ぷかぷか日記

タカサキ日記

  • 私の人生の宝物
     またまた花岡さんのブログです。 ameblo.jp 《 こんな風に重度の障害がある子を育てていることを心から楽しめるように   なったのが、私の人生の宝物です。 》    私の人生の宝物…いい言葉ですね。障がいのある人たちは、こうやって、おつきあい一つで、人を幸せにするのだと思います。  ぷかぷかがファンを作っているのも、人を、ほんの少し幸せにしているのだと思います。そういえば年末にFacebookにアップされた記事に中にこんなのがありました。    ぷかぷかのパン、お惣菜を食べると 「幸せを食べているようなんです」と言われました。 ぷかぷかさんたちと会うと 「自然と笑顔になるんです」と言われました。    私自身、養護学校で彼らと出会ってからの人生は、本当に宝物だなと思っています。その宝物が《ぷかぷか》という形になっているのだと思います。      相模原障害者殺傷事件の犯人は「障害者が不幸しか生まない」といっていましたが、それは障害者に責任があるのではなく、犯人が障がいのある人とそういう関係しか作ってこなかったのだろうと思います。そしてそれは犯人だけの問題ではなく、彼が働いていた施設での障がいのある人との関係がそういうものであった、ということだと思います。そのことについて、施設側の検証はいまだに見えないままです。      障がいのある人とのおつきあいを「私の人生の宝物」という人と、「不幸しか生まない」という人。  結局はどういう人生を選ぶか、ということになるのですが、社会に対する責任、というものまで視野に入れたときは、やはり「私の人生の宝物」といえるようなおつきあいを作っていきたいと思うのです。それが「ぷかぷか」の目指すところです。  
  • そこがすごいですね
     齋藤一男さんという映画監督が、先日の青葉公会堂でのぷかぷかの映画の上映と私の話を聞いてぷかぷかへ来ました。前回は映画を見て、 「これ、いいところばかり集めて編集したんじゃないですか?」 という質問をし、 「いや、ぷかぷかのそのまんまです」 と私は答えたのですが、それを確かめに上映会終わった直後にぷかぷかにやってきました。  ぷかぷかさんのお昼ごはんでごはんを食べながら、 「本当にそのまんまですね」 と笑っていました。  で、今日あらためてやってきました。自分で作った映画を全国で上映するので、協力団体になって欲しいことと、各会場でぷかぷかの宣伝をしていいかという話でした。両方ともすぐにOK。  この映画を全国上映します。   ちょうど帰りの会の時間だったので、お誘いしました。  いつものように、いつはじまって、いつ終わったのかわからないような、なんとも締まりのない帰りの会。私はこの締まりのないところがなんとも心地よくて、時々居眠りしてしまいます。  でも、齋藤さんは絶賛していました。 「普通なら支援員がすぐに、静かにしなさい、とか、じっとしてなさい、とかいうのですが、誰もそんなこといわないですよね。みんな勝手におしゃべりしたり、ウロウロしたり。そこがすごいですね。だからみんないい顔していますね」  いい感性を持った監督です。映画、ぜひお出かけ下さい。ぷかぷかのわんどに前売り券あります。    
  • すばらしくいい話
     すばらしくいい話を見つけました。花岡さんてhanaちゃんと暮らしながら、こんな世界を楽しんでいるんだろうなと思いました。ファンがつくはずですね。 ameblo.jp  「共に生きよう」だの、「共生社会を目指そう」だのよりはるかに豊かな世界がここにはあります。    このすばらしくいい話が出てくるきっかけがこの写真 www.facebook.com  一枚の写真からはじまる物語でした。
  • 豊かな日々を作り出すための個別支援計画
     港北上映会のトークセッションで私の隣に座っていた志村さんから  「個別支援計画を書くのにいつも疲れているのですが、ぷかぷかはどうやっていますか?」 という質問が出ました。    個別支援計画は半年ごとに支援計画を書きます。こんな計画を書いたところで、とても本人を描ききれないのですが、それでも福祉サービスの報酬をもらう根拠ですから、最低限は書く必要があります。こんなことにエネルギーを使うより、もっとクリエイティブなことにエネルギーを使った方がいいと私は思っていたのですが、スタッフの多くは、まじめにこの個別支援計画を書き、そのために膨大なエネルギーを使っていました。なんとももったいないエネルギーです。  そこで考えたのが、個別支援計画の目指す目的そのものをぷかぷかの理念(「いっしょに人生を楽しむ」「いっしょに生きる」)に合わせることにしたのです。具体的には以下の言葉を書いています。   《 ぷかぷかは、みんなで仕事を楽しむことを大切にしています。   私たちは一緒に過ごすことでそのお手伝いをします。 》    この言葉を書くことで、個別支援計画のイメージがガラッと変わりました。ほんの2年ほど前のことです。さらにぷかぷか総合評価として以下をあげています。   『仕事を通していい1日を作る』   1、もっと楽しもう   2、楽しんでいる   3、とても楽しめている    つまらない基準で人を評価するための個別支援計画ではなく、豊かな日々を作り出すための個別支援計画です。
  • あ〜ぷかぷかのスタッフでいることって幸せなんだなぁ〜
    昨日港北公会堂で映画を見たスタッフの感想です。  ●●● 昨日、改めてぷかぷかの映画を観て、 ぷかぷかの魅力は何なんだろうか…と考えました。 どうしてファンが出来るのだろうか…と。   スタッフの私からすると、 メンバーさんが、好きで好きでたまらないから。 どうして好きで好きでたまらないのか。 メンバーさんが、私を笑顔にしてくれるから。 どうして笑顔にしてくれるのか。 メンバーさんが、いつも真っ直ぐだから。 自分自身を飾らず、素直に、笑顔でいられるんですよね。   真っ直ぐって、いいですよね。 あーしないと、こーしないと!なんてぷかぷかさんには通用しない。 いい事を言おうとか、かっこ良く振る舞おうなんて必要なくて、自分をそのまま出すことが出来て。 そのままの自分をメンバーさんたちはしっかりと受け止めてくれている気がして。 癒されている、耕されている、正にそうなのでしょう。   ぷかぷかでは、こんなに仕事中に笑っていていいのかな?なんて思うこともしばしばあって。   あ〜ぷかぷかのスタッフでいることって幸せなんだなぁ〜 そう思った私でした! ●●●  養護学校の教員の頃、障がいのある子ども達のそばにいて幸せを感じ、彼らとずっといっしょに生きて行きたいと思って始めた「ぷかぷか」ですが、そんな思いがしっかりスタッフに伝わっていましたね。とてもうれしいです。  これもぷかぷかさんたちのおかげです。ぷかぷかさんたちにあらためて感謝!です。
  • いっしょに笑ってくれる人がたくさん現れた
      昨日の上映会にゲストとして参加した花岡さんのブログです。 ameblo.jp    高崎さんより、昔はかなりの療育ママだった花岡さんが、どういうきっかけでこんなに変わったんですか??って聞かれまして、   (どんなことを聞かれるのか事前に聞いていなかったので、答えに詰まって)   うーん。 あきらめた、、、からかな、、、      この正直さがファンを生んだのだと思います。何よりもあきらめたことで、そのままのhanaちゃんがかわいくなった。その思いが花岡さんのブログやFacebookからはまっすぐに伝わってきます。  冷蔵庫にあったりんごをhanaちゃんがみんなかじってしまい、そのかじりかけのりんごをhanaちゃんはまた冷蔵庫にしまいます。それを見つけた弟くんが大泣きします。花岡さんは弟をなだめながら、かじりかけのりんごに笑ってしまったそうです。もう笑うしかないかじりかけのりんごをFacebookにアップしたら、いっしょに笑ってくれる人がたくさん現れた。それがファンの始まりだったそうです。    障がいのある人たちを理解する人たちが増えるよりも、障がいのある人たちのファンが増える方が、社会を変えるチカラになると思います。  
  • 子ども達に見てもらって、「アーダコーダの子ども哲学」をやりたいと思っています。
      子ども向けプロモーションビデオができあがりました。制作はpvプロノボの人たちです。  子ども達に見てもらって、「アーダコーダの子ども哲学」をやりたいと思っています。 www.youtube.com  前半のワークショップで扱っているテーマは子ども達にはちょっとむつかしいかなと思ったりもしますが、子ども達は私たちが思っている以上に「生きる」ということに敏感です。きっと子どもなりに一生懸命受け止めてくれる気がしています。  この前半部分があって、後半を見ると、受け止めるものの幅がグンと広がる気がしています。  あちこちの小学校で上映し、「アーダコーダの子ども哲学」をやってみたいと思っています。今までにない人権教室ができると思っています。子ども達自身が「障がいのある人」について考える、とてもいい機会になります。  先日近所の小学校で2回ほどやりましたが、いい感じで子ども達は受け止めてくれました。何よりも「しょうがいって なんだろう」という問いを、私が一方的に教えたりするのではなく、子ども自身が一生懸命考えたことがよかったと思っています。  2年生の子どもから「障がいがあるからって、悪い人ではない」という意見が出たのはすごくよかったと思います。グループホーム反対運動中では障害者が来ると犯罪が起こると不安に思っている方が多い中で、この子どもの意見は光っています。こんな子ども達にこそ未来を託したいと思っています。  子ども達にビデオを見せたいと思っている方、おつきあいのある小学校を紹介して下さる方、ぜひ連絡下さい。045−453−8511ぷかぷか事務所高崎 メールはpukapuka@ked.biglobe.ne.jp高崎宛    
  • 彼らはこの社会に必要な存在
     昨日の上映会のあとのトークセッション、1時間しかない、と聞いていたので、1時間ではぷかぷかのこと語りきれないなぁ、と思っていたら、やっぱりその通りで、中途半端で終わってしまいました。講演会、トークセッションはいつもそういう感じで終わってしまうので、やっぱり伝えたいことは本にまとめておこうと思いました。  本の原稿はあるのですが、出版社との話し合いがうまくいかず、250枚ほどの原稿が宙に浮いた状態です。ただ、原稿を書いたのがもう2年以上も前なので、その後のぷかぷかの活動を語るには、少し物足りない感じです。特に相模原障害者殺傷事件という大変な事件が起こり、それにどう向き合うかは、今最優先の課題といっていいと思います。あの事件は、障がいのある人たちを社会がどう見ているかが如実に表れたように思っています。事件は極端な形で起こりましたが、何が問題だったのかを丁寧に追いかけていくと、社会全体の問題が見えてきます。その社会の問題に福祉事業所はどう向き合うのか、ということです。そのことを事件前に書いた原稿では全く語っていません。  語りたいことはたくさんあるのですが、それをどうわかりやすく系統立てるか。そういう意味では、相模原障害者殺傷事件で見えてきた問題を軸にぷかぷかが伝えたいことをまとめていくのも一つの方法かなと思います。  相模原障害者殺傷事件の犯人は「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」「生きている価値がない」などといいました。これは犯人に限らず、障がいのある人たちとおつきあいしたことのない人は、多かれ少なかれみんな思っていることだと思います。  最近は減りましたが、朝、混雑している十日市場のバス停あたりから苦情の電話が「ぷかぷか」によく入りました。「また横入りした」「うるさい」「バスの中で迷惑している」等々です。みんな「障害者はいない方がいい」と思っている感じです。  でも、みんながそう思って、障がいのある人たちを社会から排除したらどうなるのでしょう。そこを想像してみて下さい。  いつも言うことですが、いろんな人がいること、それが社会の豊かさだと思っています。その豊かさをぷかぷかは目に見える形で、肌で感じる形で示してきたと思います。  ツジさんはおしゃべりです。「仕事中、そんなにおしゃべりしてていいの?」と訓練会の先生に叱られたこともあります。でも、ツジさんのおしゃべりはたくさんのファンを作り出し、ぷかぷかの売り上げに貢献しています。  ツジさんに限らず、ぷかぷかさんは仕事中、みんなおしゃべりしています。ぷかぷかの楽しい雰囲気を作るいちばんの源です。パンの外販先でもおしゃべりしています。でも、そこで生まれる楽しそうな雰囲気がお客さんをたくさん集めています。  ほかの事業所から変わってきた人の話によると、以前いた事業所ではおしゃべりはもちろんよそ見も禁止され、それを守らないとペナルティがついたといいます。おしゃべりやよそ見を監視する社会、がそこにはあったのだと思います。なんだか息が詰まりそうです。そんな社会で人は生きられません。  私が私らしく生きること、それが一番大事だと思っています。障害者は社会にあわせなければ生きていけない、なんていわれますが、そのあわせる社会は私たちが本当に私らしく生きているのでしょうか?  ぷかぷかは接客マニュアルに合わせるぷかぷかさんの姿が気色悪くて、マニュアルにあわせる、言い換えれば社会にあわせることをやめました。彼らのそのままの姿で勝負することにしたのです。  結果、ぷかぷかが好き!という人がたくさん現れました。このことは何を物語っているのでしょう。  結局、どこかでみんな今の社会に息苦しさを感じているのではないでしょうか。そんな中でぷかぷかさんたちのふるまいにホッとするものを見つけたのだと思います。  だとすれば、ぷかぷかさんたちは、この窮屈な社会を救ってくれる存在になります。  「障害者はいなくなればいい」ではなく、彼らはこの社会に必要な存在なのです。そのことをぷかぷかはわかりやすい形で提案してきたと思います。              
  • なんと240人ものお客さんが来ました
     港北公会堂でぷかぷかの映画の上映会。なんと240人ものお客さんが来ました。ぷかぷかにこんなにたくさんの人たちが関心を持ってくれていること、うれしかったですね。障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ、というメッセージがこれだけの人を集めたのだと思います。相模原障害者殺傷事件を起こすような社会にあって、これだけの人が集まったことは大きな希望だと思います。希望を持ってみんなで前に進みたいですね。  上映実行委員会のみなさま、お疲れさまでした!    相模原障害者殺傷事件は大きすぎて、何をやっていいのか、何を話し合っていいのかよくわからない、という話が出ました。優生思想云々の話をしても、話が大きすぎて、何か手応えがないのが実感です。もっと身近なことで、手応えのあることを積み上げていくことが大事な気がします。身近にいる障がいのある人たちといい一日を作る。(支援ではありません。支援とは本質的に異なる関係です。)一緒にいい一日を作り、お互い「いい一日だったね」って一日の終わりにいう。これはその気になれば誰にでもできることです。そういう日々を障がいのある人たちと一緒に積み重ねていくことが、相模原障害者殺傷事件を少しずつ超えていくことだと思います。  支援をいくらやっても相模原障害者殺傷事件は超えられません。何よりも事件は支援の現場で起こりました。そこでは相手を殺してもなんとも思わないような関係だったのだと思います。だから殺してしまったあとも、なんの反省もありません。  支援の現場で、どうしてそういう関係になってしまったのか。そのことをもっともっとみんなで考える必要があると思っています。犯人の特異性だけでかたづけていい問題とは思えません。  支援という上から目線が生み出す関係性は虐待もあちこちで生んでいます。テレビで何度か目にしましたが、虐待に対し、抵抗できない障がいのある人たちの姿は見るに耐えない辛い映像でした。上から目線の関係は、ああいうものを生み出す危険性を本質的に持っているのではないかと思いました。  相模原障害者殺傷事件の犯人が、もしぷかぷかのようなところで、障がいのある人たちと一日の終わりに「いい一日だったね」ってお互いいえるような関係を経験していれば、あのような事件は絶対に起きなかったと思います。  たとえばこんなことをいっしょにやる関係です。    会場から作業所の職員が楽しそうに働いてないのだが、どうしたらいいですか、という質問が出ました。映画の中でぷかぷかのスタッフたちが楽しそうに働いている姿を見たからだと思いますが、何か研修とかするのではなく、やはり障がいのある人たちといい出会いをする、人として出会うことだと思います。  すでに何度も書いていることですが、ぷかぷかは私自身が養護学校の教員時代、障がいのある子ども達に惚れ込んでしまった、彼らと人として出会ったことからはじまっています。障がい児として出会ったのではなく、人として出会った、ということです。いろいろできないことはいっぱいあっても、人としての魅力が劣るわけではないことを、彼らとの出会いは教えてくれました。「障害者」という言葉に抵抗を感じるのも、障がいがあることで相手を丸ごと否定してしまうような言葉だからです。障がいがあっても、人としての魅力はちゃんとみんなもっていて、だから惚れ込んでしまったのです。そしてこの人たちとはずっといっしょに生きていきたいと思ってぷかぷかを作りました。  私は彼らと一緒に働いていて、毎日楽しくて仕方がないです。その雰囲気がまわりのスタッフにも影響して、スタッフもぷかぷかさんも、みんな楽しそうに働いています。こんなに毎日笑ってばかりいて、楽しい思いをして、給料もらうのが悪いくらい、とまでいうスタッフもいます。それくらい笑いの絶えない楽しい職場です。  作業所で障がいのある人たちと一緒にいて、楽しくないなんて、なんかもったいない気がします。    映画見た方、ぜひ感想をぷかぷかに送ってください。  pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 高崎宛    機会があればぜひあなたの街で上映会やって下さい。上映についてのお問い合わせは  045−453−8511 ぷかぷか事務所高崎  pukapuka@ked.biglobe.ne.jp 高崎宛
  • 彼らとのフェアな関係は、ここからはじまったように思います
     演劇ワークショップの場は人間を自由にします。竹内演劇研究所や黒色テントのワークショップを経験する中で、そのことが見えてきました。日常よりもはるかに自由になれる場です。  ちょうど養護学校に勤めて2年目くらいで、だんだん子ども達の面白さがわかってきた頃でした。この人たちとワークショップやれば、もっとおもしろい出会いがあるのではないか、と思ったのです。ふだんのおつきあいでもおもしろいのに、ワークショップの場でお互いがもっと自由になれば、ふだんよりももっとおもしろい、ふだんとちがう何かとんでもないものが見つかるのではないか、と思ったのです。  黒テントを説得するのに1年近くかかりましたが、障がいのある子ども達といっしょにやるワークショップは、予想をはるかに超えた面白いものでした。その面白さは、先日も書きましたが、彼らを支援するようなつもりで集まった地域の人たちの意識をひっくり返すくらいのチカラを持っていました。彼らのために来たつもりが、彼らがいるから自分たちが来る、つまり、彼らに自分たちが支えられていた、ことに気がついたのです。  これは彼らとの関係の逆転といっていいくらいの大発見だったと思います。「支えている」つもりが、実は「支えられていた」という発見。  彼らとのフェアな関係は、ここからはじまったように思います。最初から彼らとはフェアな関係で行こう、といったのではなく、どちらかといえば上から目線だった関係を彼らがひっくり返したのです。    明日港北公会堂で上映する第3期演劇ワークショップ記録映画は、そういった関係がよく見えます。そしてそういった関係から何が生まれるのかも。  明日上映する映画の予告編です。  www.youtube.com    
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