことを考えたり、たくさん笑って楽しかったです。今度はお店に買いに行きたいです。 ・ぷかぷかさんと一緒に思いっきり笑ったり、泣いたり、怒ったりして、気持ちが和みました。 ・ぷかぷかさん達の笑顔、最高です。地元の人に愛されるのがよく分かりました。 ・レジャーシートの絵がとてもステキでした。 ・初めての人にもフレンドリーに話しかけていく姿に学ばせてもらいました。思ったことを素直に言葉に表すことのできる力がとてもステキだなと思いました。ぷかぷかのお弁当はおいしいのでファンです。これからもおいしいお弁当を楽しみにしています。 ・毎週おいしいパンとお弁当、ありがとうございます。丁寧にパンの説明をしてくださったり、おすすめを教えてくださったり、元気な声で接客をしてもらうと元気が出ます。今日も、みなさんが素直に感情を出しているところを見ていると元気が出ました。ありがとうございました!! ・ パンが来るのを楽しみにしています。メロンパンのむちむちがたまらないです。あじさいパンに次ぐ新商品、楽しみにしています。 ・「私たちはここに生活する権利がある」ということが、障害者だとなぜ否定されるのか。厳しい状況を突破するのではなく、ゆるめる、彼らと生きる気持ちよさを感じる、という言葉、大切にします。 ・ワークショップ、企画する管理職も積極的に参加すべきでしたね。途中参加することに照れて しまって... 一緒に踊るとかゲームをするというのでも良かったかも。「笑う」とか「ライオンになる」とか ぷかぷかさんののびのびとした感情表現を発見するということと、大人が羞恥心を捨てら れかということはまた別の話のような印象がありました。参加者を広げるためにも、何かを 発表させるというよりは、一緒にゲームをやるとか何かを作るとかの方法で交流を図るの でも目的は達成できるのではと感じました。
  • たいこん
     パン屋で、ぷかぷかの畑班が作った大根を売っていました。  〈だいこん〉かと思ったら〈たいこん〉て書いてありました。  「ああ、これは〈たいこん〉でしたか」と心がゆるっとなりました。  〈たいこん〉という乾いた、甲高い響きがゆるゆると心をほぐしてくれました。  こんな楽しい言葉を書いてくれたぷかぷかさんがいとおしくて、抱きしめたくなりました。  「これ、間違ってるじゃん」というよりも、「ああ、〈たいこん〉ね」といった方が、みんなが笑顔になれます。  たまたまやってきたお客さんが 「このだいこんください」 といったので、 「あ、すみません、これは〈だいこん〉ではなく、〈たいこん〉です。これ見て下さい」 と〈たいこん〉の文字を見せたら 「ああ、そうでしたか、じゃ、この〈たいこん〉ください」 とみんな笑顔になったのでした。  相模原障害者殺傷事件をテーマにした集まりは、いつも堅い雰囲気で、気が滅入ります。ここから何が生まれるのだろうと思います。あの堅い雰囲気からは事件を超える柔らかな、心地よい社会が生まれるのだろうか、と思います。  アーダコーダの議論も大切です。でも、それ以上に大切なことは、事件を超える、障がいのある人もない人もお互いが気持ちよく生きられる社会を作り出すことです。  〈たいこん〉という言葉は、そんな気持ちのいい社会を作る鍵がどこにあるのかを教えてくれる気がするのです。
  • 「意思決定支援はストップせざるを得ない」って、どういうこと?
    12月6日、津久井やまゆり園の指定管理者再公募に関する朝日新聞の記事の最後に  「まるでちゃぶ台返しだ。事件後、入所者も家族も我々も県に振り回されている。こうした状況ならば、意思決定支援はストップせざるを得ない」 とかながわ共同会の職員の言葉が載っていました。  「意思決定支援」という言葉を見て、最初、何のことかと思いました。ぷかぷかではこんな言葉は使ったことがありません。  前後の文脈から、障がいのある人の意思をくみ取ることなんだ、ということがなんとなく分かってきたのですが、こういう堅い言葉で表現するような関係だったのだと思います。  「こうした状況ならば、意思決定支援はストップせざるを得ない」って、相手をしている重度障害の方はどうなっちゃうのでしょう。もうほったらかしにする、ということなのでしょうか?  「ストップせざるを得ない」→「ほったらかしにせざるを得ない」→「自分の責任ではなく、県の責任」ということがいいたいのだろうと思いますが、それにしてもこの無責任ないい方には、毎日相手をしている重度障害の人たちに対する姿勢がよく見えます。  目の前の重度障害の人たちをほったらかしにしても、何も感じないの?と私なんかは思ってしまいます。目の前にそういう人がいて困っていれば、やっぱりほったらかしにはできません。それが人間としての普通の感覚だろうと思います。その人間としての感覚を、ひょっとしたらやまゆり園の職員は忘れているのではないかと思いました。忘れてしまうような職場の雰囲気。  重度障害の相手を人として見ていないんじゃないか。人として彼らとおつきあいしていないから何も感じないし、ほったらかしにできるんじゃないか。人間としての感覚を忘れる、というのはそういうことです。  相手を人として見ない。こういう関係性こそが事件を引き起こしたのではないかと思います。そしてここにこそ、事件の温床があるような気がするのです。  だからこそ、現場でどういう支援が行われていたのかの検証が、絶対に必要だと思うのです。  神奈川県が作った事件の検証報告書では、現場の検証が一切なされていません。すごく不自然です。本当に検証しなかったのか、検証したが県によって削除させられたのか。  長時間にわたる利用者さんの拘束も、利用者さんの日中活動がほとんどなかったことも、日々の日報にきちんと目を通していれば、管理者の県は分かっていたはずです。でも、何もしなかった。結果、現場がどんどん荒廃していった。その荒廃した現場の実態が検証報告書に上がっていれば、県としては公表したくなかったと思います。だから削除させたのかもしれない、というのは私の勝手な憶測です。単なる憶測で終わればいいのですが…
  • 「やまゆり園」の指定管理者を再公募
     報道によれば、神奈川県は「やまゆり園」の指定管理者を再公募するそうです。本来なら3年前の事件直後にやるべきことでした。どうしてやらなかったのか、そのことをあらためて神奈川県に質問しようと思っています。ご意見いただけるとうれしいです。 1,今日、「やまゆり園」の指定管理者を再公募する、という報道がありました。理由は「法人理事の愛名やまゆり園園長による女児への強制性交事件や、園入所者への身体拘束があった」ことだそうですが、どうして3年前の事件直後にかながわ共同会を指定管理者から外すことをしなかったのですか。理由を説明して下さい。 2,「過去に利用者を車いすに長時間拘束していたとの情報などが寄せられたということ」が再公募の理由の一つに挙げられていますが、そういう情報の前に、施設からの日々の報告で長時間拘束の実態は把握していたはずです。管理者としてそういう把握はしていなかった、ということですか? www.kanaloco.jp www3.nhk.or.jp
  • 心が安らぐこと。そのことが人が生きていく上でとても大事なこと。
    サステナブル・ブランド国際会議2020横浜のプロデューサーと企画推進室の方が取材にきました。 www.benesse.co.jp  持続可能な社会は、やっぱりぷかぷかさん達といっしょに生きていくことで初めて本当に可能になると思います、といいました。二酸化炭素削減のテクノロジーの問題はとても大事です。でもそれ以上に、私たち自身が人として生きることが大事じゃないか、という提案です。ぷかぷかさん達といっしょに生きていく時、私たちは人として生きることができます。  たくさんの人たちがぷかぷかに来るとホッとする、といいます。自分が人であることを思い出すからだと思います。息苦しい社会の中で忘れてしまっている人としての感覚を思い出すのだと思います。その感覚こそが、社会を持続させていく鍵になるように思うのです。  窮屈で息苦しく思う社会が、このまま持続するとは思えません。その窮屈さをどうやって解消すればいいのか。そのヒントをぷかぷかさんは教えてくれます。  昔養護学校で働き始めて最初に受け持った重度障害の子どもたちは、おしゃべりすることも、一人で着替えすることも、トイレの後始末をすることもできませんでした。でも、そばにいるだけで心が安らぐような、そんな不思議なチカラを彼らは持っていました。  それまで普通のサラリーマンをやっていた私は、誰かのそばにいて心が安らぐ、といった経験は皆無でした。そういうものをほとんど忘れていました。重度障害の子どもたちとおつきあいする中で、人としての大切な感覚を思い出したのです。  心が安らぐこと。そのことが人が生きていく上でとても大事なこと。そのことを重度障害の子どもたちは思い出させてくれたのです。そしてそのことこそ、持続可能な社会の中心に置くべきだと思います。  ぷかぷかさんとのおつきあいも、そのことを思い出させてくれます。それが心地よくて、みんなぷかぷかにやってくるのだと思います。  2020年、横浜で開かれる国際会議でも、ぷかぷかさんが登場し、参加者と何らかの関わりが生まれる場面を作った方がいいと思います、と提案しました。彼らと短い時間でもいい、とにかくおつきあいすること。その経験は、大事なことに気づかせてくれるはずです。  聞こえのいい言葉だけを並べても、持続可能な社会は実現できません。ぷかぷかさんと泥臭くおつきあいすること、そういったところにこそ、持続可能な社会への可能性があるように思うのです。
  • セノーさんとおつきあいして10年
    いつものようにセノーさんの目、のぞき込んでいたら、 「もう10年だね」 とセノーさん  10年前、といえば、セノーさん養護学校高等部の3年生。ちょうど私が担任していました。  その頃毎日のように通学途中の駅前にあるマックに行っていました。すごく太っていたので、 「マックは行かない方がいいよ」 というのですが、そのくらいの注意でセノーさんが変わるわけありません。  で、ある日、一緒に給食を食べているとき、思いついて、突然セノーさんの目をのぞき込み 「あ〜!、セノーさん、大変、目が真っ赤!これ、糖尿病だよ。」 「なに、それ」 「糖尿病はマックを食べ過ぎて、セノーさんみたいに太った人がかかる病気で、病気が進むと、足の先や手の先が腐ってぼろっと落ちてしまうんだよ。おしっこの出る大事なところも、朝、おしっこしたはずみにぼろっと落っこちでしまうかも」  といったのがきっかけで、毎朝目の検査をするようになりました。  卒業後、しばらくほかの事業所に行っていたのですが、そこで居場所を失い、ぷかぷかにやってきました。久しぶりに会ったのですが、目の検査のことはしっかり覚えていて、また再開しました。  目をのぞき込み、朝、ぼろっと落ちなかった?と聞くのが毎日の日課になりました。 「ぼろっと落ちたら東洋英和(近くの女子大)行くの?」 「そう!、お母さんのスカートはいていくといいよ」 なんて話で盛り上がりました。  そんなセノーさんのいちばんの貢献は、寝ながらでも街を耕し、売り上げを作り出すことができる、という前代未聞の事実を作ったことです。  こんな写真をFacebookにアップすると、びっくりするくらいたくさんの人たちがアクセスしてきます。 「また癒やされました」 って。こうやってファンが増え、売り上げが増えるのです。  私がこんなふうに寝ても、絶対に売り上げが伸びないことを考えれば、セノーさんがいかにすごいことをやったかがわかります。  セノーさんのおかげで「生産性のない人が社会に必要な理由」というブログを書かせてもらいました。ぷかぷかしんぶんにもその要約を書いたところ、障害者雇用に新しい発想を持ち込もうとしていた印刷屋の社長さんの目にとまり、印刷業界の全国紙に紹介してくれました。これがきっかけで、印刷屋の社長さん10数名が全国から集まって、ぷかぷかで研修会をやりました。 www.pukapuka.or.jp  こんなふうにセノーさんは、今までにない新しい価値をいろいろ作ってくれたのです。  こうやって寝ながら(これ、郵便局です)  にしても、おつきあいして10年になる、ということに気がついたセノーさんはえらい!と素直に思いました。
  • 本物の人権研修会
     12月4日(水)の午後、青葉区役所で本物の人権研修会をやります。あえて「本物の」と書くのは、抽象的な話に終わることの多い人権研修会ばかりの現状にあって、現実に起こっている人権問題に関して、ぷかぷかさんとの出会いがどういう意味を持つのか、しっかり考えるからです。  青葉区のすぐとなり、都筑区で障がいのある人たちのグループホーム建設に対し住民の反対運動が起こっています。グループホームはすでに建ち、中に人が住んでいるのに、まわりに反対ののぼりが立っているそうです。毎日そういうのぼりを見ながら生活するのは、とてもいやな気持ちだろうと思います。  今回参加者にこの都筑区の問題を取り上げた新聞のコピーを事前に配り 「もし、あなたの家のすぐそばに、障がいのある人たちのグループホームが建つことになったらどう思いますか?」 という質問をします。その回答はメモして人権研修会の当日に持ってきてもらいます。  さて当日は最初の30分、ぷかぷかさんと一緒に簡単な演劇ワークショップをやります。ゲームをやったり、体でいろんなものを一緒に表現したりします。  ぷかぷかさんといっしょにこういう表現活動をすることで、新しい出会いが生まれます。  演劇ワークショップのあとは、ぷかぷかさん達の活動を紹介する5分程度のプロモーションビデオを見ます。  ふだん障がいのある人たちとおつきあいをしていない人であれば、演劇ワークショップとプロモーションビデを見る体験は、自分の中にある障がいのある人たちへのイメージを大きく揺さぶります。  参加者が50人くらいいるそうなので、10人ずつくらいのグループに分かれ、事前に質問したグループホームに関する質問の答えを振り返る話し合いをします。  ぷかぷかさん達と出会った今、あらためて自分の家のすぐそばに障がいのある人たちのグループホームが建つことになったらどう思うのか。  いろんな意見が出ます。それをみんなで共有します。  30分程度の演劇ワークショップやプロモーションビデオ見たくらいで、人が急に変わったりはしません。それでもぷかぷかさんの柔らかい手を握ったとか、一緒に笑ったとか、いっしょに動物の形を作った、という体験は、その人の中でものすごく大きいと思います。  そういう体験は自分の中でどういう意味を持つんだろう、ということをみんなで共有する人権研修会なのです。これが「本物の人権研修会」という意味です。  時間があれば、相模原障害者殺傷事件の容疑者が言った 「障害者はいない方がいい」 という言葉も、今、どう思うか、聞いてみたいと思っています。
  • 「今のお兄さん、カッコいいと思う人」って子どもたちに聞いてみます。
     近くの小学校から人権講演会を頼まれました。小学1年から6年まで600人くらいを相手にするそうです。  大人なら、なんかテキトーにいろんな話ができるのですが、子ども相手にテキトーにしゃべるわけにも行かないし、おしゃべりだけしても子どもたちはすぐに飽きてしまいます。子どもたちがわくわくするようなことやってみたい、とぷかぷかさんを連れて行くことにしました。  ダンスの得意なボルトさん、ポケモン博士のショーへーさん、計算マシーンのツジさん、太鼓の名人大ちゃん達を連れて行って、それぞれ得意芸を披露してもらいます。  ダンスはもちろん最近有名になった忍者ダンス。忍者まつりの音楽をがんがんかけて踊ってもらいます。  で、子どもたちに 「今のお兄さん、カッコいいと思う人」 「カッコわるいと思う人」 って聞きます。ボルトさんのダンスを見て、カッコわるいという人は多分いません。  では、何がカッコいいのか、いろいろカッコいい理由を聞きます。子どもたちの見つけたカッコよさがたくさん出てきます。  そんなカッコいいボルトさんも、街の中では一応「障害者」です。  子どもたちが「障害者」という言葉にどういうイメージを持っているのかよくわかりません。あるいは身近な「支援級」の子どもたちにのこと、どう思っているのかよくわかりません。  確かなのは、今目の前で踊ってくれたボルトさんは、みんな「カッコいい!」って思ったこと。  大事にしてほしいのは、こんなふうに自分たちが実際に体験したことです。目の前の「障害者」とおつきあいして思ったこと。それこそが本物です。これを大事にしてほしいと思うのです。  障害者のグループホーム建設反対運動があって、その説明会に参加したとき、強硬に反対している人は実際に障がいのある人たちとおつきあいしたわけではありません。テレビなんかを見て、障害者は犯罪を犯す、と思い込んでいるだけです。  子どもたちにはそんな風になってほしくないと思っています。  だからボルトさんのこと、「カッコいい!」って思ったら、その印象こそ大事にしてほしいと思うのです。そこからおつきあいをしてほしいと思うのです。  ショーへーさんにはポケモンの話をしてもらいます。  計算の得意な子ども、先生に前に出てきてもらって、ツジさんと一緒にみんなで計算競争をやってもらいます。  大ちゃんには得意な太鼓をたたいてもらいます。  子どもたちは彼らのこと、どう思うのか、とても楽しみにしています。  何よりも、「ぷかぷかさん達とはつきあった方がトク!」って思ってくれたらいいな。  12月19日(木)10時半から十日市場小学校体育館でやります。興味のある方ぜひ見に来てください。その時は一応学校に電話して見に行っていいかどうか聞いてくださいね。  あちこちの小学校で、こういう試みをやるといいなと思っています。ぷかぷかさんと一緒に出前します。  
  • お互い人としてつきあう、という、あたり前の関係がなかったのではないか
     先日津久井やまゆり園の事件で命を奪われた方のアルバムを見る機会がありました。どのページにもその方の楽しかった日々があふれていて、涙があふれそうになりました。  別にその方とおつきあいがあったわけではありませんが、幸せだった日々は写真を見ればすぐにわかります。その日々を 「障害者は不幸しか生まない」 等と勝手に決めつけ、この世から抹殺してしまったこと。そのことがどうしようもなく悲しかったのです。  19名もの利用者さんが殺されたわけですから、その時の悲しみは、もう表現できないくらいだったと思います。  ところが事件からちょうど1年目に津久井やまゆり園のホームページが再開され、事件に関するメッセージが載っていました。 《 昨年7月26日、津久井やまゆり園で起きました事件から一年になります。今まで多くの皆様にご迷惑やご心配をおかけしてきたところでございます。》  たったこれだけです。  19名もの利用者さんが殺されながら、たったこれだけです。まるで他人事です。  利用者さんへの思いなどといったものはどこにも感じられません。  あらためて思ったのは、こういう感覚で利用者さんとおつきあいしていたのではないか、ということです。  お互い人としてつきあう、という、あたり前の関係がなかったのではないか。そのことに命を奪われた方のアルバム見ながら、あらためて気がつきました。  もちろん、スタッフの中には悲しみに暮れた方もいたと思います。でも、法人として書いた文章からは、そういった利用者さんに対するあたたかな気持ちが全く感じられません。  昨年7月のNHKスペシャルで13時間も拘束された女性の話が紹介されました。そういったことが行われても、何も感じない現場だったのではないか、そんなひどいことが平気でできるのは、目の前の相手を人として見ていなかったからではないか、そんなことを思います。  それが事件の1年後に再開されたホームページのあいさつにはっきり出ています。ここにこそ事件の温床があるように思います。  昨日「津久井やまゆり園の事件を考え続ける会」の集まりがありました。「マスコミは事件の何を報道してきたのか」というのがテーマでした。三人の記者が話したのですが、容疑者と接見した印象、つまり容疑者の特異性の話ばかりでした。最後に質問の時間があったので、現場の問題に関する報道がほとんどないのだが、どうしてなのか聞きました。  答えた記者の一人が、  「津久井やまゆり園だけが、それほどひどい施設だとは思いません」 等と発言し、びっくりしました。新聞記者なのでやまゆり園のホームページもNHKスペシャルも見ていると思います。それでもこういうことを言うのかと頭がくらくらしました。  来年1月8日から裁判が始まります。多分容疑者の特異性に注目が集まると思います。そこに注目が集まれば集まるほど、やまゆり園自体の問題はかすんでしまいます。しかも  「津久井やまゆり園だけが、それほどひどい施設だと思いません」 等と思う記者が取材し、記事を書くのであれば、かすむどころか全くふれないのではないかと心配しています。  怖いのは、利用者さんを13時間も拘束しても、なんとも思わないような事件の温床がそのままになる、ということです。そのことに記者たちはどこまで気がついているのでしょう。
  • 頚のコリがとれた!
    教員をやっている方が『街角のパフォーマンス』を読んで、「頚のコリがとれた」と感想送ってくれました。 《 実は、、、ここのところずーっと体調が良くなくて、、、身体が年々固くなってきてて、腰やら背中やら痛かったのが、最近は頚から後頭部に来て、頭がズーーん、グワングワン、となり、自宅に戻って最小限の家事をしたらもう何の気力もなくなる、みたいな日々が続いてました 実は今日、ちょこちょこ拾い読みしかできてなかった『街角のパフォーマンス』を始めから初めて読み通しました 読み終わった今、朝から今日もずっと痛かった頚のコリが、すっかり柔らかくなっているではないですか 薄々わかってはいたのですが、今、自分自身に不本意な事実が、どんどん身体を不自由にしていっているということを、確信するに至りました この本を読んで、私の身体は嬉しかったんでしょう こんな素晴らしい実践を積み重ねてきている高崎さんと、その仲間の方々は凄いと思うし、そんな高崎さんは幸せだろうな、と思いました。 そしてこの凄い、が、あたりまえになっていけるように、今の自分に具体的に何ができるか、と、模索中ではあったのですが、とりあえず、毎日をもっとゆったり、目の前のことひとつひとつを大切にやっていく、そんなぷかぷかさんたちみたいな生きる姿勢が大事かな、と思いました 》 どんなところがおもしろかったですか? 《 1つひとつのエピソード、登場する皆さんの奇想天外な、深くて温かい表現に、身体が弛んでいったのでしょうか 枠やら型やらを外した世界で生き生きとする皆さんの様子を思い描きながら、私自身が居心地のよさを感じたのでしょうか 読んでて、読み終わって、まず、私自身がもっと自由になりたい正直になりたいもう一回、何をやっても多少無理しても毎日楽しくてたまらなかった、昔(ん~、30年近く前になるけど)の自分を取り戻したいと思いました 》 楽しくてたまらなかった30年前というのは? 《 自分で自宅を解放して子どもたちと、又その家族の方々とも一緒に、一切を子どもたちに任せて過ごして、ハチャメチャな日々を送っていた頃の事です。》  すばらしい日々を作り出していた方なんですね。その後いろいろあって、今は教員をやっているのですが、いろいろ不自由なところがあって、体調がだんだん悪くなっていたようです。それが『街角のパフォーマンス』読んで、ずっと痛かった頚のコリがぽろっととれた、というところがおもしろいですね。  学校の教員やっていて、あちこちコリがたまっている方、ぜひ『街角のパフォーマンス』読んでみてください。  『街角のパフォーマンス』についてはこちら www.pukapuka.or.jp
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