ぷかぷか日記

タカサキ日記

  • 本番まであと一週間
       1月21日(土)、今期6回目のワークショップがありました。芝居の元になる台本がだいたいできあがり、それをたたき台にしてみんなで金星音楽団の練習風景とグループごとの場面を作りました。台本通りにやるのではなく、それを元にみんなで創っていくのがワークショップです。最終的にどうなるかは、発表会当日の朝のリハーサルまでよくわからない、というなんともハラハラドキドキする芝居作りです。  段ボールのにぎやかな楽器をわんどで更に追加製作したため、金星音楽団らしい雰囲気が出てきました。 www.youtube.com  この楽長が怒鳴るシーン、いまいちの感じだったので、午後の芝居作りで、「アキちゃんがやってみたら」と突然、演出のせっちゃんがふってきました。あたふたしながらも、久しぶりに大声出していい気持ちでした。芝居をやるって楽しいですね。ちょっとやってみただけだったのですが、せっちゃんが「これおもしろい、これで行こう」と言い出し、私は記録の写真を撮るつもりだったので、困ったことになりました。どなたか写真撮っていただけると助かります。  『 セロ弾きのゴーシュ』にはネコが登場するシーンがあります。でも、どういうわけかネコがトラに変わりました。このへんの自由さがぷかぷからしい作り方です。原作ではシューマンのトロイメライをリクエストするのですが、ゴーシュは何を思ったか「インドの虎刈り」という曲を弾いてネコはくたくたになります。このくたくたになるところから「アルゴリズム体操」を思いつき、ゴーシュぷかぷか版ではゴーシュにその曲をリクエストします。2回繰り返してトラたちはくたくたになります。 www.youtube.com   トラグループ、カッコウグループ、タヌキグループ、ネズミグループに分かれて芝居作り。リハーサル室が手狭でした。  子どもと一緒にパン屋にクリームパンを買いに来るお客さんの関係から、いつの間にか「ぷかぷかさん」たちと一緒に芝居を作る関係になり、今度一緒に舞台に立つことを目指すオーヤさん、今日はグループのみんなをリードするように芝居作りに張り切っていました。こういう変わりようがおもしろいですね。パン屋のお客さんが、パン屋で働いている人たちといっしょに舞台に立ってしまうなんて、ふつうはあり得ないですから。そこがぷかぷかの不思議なところ、おもしろいところです。活動の幅の広さ、創り出しているものの豊かさがよく見えます。  ファッションモデルのお姉さんたちとダンスの練習。  全く頼んでもいないイクちゃんが、お姉さんたちに負けないくらいエネルギッシュなダンスを披露してくれました。ダンスのすばらしいセンスを持っている方です。  セロを弾く音が按摩の代わりになって動物たちの病気を治します。その夜は病気になった子ネズミたちがやってきて、按摩をしてもらおうとチェロの穴に飛び込みます。そのときに歌うのがこの歌。東北地方で行われている剣舞に宮澤賢治が魅せられ、詩を書きました。その詩に林光さんが曲をつけ、『セロ弾きのゴーシュ』のオペラのこのシーンで歌わせました。初めてゴーシュのオペラを見たとき、ゴーシュ役をやった大石さん(歌役者)の朗々とした歌いっぷりに圧倒されたことを覚えています。      夜風とどろきひのきはみだれ      月は射(い)そそぐ銀の矢並(やなみ)      打つも果てるも火花のいのち      太刀の軋り(たちのきしり)の消えぬひま      太刀は稲妻萱穂(たちはいなずまかやほ)のさやぎ      獅子の星座(ししのせいざ)に散る火の雨の      消えてあとない天のがはら      打つも果てるもひとつのいのち  ファッションモデルのお姉さんたちと一緒にパレードしたあと、舞台で一緒に踊りたいと考えていました。そのときに頭に浮かんだのがこの歌です。  www.youtube.com  イクちゃんの自由奔放なダンスに比べると、まだまだ平板な感じがするので、もっとダイナミックな振り付けを考えたいと思います。  誰かが寝っ転がってるのかと思ったら、デフパペの持ってきた賢治の人形の足でした。このリアルさは、ちょっと怖いものがありました。  フィナーレで歌う「てぃーちでぃーる」スペシャル版です。 www.youtube.com  さぁ、いよいよ1月29日(日)発表会です。どんなゴーシュになるか、楽しみにしていてください。 『セロ弾きのゴーシュ』の舞台は以下の人たちによって作られます。1月27日(金)の朝から製作に取りかかります。この日の夜にピアノの調律をします。背景画は27日の朝に搬入します。 舞台監督                            成沢富雄              舞監助手              シアターサポ       北原修     ピアノ調律  渡辺幹雄               大道具27日のみ              シアターサポ       渡辺敬吉                             音響       シアターサポ       石田昌弘             音響ステージ助手              シアターサポ       大島伎右助                          照明       SHOW-YA projecT 都野 直人(ツノ ナオト)             照明       SHOW-YA projecT 酒井 松八(サカイ ショウヤ)   みどりアートパークホール                                                                       館長       藤井ゆずる                                        担当者    遠藤美香                          舞台       上條拓也                                           照明       光野直美                                           音響       山田  なんとも豪華な舞台です。ぜひ見に来てください。
  • 日本フィルの事務局がダイちゃんの参加を承認
     2月26日(日)「日本フィル オーケストラ探検 みる・きく・さわるオーケストラ! in 杉並」というイベントがあります。その中の「ソロ・リレーコンサート」で時々ぷかぷかに来ているチェロ奏者の江原さんがダイちゃんとのコラボを提案し、日本フィルの事務局に承認された、と昨日江原さんから聞きました。190人くらいの入るホールの舞台でソロ・リレーコンサートをしながら様々な楽器を紹介するイベントで、チェロの紹介をするときにダイちゃんとコラボ演奏をするそうです。時間は10分くらいです。午前と午後の2回です。 www.japanphil.or.jp  プロの演奏者たちのソロ・リレーコンサートです。その舞台にダイちゃんと一緒に立つというのです。そんな提案をした江原さんもすごいと思いましたが、それを承認した日本フィルの事務局もすごいなと思いました。  集まった子ども達はダイちゃんと江原さんのコラボをどんなふうに見るんだろうと思いました。社会はこうやって少しずつ変わっていくのだろうと思います。 イベントのチラシはこちら http://pukapuka-pan.xsrv.jp/index.php?日本フィルイベント      話が変わりますが、今日、津久井やまゆり園の保護者の方の話を聞く集まりがありました。犠牲者の方がすべて匿名にされたことについて会場から質問が出ました。その答えとしてこんな例を話されました。  「親戚で飲食店をやられている方がいて、もし名前が出たら商売が大打撃を受けます。」だから匿名は仕方がないんだ、と。  そういう社会はおかしい、という言葉が保護者の口から聞かれなかったのはとても残念な気がしました。そういう社会のおかげで、亡くなって尚も匿名でなければならないことの悲しさ、残酷さ。亡くなって尚も続く差別。○○さんはこんなすてきな人生を送ったんだよ、っていうことが亡くなってからもずっといえない社会はどう考えてもおかしいです。    日本フィルの人たちの未来志向の動きとなんという落差かと思いました。    
  • オーヤさんの中で時間をかけて発酵していたものはなんだったんだろう
      いつも子どもと一緒にクリームパンを買いに来ていたオーヤさんが1月29日の「表現の市場」の舞台に「ぷかぷかさん」たちと一緒に立ちます。舞台に立つということだけでも大変なことです。それを障がいのある人たちと一緒にやろうとしているのです。  今まで障がいのある人とおつきあいもなかった、大勢の前で話すのが苦手なオーヤさんが、どうして大きなホールの舞台に「ぷかぷかさん」たちと一緒に立つことになったのか、そのあたりの話を聞きました。  オーヤさんがぷかぷかに来るようになったのは5年ほど前。下のお子さんが生まれた頃だったそうです。天然酵母のパンは高いので、はじめは前日に売れ残った半額のパンを買っていたそうですが、おいしいので、だんだんいろんなパンを買うようになり、中でもクリームパンがいちばん気に入ったそうです。  何回か来ているうちに顔見知りになり、パン教室や、運動会に参加するようになりました。単なるお客さんから、もう少し関わりが濃くなります。特に2015年にアート屋わんどが開店したときは、開店前の看板作りワークショップに参加。大きな絵をみんなで描いたり、染め物をするようなワークショップに毎回のように参加しました。  このあたりからどんどん変わっていったようです。それがいちばん現れたのがぷかぷかのプロモーションビデオの取材に応じたときでした。 www.youtube.com  今日の話でいちばん印象に残ったのは、3回目になる運動会に参加した際、「ぷかぷかさん」たちがほんとうに楽しそうに笑っているのに、自分はあんなふうに笑ってないことに気がついた、という話でした。  いつも笑っていたはずなのに、彼らのように気持ちよく笑っていないことに気がついたというのです。この時の気持ちを表現するのに、「なんていうんだろう」「どう表現すればいいんだろう」と、ものすごく丁寧に言葉を探しているようでした。オーヤさんにとって、それくらい大変な気づきだったのだと思います。  笑うというのは、誰でもできることで、それに違いはないと思っていたのに、ぷかぷかさんたちの笑いを前に、どうもそうじゃないことに気づいた。笑う、ということにおいて、自分は彼らほど笑っていない、彼らほど気持ちよく笑っていない。笑うという人間の基本的なところで、彼らよりも不自由だった、と 。  そんなことに気がつくなんて、オーヤさんは感じとっている世界の深い人だなと思いました。ぷかぷかさんとおつきあいして、そんなことに気づく人はあまりいません。癒やされた、という人は多いのですが。しかもいきなりそれに気づいたのではなく、この4年ほどぷかぷかさんと様々なおつきあいをしてきて、少しずつ少しずつオーヤさんの中で変わるものがあって、それが今回「彼らはなんて気持ちよく笑うんだろう、自分はあんなふうには笑えていない」という気づきにつながったのだと思います。オーヤさんの中で時間をかけて発酵していたものはなんだったんだろうと思います。  そして、その発酵の先にぷかぷかさんたちと一緒に立つ舞台があるのだと思います。    人間のすごく大事なところで、私たちは彼らほど自由ではありません。彼らとのおつきあいの中で、自分の不自由さに気がつくとき、彼らとの関係だけでなく、社会のありかたそのものへの問い直しが始まるのだと思います。  ぷかぷかさんたちは社会に合わせないとやっていけないと多くの人はいいます。不自由な側が、ぷかぷかさんたちに、不自由な社会に合わせなさい、というのは、彼らから気持ちのいい笑いを取り上げてしまうようなものです。お互いが不自由になっていくだけのような気がします。          
  • ここから新しい何かが起こるような、そんな予感が…
     金子さんがきて、2月のカフェの壁に飾る絵を描きました。あんちゃんがいる風景がなんともいいです。ぷかぷかさんたちの中に、当たり前のように小さな子どもがいる風景。    そうしてできあがった絵がこれ。線がなんともダイナミックです。ここから新しいエネルギーが湧きおこるような、新しい何かが起こるような、そんな予感を感じさせます。  まだつぼみですが、3月には花が咲きます。楽しみにしていてください。
  • しんぶんの言葉が届いた
     昨日の神奈川新聞の記事です。「津久井やまゆり園」立て替え問題の公聴会で、障害者団体から批判が出たことに対し、県知事が「心外」であるなどと発言したことに対する波紋の記事です。 www.kanaloco.jp  批判に謙虚に応えるのではなく、「心外」などといって聞く耳を持たない姿勢こそが、相模原障害者殺傷事件を起こすような社会を、そのまま温存してしまうような気がしています。  「重度障害者の意向確認はできないとはなから思い込んでいる。」という批判がありましたが、その通りだと思います。ちょこっと視察したくらいで、彼らの気持ちはわかりません。重い障がいのある人たちに本気で寄り添っていこうという気持ちがなければ、彼らの気持ちは見えません。当事者を置き去りにしたまま、建物だけが新しくなって、事件は解決したとでもいうのでしょうか?それが事件に「屈しない」ことなのでしょうか?    ぷかぷかしんぶん1月号で、相模原事件について書いた記事を読んで号泣したというお客さんが来ました。人を泣かせるほどのことを書いたつもりはないのですが、相模原事件への思いが、その人の心に響いたのだと思います。   《 今年七月に相模原で障がいのある人十九人が殺されるという悲惨な事件がありました。容疑者は「障害者はいない方がいい」などといいました。   表現の市場は、「それはちがう、障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいい」というメッセージを舞台で表現します。単なる言葉の反論ではありません。障がいのある人たちと一緒に作った舞台そのものが、目に見えるメッセージになります。一緒に生きていった方がいい、と思える事実を作ります。  舞台の豊かさは、障がいのある人たちといっしょに生きていくことの豊かさです。障がいのある人たちを排除する文化に対する、新しい文化といっていいと思います。障がいのある人は効率が悪い、役に立たない、社会の負担、といった文化に対して異議申し立てをする文化です。  事件の容疑者を生み出すような社会は病んでいます。新しい文化は、その病んだ社会を救います。 》    号泣したというお客さんは障がいのある弟がいるそうです。そういう立場で事件を受け止め、とても辛い思いをしたとおっしゃっていました。そこへしんぶんの言葉が届いた、ということです。    県知事は「心外」などと言って耳を閉ざすのではなく、「心外」な批判を口にした人たちに届く言葉こそ真剣に探すべきだと思います。そうすることが、知事の心を磨き、事件を超える社会を作っていくことにつながるように思うのです。  
  • 「表現の市場」でレクイエム
     1月29日(日)の表現の市場で、日本フィルハーモニーのチェロ奏者江原さんとぷかぷかのダイちゃんがコラボをします。今日は江原さんがぷかぷかに来て、ダイちゃんと練習をしました。  昨年10月のぷかぷかマルシェ以来のコラボでしたが、ダイちゃんは体でしっかり覚えていて、最初からぶれることなく太鼓をたたいていました。  「上を向いて歩こう」 www.youtube.com   「レクイエム」何度聞いても心にしみる曲です。「表現の市場」ではたくさんの人たちにこの曲を聴いて欲しいと思っています。そして相模原事件で犠牲になった人たちに思いを馳せて欲しいと思っています。目を閉じて聞いて下さい。 www.youtube.com
  • ジャムおじさん
     福祉事業所でパンを作っているおじさんがパンの研修にきました。57才のとても気さくなおじさんです。話しぶりからして、利用者さんと一緒にパンを作ることが楽しくて楽しくてしょうがない、といった雰囲気でした。利用者さんを指導するとか支援する、といったことが大嫌いで、そうなったら、仕事に行くことがつまらなくなるじゃないですか、とおっしゃっていました。理屈ではなく、感覚的にそういうものはいや、という感じです。利用者さんと楽しく働く関係を壊したくない、という気持ちが強いのだと思います。「支援員」と書いた名札が嫌でねぇ、なんてお話しもされていました。  利用者さんと毎日楽しくやっていると、若い常勤職員から、「そんなに甘やかさないで下さい」とか「きちんと指導して下さい」といわれたこともあり、ゲンナリしたそうです。でも、ま、そういうことをきちんとやっていれば、福祉事業所の中で出世?して、私くらいの年であれば施設長くらいはやっているのですが、利用者さんに対して指導とか支援といった関わりはなんかつまらない気がして、結局は職場を転々とすることになった、とおっしゃっていました。ずっとパートの立場で贅沢はできませんが、毎日利用者さんと楽しく仕事をする、というのがいちばん幸せなことです、とおじさんは目を細めて語っていました。  こういうおじさんのおかげで、福祉事業所の現場が楽しくなっているのだろうと思います。おじさんをぷかぷかにつれてきた保護者の話だと、利用者さんの間では「ジャムおじさん」と慕われ、超人気者だそうです。職場の風景が目に浮かぶようです。  おじさんも利用者さんと一緒に働くのが大好きで、利用者さんも「ジャムおじさん」と働くのが楽しみで、これこそが「障がいのある人たちと一緒に生きること」なのだと思います。  お互い一緒に働くことが楽しいと思える職場こそがいちばんです。指導だの、支援が大事、とスタッフが考えている限り、職場はお互いつまらないものになります。  指導とか支援しか考えられないのは、利用者さんたちと「人として出会っていない」のだと思います。人として出会っていれば、ジャムおじさんのように、彼らと一緒に働くこと自体が楽しくなります。それがないから「指導」とか「支援」という関係に、自分がそこにいる理由を求めるのだと思います。そのことが「一緒に働く職場」をつまらないものにしていることにいい加減気づくべきだと思います。  ぷかぷかでは毎日帰りの会で「いい一日でしたか?」という質問をします。毎日はかけがえのない一日です。それをいい一日とするか、つまらない一日とするのか、とても大事なことだと思います。指導とか支援は、利用者さんのかけがえのない一日をだめにしてしまっているんじゃないか、そんなふうに思います。  以前にも書きましたが、養護学校の教員をやっているとき、毎日のようにフリチンで芝生の上で大の字に寝っ転がって、ニカニカしながらおひさまを仰いでいる子どもがいました。私はそばで「パンツはきなさい」と陰気な顔をして言い続けていました。でも、こういうことを毎日続けていると、ひょっとして彼の方がいい時間を過ごしているんじゃないか、とだんだん思い始めました。ニカニカしながらおひさまを仰いで気持ちよさそうにしている子どもと、陰気な顔をしてグチグチ言っている私とどっちがいい時間を過ごしているか、ということです。そのことに気がついてから、もうグチグチつまらないことをいうのはやめて、その子と一緒に大の字になって寝っ転がってひなたぼっこをすることにしました。  いい時間を過ごすこと、いい一日を過ごすこと、そしてそれを何よりも大事にすることは、そのフリチン少年に教わった気がします。人生のとても大事なことを教わったと今でも思っています。それが帰りの会の「いい一日でしたか?」につながっています。はじめの頃は手を上げる人はほとんどいませんでしたが、だんだん質問の意味をわかってもらえて、今では何人もの人が手を上げて、私のいい一日を発表してくれます。  ジャムおじさんは毎日そんないい一日を利用者さんと作っているんだろうなと思います。  
  • お互い助け合って生きていけばいい
      ゆうたくんという重度の知的障がいの子どもがいます。そのお母さんのFacebookでゆうたくんがタブレットを使ってゲームを楽しんでいる動画が紹介されていました。私はタブレットが使えないので、なんてすごい子どもなんだと、ただただ感心しました。重度の知的障がいといわれている子どもが、どうしてこんなことができるのか、全く理解できません。  nahaちゃんも同じく重度の知的障がいの子どもです。hanaちゃんは一人でご飯が食べられません。いつもお母さんが口に運んでいます。口にいくらでも入れてしまうからです。なのにスマホでゲームを楽しんでいます。私はスマホも苦手で、電話が鳴っても、いまだにスムーズに出られません。文字を打つのにものすごく時間がかかるので、メールはしません。いつも使うのは目覚まし時計とマンションの10階まで階段を上るときのストップウオッチです。要するにほとんど使っていないというか、使えない、と言った方がいいくらいです。そのスマホでhanaちゃんがゲームをやるのです。指の動きを見ると、実になめらかで、どうしてこんなに使いこなせるのか、私には全く理解できないのです。  一人でご飯を食べられない人が、どうしてスマホを使いこなせることができるのでしょう。スマホが使えるなら、ご飯くらいは一人で食べられそうなものなのに、それができないところが人間のおもしろいところかも知れません。  ゆうたくんのお母さんは「ゆくゆくは会話のアプリ使ってコミュニケーション深められたらいいなと思ってます」とFacebookに書いていました。なんかもう、ついて行けない感じがしました。    機会があればゆうたくんにはタブレットの使い方を、hanaちゃんにはスマホの使い方を教わろうと思っています。いつも「何かやってあげる」ではなく、そうやってお互い助け合って生きていけばいいじゃないかと思うのです。相模原事件を超える社会は、むつかしい話ではなく、案外こういったところに手がかりがあるんじゃないか、と思ったりするのです。    愛しのhanaちゃん。どこでも寝られる特技があります。    
  • 「ともに生きる社会かながわ憲章」はどこへ行ってしまったのでしょう。
     やまゆり園の立て替えをめぐっての公聴会で、たくさんの批判が出ました。批判が出たにもかかわらず、県の方針は変えるつもりはないようです。公聴会も一回で終わりで、やる気のなさが露骨です。  www.kanaloco.jp  県知事も意義に耳を傾ける気はないようです。 www.kanaloco.jp    事件のあと、県が掲げた「ともに生きる社会かながわ憲章」はどこへ行ってしまったのでしょう。   ともに生きる社会かながわ憲章~この悲しみを力に、ともに生きる社会を実現します~  平成28年7月26日、障害者支援施設である県立「津久井やまゆり園」において19人が死亡し、27人が負傷するという、大変痛ましい事件が発生しました。 この事件は、障がい者に対する偏見や差別的思考から引き起こされたと伝えられ、障がい者やそのご家族のみならず、多くの方々に、言いようもない衝撃と不安を与えました。 私たちは、これまでも「ともに生きる社会かながわ」の実現をめざしてきました。 そうした中でこのような事件が発生したことは、大きな悲しみであり、強い怒りを感じています。 このような事件が二度と繰り返されないよう、私たちはこの悲しみを力に、断固とした決意をもって、ともに生きる社会の実現をめざし、ここに「ともに生きる社会かながわ憲章」を定めます。  一 私たちは、あたたかい心をもって、すべての人のいのちを大切にします  一 私たちは、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会を実現します  一 私たちは、障がい者の社会への参加を妨げるあらゆる壁、いかなる偏見や差別も排除します  一 私たちは、この憲章の実現に向けて、県民総ぐるみで取り組みます     平成28年10月14日                                                                  神 奈 川 県    
  • お金ではかれない価値
      ホームページの改善提案をしてくれたママボノの打ち上げがカフェでありました。ママボノの活動は、先日NHKのニュース番組でも紹介されていましたが、育休中のママたちの職場復帰トレーニングとして位置づけられています。参加するママさんたちの表情に仕事への緊張感がみなぎっていて、すごいなと思いました。ぷかぷかのホームページ改善提案をしてくれたママさんたちも、職場復帰トレーニングといったものを超えた仕事ぶりでした。  その成果の象徴がこのトップページのデザインです。   もう少し鮮明な画像は下のサイトの中のダウンロードボタンをクリックすると出てきます。 pukapuka-pan.xsrv.jp    ぷかぷかのホームページには、中小企業以上の情報量が蓄積されているとママボノの方はおっしゃっていましたが、それに全部目を通して改善提案を出してくれました。その努力に頭が下がりました。もちろんこれはすべてボランティアです。ボランティアだからこそ、こんなにすばらしい仕事ができたのだと思います。昨年pvプロボノにつくっていただいたプロモーションビデオも、ボランティアでした。  会社に頼んでも、それなりの改善提案は出てきたと思うのですが、ママボノの改善提案には取り組んでくれたママさんたちの気持ちがこもっていました。日本財団の会議室で成果物の説明を受けながら、そんなママさんたちの気持ちをびりびり感じ、ちょっとうるっときてしまいました。  人はお金をもらわないときこそ、本物のいい仕事ができるのかも知れませんね。  pvプロボノはプロの映像クリエイターたちがやっているスキルボランティアなのですが、自分のスキルを生かして、とにかくいい仕事をしたい、という気持ちが、打ち合わせをやっていてもよく伝わってきます。撮影も自分の有給休暇を使ってきてくれます。  生産性という視点で量ることのできない新しい価値を作り出そうとしているだと思います。お金ではかれない価値です。お金にかかわらないからこそ生み出せる価値。それは今ぷかぷかが作り出そうとしている価値と重なるところがあります。  障がいのある人たちは、生産性という視点で見ると、かなり厳しい面があります。でも、それでいながら「ぷかぷかさん」たちはしっかり稼いでいます。接客マニュアルは、生産性の視点から作られています。その接客マニュアルで接客する「ぷかぷかさん」の姿が気色悪かったので、それはもうやめて、「ぷかぷかさん」たちのそのままで勝負しました。結果的にはそれがお客さんに受け、収益を生むようになりました。  お客さんが受け止めたのは、お金でははかれない価値だったのではないかと思うのです。ママボノの成果物の説明の時に私がちょっとうるっとしながら感じた成果物にこめられたママさんたちの思いのようなものを、お客さんたちは感じたのではないかと思うのです。お金を出して手に入れるサービスを超える価値です。  そしてそういう価値こそが、お金によって失われつつある、人が生きていく上で大切なものを、回り道しながらも取り戻すのではないかと思うのです。   ママボノも、pvプロボノも、そしてぷかぷかも、今の社会を救うような新しい価値を生み出しているのではないかと思います。    打ち上げが終わって画伯に似顔絵を描いてもらいました。
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