ぷかぷか日記

タカサキ日記

  • 私たちは何かとんでもない岐路に立たされている
     この日記ではあまり政治的なことは書かないようにしているのですが、7月10日(日)参院選挙を結果を考えると、私たちは何かとんでもない岐路に立たされている気がしています。選挙の結果次第では、私たちが今まで経験したことのない社会になって、しかもそれが後戻りできない状態になります。  改憲派が2/3取ると、すぐにでも改憲の方向へ動きます。  その具体的な中身。自民党憲法改正草案は憲法の三原則が変わります。    日本国憲法の三原則は  ①国民主権  ②戦争放棄  ③基本的人権の尊重    自民党憲法改正草案は  ①国民主権の縮小  ②戦争放棄の放棄  ③基本的人権の制限    自民党の中枢にいる人たちは「国民主権」も「戦争放棄」も「基本的人権」もない方がいいとはっきり言う人もいるくらいですから、怖いです。「縮小」とか「制限」どころではないのです。   稲田朋美自民党政調会長が講演会で 「国民の一人ひとり、みなさん方一人ひとりが、自分の国は自分で守る、そして自分の国を護るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」 といいました。国を護るためには、血を流す覚悟をしなければならない、とまで言い切っているのです。なんという感覚か、と思います。でもこれが安倍首相はじめ、自民党中枢の考えです。    そして彼らがいちばん狙っているのは災害を理由にした「緊急事態条項」です。  99条 《緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分をおこない、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる》  これは簡単に言えば「内閣は国会を無視して、自由に法律(と同じ効力を持つ政令)を作ることができます、予算も自由に使えます、知事や市長村長に命令も出せます」ということです。  安倍内閣がそんなことを手に入れたら、日本はどうなると思いますか?考えただけでぞっとします。      99条には更に《緊急事態の宣言が発せられた場合には…国その他公の機関の指示に従わねばならない》  人権は制限されるか、停止されます。  法の下の平等、思想良心の自由、信教の自由、学問の自由、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、教育を受ける権利、特に表現の自由、私たちが自分らしく自由に生きる権利が真っ先に制限されます。  《緊急時の活動を妨げる情報やインターネットの情報は規制する》という制令を出せば、情報はすぐに遮断され、私たちは情報にアクセスできなくなります。世界で何が起こっているのか、全くわからなくなります。      98条 《特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態を宣言することができる》  「必要があると認める」のは、総理大臣です。「緊急事態の宣言をしよう」と閣議で決定されれば、いつ、どんなときでも、緊急事態宣言は出せるというわけです。しかも内閣の判断だけで100日まで続けることができ、国会を味方につければ、いつまでも続けることができます。  改憲派が2/3取ることの意味は、ここに集約されます。緊急事態条項が生み出す窒息するような社会が、もう、後戻りできなくなります。      「自民党案では国家緊急権の中に全権委任条項が入っているので、国家緊急権を憲法に創設して発動すれば、直ちに独裁が確立してしまうのです。これは《独裁条項》というべきものです。つまりナチスの場合の国家緊急権よりも危険な内容です」  「国家緊急権は人権を守るためにあるのではなく、国家を守るために人権を制限し、または犠牲にする制度です」          永井幸寿『憲法に緊急事態情報は必要か』(岩波ブックレット)    本当に頭がくらくらしてきます。くらくらしつつも、ここであきらめるわけにはいきません。      IWJ Independent Web Journal    の岩上さんはこんなふうに書いています。少し前の記事で、ちょっと長いのですが、そのまま転載します。緊急事態条項で安倍政権が何を狙っているかがよくわかります。      参院選までとうとう3週間を切りました。まだまだ、やれることがある。この選挙の真の争点は間違いなく改憲です。そのことを、1人でも多くの有権者に伝えたい。 真の争点を国民が知れば、改憲勢力は大敗するでしょう。だからこそ、安倍総理はここへきて、争点ぼかしに必死になっています。「どの条項を改正するのか、まだ決まっていない」などとトボケているのです。トボけるのは、トボケなくてはいけない理由があるからです。選挙前に真の狙いを説明したら、国民の大多数が反対することでしょう。だからトボけるのです。自公ら改憲勢力の狙いは緊急事態条項です。それをここへきてごまかし続けている。なぜか、中身がわかって同意する人間は普通はいないからです。改憲は、一条ごとに、改憲の発議を衆参両院がそれぞれ行い、国民投票にかけられます。だから、9条がかけられ、自衛隊の存在を認めていない形の2項だけ改められても、現行の憲法のすべてが否定されることはありません。国民主権も基本的人権も権力分立も残ります。平和主義も9条だけでなく、憲法の前文にも明記されており、決して自衛隊が合憲的存在になったからといって平和主義まですべて否定されるわけではありません。自民党の憲法草案はトンデモないシロモノですが、これを全面的に実現しようとしたら、何回も憲法発議を行い、何回も国民投票にかける必要があります。大変手間と時間がかかり、その間に、国民に憲法に関する情報が行き渡って、自民党の改憲草案は酷すぎないか?と理解が進むでしょう。理解されてしまうと、この国を全面的に改造することは難しくなる。だから一挙にやってしまいたい。そこで、彼らが目論んでいるのが緊急事態条項です。僕は緊急事態条項を導入しようとする彼ら改憲勢力を、繰り返し、睡眠薬強姦強盗に例えてきました。緊急事態条項が改憲で導入され、実際に発令されると、現行の憲法秩序はまるごと眠らされ、麻痺して、無効化されます。人権が停止され、圧倒的な力を手にした独裁権力は、政令という名前の実質的な法律を国会にかけることなく好き勝手に乱発し、この国の法体系をまったく別のものに変えていきます。これは、睡眠薬強姦強盗の手口そのものです。よく考えてみてください。「これ、お試しでのんでみて。そのあと、ボクが何を君にするかはまだ決めてない」と変な男に言われて、女性の方は、それが強力な睡眠薬だとわかっていてのみますか? 緊急事態条項は国民全員の人権をスリープさせる睡眠薬です。眠ってしまって、抵抗できない間に、モノを取られたり収用されても(財産権の侵害)、身体を好きなようにされたり(人権の侵害)、命を奪われたり(生存権の侵害)しても、抵抗しようがありません。司法に訴えても、緊急事態条項には国民は公権力に服従する義務があると刻まれているのですから、異議申し立てする側が違憲になってしまいます。司法による救済も期待できず、言論の自由もなくなるので、声をあげることもできません。しかも、この独裁条項には、出口も期限もありません。いつまででも期限の延長ができてしまいます。睡眠薬の追加投与ができて、永遠に目覚めることができなくなるのです。我々国民の人権は終わりなき眠りにつかされ、終わりなき独裁がその上に君臨します。こうなれば、どんな意味のない、無謀な戦争の遂行も可能になります。自衛隊は米軍の指揮下にあり、属国の二軍として動かされますが、そんな馬鹿げた米軍のための戦争に反対しようにも、緊急事態条項によって、終わりのない人権スリープ状態におかれてしまえば、何が起きているのかもろくに知らされないまま、服従を強制され、抵抗できず、隷従するほかなくなります。我々は眠りこけた奴隷と化すのです。だから、そんなクスリ(改憲の条項)は、のませる前には中身を明かさない。睡眠薬強姦強盗の手口ですね、これは。参院選で議席の3分の2を取り、改憲の発議が可能になるまでは絶対に明かさない。これは犯罪者の手口です。ちなみに、憲法9条本丸論も、間違いです。緊急事態条項はお試し、とっかかりで、本丸は9条だと、いう言い方は、悪気はないのかもしれませんが、誤解を招きます。民進党の岡田さんはしきりに本丸は9条だ、という言い方をしますが、多くの人に、決戦は今回の参院選ではなく次回だと勘違いさせてしまう可能性があります。一番大切な本丸は9条で、緊急事態条項は出城だから、この前哨戦は負けても次の戦いに勝てばいいなどと、油断を誘ってしまうのです。9条は心臓だとして、何よりも大切に守りたいと思っていても、睡眠薬をのんで、全身が麻痺したあと、心臓を守れますか? 守れません。財布も守れません。操も守れません。脳も守れません。自分の命も守れません。家族も守れません。ほかの国の人々の命も守れません。緊急事態条項をのんだら、もうその時点で終わりなのです。そして卑劣極まりない政治的睡眠薬強姦強盗は、何をのませるかは、ごまかしながら、3分の2確保にひっそりこっそり邁進しています。何が入っているか、国民に教えないでコップに睡眠薬入りのドリンクを注いでいるわけです。自分は立法府の長である、とか、最高権力者である、などと、国会で叫んでいる安倍晋三氏こそ、この卑劣極まりない睡眠薬強姦強盗の首魁なのです。      まだやれることがある、というところで「不思議なクニの憲法」という映画の自主上映をやります。 fushigina.jp 7月1日(金)午後3時からアート屋わんどです。鑑賞券は1000円です。会場が狭いのでメールで予約してください。 pukapuka@ked.biglobe.ne.jp  
  • セノーさんは、実は仕事人
     朝、セノーさんと郵便局に前日の売り上げを入金しに行きました。セノーさんはぷかぷかのはんこを押すスタンプ台を受付のお姉さんに借ります。  手を振り上げ、目を閉じて「あ〜、あ〜、あ〜…おねーさん、あ〜、あ〜…ちょっと待って…、あ〜、あ〜、スタンプ台貸して下さい」と、用件を伝えるのにものすごく時間がかかります。 でも、この間合いの取り方が実に微妙で、なんともいえないおかしさを生みます。受付のお姉さんは、その微妙な間合いがだんだんわかってきて、笑いながらずっとセノーさんの言葉を待っています。スタンプ台を借りることがわかっていても、セノーさんの言葉をずっと待っているのです。この、文句ひとついわずに、ずっと待っているところがすごくいいなと思うのです。  帰りがけは、今日はお姉さんたち全員に手を振り上げて「あ〜、あ〜、あ〜…おねーさん、あ〜、あ〜…ありがとうございました」といい、お姉さんたちみんなが笑いながら「ありがとうございました」なんていってました。    セノーさんは、どちらかといえばあまり仕事をしません。でも、郵便局のこんなあたたかな雰囲気を自然に作ってくれます。私が一人で郵便局に行っても、こんな雰囲気は絶対にできません。  お姉さんたちをほんのひととき、あたたかな気持ちにさせるなんて、誰にでもできることではありません。これはですから、セノーさんの立派な仕事なのです。あたたかな気持ちの中で、セノーさんがいることの意味、ぷかぷかが街の中にあることの意味をしっかり伝えています。セノーさんはこうやって街を耕しているのです。  郵便局に行くたびに、こんなポーズで「あ〜、あ〜、あ〜…おねーさん、あ〜、あ〜……」といいながら、街を耕し、街を、みんなの心を、豊かにしているのです。セノーさんはだから、ああ見えて、実はすばらしい仕事人なのです。社会を変える仕事人、ソーシャルイノベーターなのです。    いろんなことがみんなと同じようにできなくても、こんなすばらしい仕事をやっているのです。そんなふうにみんなが思えるようになれば、社会はもう少し楽になるように思うのです。  
  • ありのままの彼らが、社会に貢献
     昨日、NHKの「あさいち」で「発達障害児」のことを話題にしていました。2歳、3歳になっても言葉が出ないとか、目が合わないとか、いろいろ悩みを抱えている若いお父さんお母さん向けの内容でした。こういうトレーニングをするといいとか、何かできたときは必ずほめてあげるとか、障がいのある子どもを抱えてどうしていいかいろいろ悩んでいるお父さんお母さんにとっては、支えになる情報だったと思います。  ただ、いろいろできなくても、いっしょにいるといいこともいっぱいありますよ、という、発想の違う支えがあっても良かったかなと思いました。できないことをできるようにするという方向での支えではなく、そのままでもいいんだよ、いっしょにいるといいことはいっぱいあるよ、という支え方。子どもへの目線が多分変わります。できないことはだめだ、という思いから解放され、気持ちがものすごく楽になります。子どもといっしょにいることが、もっと楽しくなります。  ぷかぷかは「彼らとはいっしょに生きていった方がいいよ」というメッセージを日々ホームページ、Facebookページなどで発信しています。 pukapuka-pan.xsrv.jp  ぷかぷかは彼らのできないことをできるようにする、という方向ではなく、そのままの彼らがいい、そのままがいちばん魅力的、と、そのままの魅力で勝負するお店を街の中に作り、結果、地域社会で「ぷかぷかが好き!」とか「ぷかぷかのファンです」という人を増やしてきました。  そのままの彼らが地域を耕し、地域を豊かにしてきたのです。  「はじめは上から目線で彼らのことを見ていましたが、彼らに耕されたおかげで、今は彼らのことを普通に見られる(フェアに見られる)ようになりました」と言うお客さんがいます。お客さんの視線を変えたのは、彼ら自身です。何かができるようになった彼らではなく、そのままの彼らです。  上から目線で見ていた人を、フェアな目線で見られる人に変えるって、すごいことじゃないかって思います。しかもああだこうだと説明したのではなく、彼らのありのままのふるまいが人を変えたってことが。  人が豊かになるって、こんなふうに変わることだと思います。「そのままの彼らが地域を耕し、地域を豊かにしてきた」というのは、そういう人を地域の中で増やしてきたということです。  ありのままの彼らが、社会に貢献しているのです。      
  • この子が大きくなったとき、こんなふうに笑顔で見つめ合える社会を作ってくれるんだろうなと思います。
     先日のパン教室でたまたま撮れた写真ですが、とても気に入っています。幸せな気持ちになります。未来に希望を感じます。ただ子どもが笑っているだけでなく、子どもが見つめている先に障がいのある人がいるからです。相手に向ける優しいまなざしがいいですね。お互いが笑顔で見つめ合える関係が、どうやってできたのかなぁと思います。  障がいのある人たちとそうでない人たちの間にある「垣根」をぷかぷかは街の中に彼らの働くお店を作ることで、少しずつ取っ払ってきました。これはでも、大人たちへの配慮です。  子どもに「垣根」はありません。多分「障がい」と言った言葉も知りません。ですから、相手が優しいお兄さんなら、ただそれだけでつきあってくれます。ダウン症のイクちゃんは子どもが大好きだそうです。優しいお兄さんなんですね。その優しい気持ちがストレートに伝わったのだと思います。  この写真を撮る前、子ども達のやりとりがいいなと思ってバチバチ撮っていました。 最初の頃は、このお兄さん、どういうお兄さんかなって感じで見つめています。 それがイクちゃんのふるまいで一気に変わってきます。  二人の関係の変化が手に取るようにわかります。その変わりようがおもしろくて、半ば感動しながらこのときなんと61枚も写真を撮っていました。  「障がい」とか「垣根」は、私たちまわりの大人が作ったものであって、そういった概念がなければ、こうやってふつうのおつきあいが、ふつうに始まるのだと、あらためて思いました。  「障がいのある人たちに配慮しましょう」などといったことは一切言わず、パンを作ることも遊ぶことも全く自由なぷかぷかパン教室だからこそできた関係ともいえます。  この子が大きくなったとき、こんなふうに笑顔で見つめ合える社会を作ってくれるんだろうなと思います。    
  • わっしょいわっしょい ぶんぶんぶん
    先日のパン教室で、途中で疲れてしまった子ども達のために、ツジさんは1階の図書室まで行って「わっしょいわっしょい ぶんぶんぶん」という絵本を借りてきて、朗読してくれました。絵本の言葉を即興で歌にして歌ったり、大サービスでした。   www.youtube.com   www.youtube.com    本当にすばらしいエンターテイナーです。こんなことは、なかなかできることではありません。ツジさんが作りだしているこの豊かな時間、空間こそが、新しい社会を作っていくのだと思います。彼らが持っているすばらしい力をきちんと認め、それが社会に必要なんだとみんなで思う社会です。    
  • こんな顔して笑い合える関係にこそ未来が
     6月18日(土)パン教室がありました。 今日のメニュー   パン教室54回目とあって、メンバーさんはパンをこねるのもすばらしくうまい。   はじめて来た人も、見よう見まねで覚えていきます。     ツジさんは一人で盛り上がっていました。みんなが一生懸命こねているすぐそばでこんなことができるのも、ぷかぷかパン教室ならでは。   調理もみんなで楽しみました。   ちょっとハラハラすることも   ツジさん、コンノさん、いい感じでお客さんとお話ししていました。     メロンパン成形     ピタパンに具材を詰めます。     ツジさん、ちょっと疲れた子ども達に絵本を読んであげていました。この気合いの入った姿!   www.youtube.com   すばらしくいい関係 こんな顔して笑いあえる関係にこそ未来があります。パン教室が作りだしている未来です。   できあがり!
  • どうして彼らといっしょだとこんなに楽しいんだろうね。
     ぷかぷかでは毎日帰りの会で「いい一日でしたか?」という質問をします。いい一日の積み重ねが、いい人生につながると思っているからです。みんながいい人生を送る、豊かな人生を送る、それこそがぷかぷかの大きな仕事だと思っています。  彼らだけでなく、彼らを取り囲むスタッフ、地域の人たちもみんなでいい人生を共有したいと思っています。演劇ワークショップは、その最たるものです。  いろんな人がいっしょに芝居作りをする楽しさを共有します。ふだんの何倍もの濃厚な時間で満たされている舞台を、いっしょに生きます。 「舞台を、いっしょに生きる」 人生の中で、本当に貴重な体験だと思います。舞台をいっしょに生きた一日は、どんないい一日になったんだろうと思います。    「障がいのある人たちといっしょに生きていった方がいいよ」というメッセージは、こんなふうに「いい一日」「いい人生」を共有しようよ、共有した方が、お互い豊かになれるよ、というメッセージです。  「共有した方が、お互い豊かになれる」ということが、ワークショップをやるととてもよくわかります。   演劇ワークショップの記録映画『ぷかぷか』の中で、参加した地域の方が「どうして彼らといっしょだとこんなに楽しいんだろうね」とつぶやくところがあります。私たちが思ってもみない言葉、発想が彼らからどんどん出てきて、本当に楽しい時間、空間ができます。  彼らとフェアに向き合い、彼らの自由な発想が、私たちの発想とフェアにぶつかり合う、そんな豊かな時間、空間を共有できるのがワークショップです。  その結果として、ワークショップは新しい豊かな文化を生み出していることが評価され、昨年「読売福祉文化賞」を受賞しました。  「障がいのある人たちといっしょに生きていった方がいいよ」というメッセージは、社会を豊かにしている、ということです。      
  • ぷかぷか農園はさびしくなりました。
     ヨッシー画伯は午前中畑に行き、午後、『畑の物語』を書きました。  お話の展開はよくわからないところがあるのですが、土に中に青虫がいて、お腹がぺこぺこで、ぷかぷか農園のラディッシュをかじり、「これは大変だぁ〜」と叫び、そんなある日、青虫がぴょこんと出てきた、という、なんだか楽しいお話です。  このあと、30分ほどたって物語が完成し、絵も描き添えてありました。  茄子の葉っぱの上にニセテントウムシがいて、葉っぱのごちそうを食べていました。もりもり食べているので「食べ放題です」と書くあたりがなんともおかしいです。こうしてラディッシュはこんなになってしまい、と青虫に食べられたラディッシュの絵が丁寧に描いてあります。絵がすばらしくいいです。  その下にはカラフルな青虫。おいしそうにもぐもぐやっています。満足そうな顔がいいですね。平和だな、って思います。足がかわいくて、色合いがよくて、しっぽがおかしいですね。足には表情があります。  その下には食べ放題の葉っぱをもりもり食べているニセテントウムシ。背中の色がきれいです。  葉っぱに穴が開いて、ぷかぷか農園はさびしくなりました。とあります。  ぷかぷか農園はさびしくなりました。という終わり方がすばらしいと思いました。    宮澤賢治の『グスコーブドリの伝記』にこんな場面があります。     ブドリが学校へ行くようになりますと、森はひるの間たいへんさびしくなりました。     ここは森がさびしがっているのだろうと思います。ヨッシーの物語も、ぷかぷか農園がさびしく思っているのだと思います。この発想がすばらしいですね。   虹はさびしさを消すように描きこんだのかも知れません。    『グスコーブドリの伝記』は、このあとこんなふうに続きます。    そのかわりひるすぎには、ブドリはネリといっしょに、森じゅうの木の幹に、赤い粘土や消し炭で、木の名を書いてあるいたり、高く歌ったりしました。    かつて子ども達の遊びはこんなにも豊かだったんだ、と私はこの場面が大好きです。    さて、ヨッシーの描く「ぷかぷか農園」はこのあと、どんなふうになるんでしょうね。明日、ヨッシーに聞いてみます。  ヨッシーは毎日たくさんの絵を描いていますが、絵を描きながら、こんな物語が頭の中を駆けめぐっているのだと思います。
  • たくさんの人とつながっているんだなぁ
     天草の川野さんから送られてきた河内晩柑の箱の中に入っていた「天草みかん山だより」に熊本地震のことが書いてありました。  天草では震度6だったそうです。  ●●  たくさんのみなさまからご心配のお電話やお手紙いただきました。みかんでつながっている、お会いしたことのない方がほとんどです。本当にありがとうございます。  「あ〜、元気な声が聞けてほんとによかった」とみなさんが言ってくださいました。  ふだんはほとんど人と出会うことのない山の暮らしです。「一人じゃないんだなぁ、たくさんの人とつながっているんだなぁ、しっかり生きていこう」と、しみじみと、あらためて思いました。  若葉が陽に輝き、空には鳥、田植えの終わった田に蛙がにぎやかです。  ●●  みかんは、ただ食べるだけではなく、こうやって人と人をつなぎます。パン屋で販売中の「晩柑ブレッド」には、川野さんの思いがいっぱい詰まっています。  「あ、おいしい!」って思われたら、ぜひお手紙書いてあげてください。   〒863-2114 熊本県天草市五和町城河原2-2133 川野美和  
  • 「ゲハハ」「ガハハ」
     スタッフ会議で「発達障害とはどんな障害なのか」をテーマにしたセミナーに参加した方の報告がありました。  発達障害とは脳の先天的な機能的、器質的な原因によって引き起こされた生まれながらの脳の問題であり、精神遅滞、特異的発達障害、広汎性発達障害と分けられ……    久しぶりにこういう話を聞いてちょっと懐かしい気がしました。養護学校ではしょっちゅうこういうセミナーがあって、はじめの頃はよく聞きました。私は養護学校に勤務する前、こういう勉強を全くしていなかったので、それなりに興味を持って聞いたのです。  内容的には、彼らにはこんな問題がある、あんな問題がある、だからこういう指導、訓練が必要、といったことでした。話だけ聞いていると、障がいのある人たちってこんなに大変なんだって思ってしまうような内容でした。大変だから、特別な指導、訓練が必要だというわけです。そして少しでも普通の子どもに近づけるのがいい、というわけです。彼らは劣っていて、私たちは優れている、という暗黙の大前提がそこにはあります。私自身、彼らとおつきあいするまではそう思っていました。  でも、彼らとおつきあいするようになって、「彼らは劣っていて、私たちは優れている」という大前提が、なんだか少しずつ崩れ始めたのです。  確かに養護学校の子ども達は、おしゃべりができなかったり、文字を書いたり読んだりができなかったり、暴れ回ったり、一人でご飯が食べられなかったりで、それなりに大変なことはありました。それでも尚、そういった大変さ、問題を超えるだけの人としての魅力を彼らは持っていました。  そばにいるだけで気持ちがなごみました。毎日毎日本当に楽しいことをやってくれました。    全くおしゃべりのできないサト君は、それでもこちらのいうことやることはしっかり理解していて、何やっても「ゲハハ」「ガハハ」と大笑いで反応してくれ、当時教員としては新米の私をしっかり支えてくれました。教員になったばかりで、下手くそな私の授業も「ゲハハ」「ガハハ」と笑い転げ、いや〜おもしろいおもしろい、と支えてくれたのでした。大きなうんこが出たと私を大声で呼び、サト君の代わりにレバーを押して(サト君はそういうことができませんでした)うんこを流すと、ただそれだけで「ゲハハ」「ガハハ」と豪快に笑っていました。箱根に修学旅行に行ったときは、その大きなうんこが船のトイレに詰まって水が流れなくなり、悪戦苦闘しているうちに船のクルーズは終わってしまいました。でも、サト君は悪びれた様子もなく、悪戦苦闘している私のそばで、ずっと「ゲハハ」「ガハハ」と笑い転げていました。結局私も一緒に笑い転げて、一度も景色を見ないまま箱根の船の旅は終わったのでした。サト君は、発達障害的にいえば重度の障害児であり、何やるにしても手がかかる人でした。それでも抱きしめたいくらい魅力ある人でした。養護学校で働き始めて、最初に担任し、その魅力で私の心をいっぺんにわしづかみにした子どもでした。  「人間ていいな」って月並みな言葉ですが、サト君はその言葉をしみじみと実感させてくれたのです。人が人といっしょに生きていくとき「人間ていいな」って思えることはとても大切なことです。サト君と出会うまで、そんなこと一度も思ったことがなかったので、とても淋しい人生でした。人間にとってとても大切なことを重度の障害児のサト君が教えてくれたのです。「ゲハハ」「ガハハ」って豪快に笑いながら。  「彼らは劣っていて、私たちは優れている」という大前提を最初に崩してくれたのは、サト君たちでした。    同じクラスにけんちゃんという子がいました。けんちゃんは少しおしゃべりができました。クラスのみんなで大きな犬を紙粘土で作ったときのことです。  何日もかかって作り上げ、ようやく完成という頃、けんちゃんにちょっと質問してみました。 「ところでけんちゃん、今、みんなでつくっているこれは、なんだっけ」 「あのね、あのね、あの……あのね」 「うん、さぁよく見て、これはなんだっけ」 と、大きな犬をけんちゃんの前に差し出しました。けんちゃんはそれを見て更に一生懸命考え、 “そうだ、わかった!” と、もう飛び上がらんばかりの顔つきで、 「おさかな!」 と、答えたのでした。  一瞬カクッときましたが、なんともいえないおかしさがワァ〜ンと体中を駆け巡り、思わず 「カンカンカン、あたりぃ!」 って、大きな声で叫んだのでした。  それを聞いて 「やった!」 と言わんばかりのけんちゃんの嬉しそうな顔。こういう人とはいっしょに生きていった方が絶対に楽しい、と理屈抜きに思いました。  もちろんその時、 「けんちゃん。これはおさかなではありません。犬です。いいですか、犬ですよ。よく覚えておいてね」 と、正しい答をけんちゃんに教える方法もあったでしょう。むしろこっちの方が一般的であり、正しいと思います。  でも、けんちゃんのあのときの答は、そういう正しい世界を、もう超えてしまっているように思いました。あの時、あの場をガサッとゆすった「おさかな!」という言葉は、正しい答よりもはるかに光っています。こういう言葉こそ、張り詰めた日々の中でふっと気持ちを緩めてくれる大切な言葉だと思います。  あの時、あんな素敵な言葉に出会えたこと、そしてけんちゃんに出会えたこと、それを幸福に思っています。    こんなすてきな子ども達を養護学校の中に閉じ込めておくのはもったいないと、時々日曜日に原っぱに連れて行って、そこにいた子ども達と一緒に遊びました。小学4年生のみーちゃんがそのときのことを報告してくれました。    私たちが野球をしていると、気がついたときにいたというか、けんいち君がバットを持ってかまえていたのです。  けんいち君は、球をじーっと見ていて、キャッチャーが球をとってからバットをふるのです。  でも、だんだんタイミングが合うようになり、ピッチャーゴロや、しまいにはホームランまでうつのでびっくりしました。  うってもホームから動かないで、バットを持ったまま、まだうとうとしていました。  お兄さんのあきら君や私が手を引いていっしょに一塁まで走っても、三塁に走ったりして、なかなか一塁に走ってくれませんでした。  何度も練習して、一塁まで走るようになりましたが、バットは持ったままでした。 私が追いかけていってバットを返してもらって野球を続けました…。                        後日、1年生のくんくんはけんいち君に手紙を書きました。    けんいちくん おげんきですか ぼくもげんきです。 けんいちくんはずっとまえ あそぼうかいでやきうをやりましたね。またあそぼうね。けんいちくんはホームランうったね。がっこうでもやきうやてんの。                    (「街角のパフォーマンス」より抜粋)    重度障害児といわれ、何にもできないとされる子どもと、真っ正面から向き合い、こんなにも豊かな時間を作り出した子ども達に、私は拍手したいです。  発達障害のセミナーで教わるような知識が全くない子ども達が、自分たちの知恵を総動員して、けんちゃんとすばらしい時間を作り出したこと。けんちゃんがいたことで、子ども達がそういう経験をしたこと。けんちゃんはそういう、すごい働きをしたのです。こんなことはだれにもできることではありません。そこが彼らのすごいところだと私は思うのです。  そのときの経験がきっかけで、その後、養護学校に教員になった人がいます。一人の子どもの人生を決めるほどの出来事を、けんちゃんを始め、たくさんの障がいのある子ども達が作り出したのです。                 
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