ぷかぷか日記

タカサキ日記

  • え?これ障がいのある人が描いたの?
     ミヨッシーのアート作品が、今、銀座のArt Mallで展示・販売されています。本日から8月末までです。ぜひお出かけ下さい。 www.artmall.tokyo      障がいのある人たちのアート展ではなくて、プロの作家さんの作品に混じって展示されてるなんて、すごいなと思います。こういうところでも十分勝負できる作品なんだと思います。  こういうところに来る人は、障がいのある人の作品があるとは思っていません。純粋に作品だけを見てくれます。  「これめっちゃおもしろいじゃん!」「え?これ障がいのある人が描いたの?」「障がいのある人って、こんなおもしろい作品作るんだ」 と、作品を通して障がいのある人たちに出会ってくれます。  彼らは、私たちが逆立ちしても追いつかないような発想で絵を描きます。そんな発想にアートを通して出会うとき、彼らとの関係はどこまでもフラットです。そういう関係は社会を豊かにします。  彼らのアートがもっともっと社会に行ってくれたら、社会はもっと楽しく、もっと豊かになります。銀座のArt Mallに行けば、そのことが容易に想像できます。ぜひお出かけ下さい。    「障害者はいない方がいい」「障害者が不幸しか生まない」「障害者は生きている意味がない」などといった言葉が如何に狭い世界から生まれた言葉か、画廊に飾られたミヨッシーの作品を見ているとわかります。    
  • 障がいのある人たちと一緒に、黙々といい一日を作り続ける
     北海道の滝上という山の中に「森の子どもの村」があります。子どもが小さい頃、何度かキャンプしに行きました。その縁で毎年この時期になるとそこの通信が送られてきます。通信の中に必ず33年前の事故にふれるページがあります。  キャンプの活動中に交通事故で子どもが二人亡くなりました。そのことをずっと背負い続けているチコさんが亡くなった二人への思いを毎年書いています。心に響く言葉があったので紹介します。      …事故のあと、子どもの村を続けたことが正しい選択だったのかと問われれば、いまだわかりません。亡くなった二人に対して、何を残していけばよいのか、いつも迷います。  ただ、ただ伝えたいです。  生きているコト、誰かを大切に思うコト、誰かと一緒に生きるコト  泣いて、食べて、笑って、怒って、また笑うコト。   それがどんなにすごいコトなのか。大切なコトなのか。  教訓とか、むつかしい言葉ではなくて、夏の陽ざしや、木のかげや、川の音や、風の香りにまぎれて、伝わってくれたらなぁ、と思います。  今年も夏が来ます。ホコリとケムリと夏の匂いのする子ども達が、いろんなコトをやらかす季節が来ます。  誰の顔も、帰る時にはぴかっとしているといいな、と思います。      ぷかぷかは毎日、ぷかぷかさんと過ごす日々の出来事をFacebookなどで発信しています。それは彼らと過ごす日々こそが大切だと思うからです。いい一日を彼らと一緒に作り出すことが大事だと思うからです。そして彼らと作り出す日々が、彼らと一緒に過ごす日々が、誰かに伝えたいくらい輝いているからです。    生きているコト、誰かを大切に思うコト、誰かと一緒に生きるコト  泣いて、食べて、笑って、怒って、また笑うコト。   それがどんなにすごいコトなのか。大切なコトなのか。  教訓とか、むつかしい言葉ではなくて、夏の陽ざしや、木のかげや、川の音や、風の香りにまぎれて、伝わってくれたらなぁ…    というチコさんの思いと同じです。  相模原障害者殺傷事件に関して、いろいろむつかしい議論があります。でもね、何よりも大事なことは、彼らと過ごす日々であって、そのいい一日を毎日丁寧に、彼らと一緒に作り出すことだと思います。「障害者はいない方がいい」「障害者は不幸しか生まない」「障害者は生きる価値がない」などといわれたその障がいのある人たちと一緒に、黙々といい一日を作り続けるのです。  そうやって作り上げた一日の輝きこそが、ほんとうに「障害者はいない方がいいのか」、ほんとうに「障害者は不幸しか生まないのか」、ほんとうに「障害者は生きる価値がないのか」、と問い続けるのだと思います。    〈一緒に泣いて、食べて、笑って、怒って、また笑う〉日々をたくさんの人に伝えたい。ぷかぷかのFacebookには、ぷかぷかさん達との輝くような一日の断片があふれています。そうして 「あっ、おもしろそう」 って思っていただけたら、ぜひぷかぷかのお店に来て欲しい。お店で、彼らのそばを流れる時間の心地よさ、あたたかさをひととき味わって欲しい。その心地よさに 「彼らって、いた方がいいね」「一緒が楽しいね」 って、思っていただければ…と思う。   
  • ぷかぷかの映画の上映会やります
     8月4日(土)みどりアートパークホールでぷかぷかの映画を何本か上映します。映画を手がかりに、相模原障害者殺傷事件を超える社会がどうやったらできるのかを考えたいと思っています。  相模原障害者殺傷事件についての集まり、というと、どうしても重い雰囲気の集まりになってしまうのですが、 「障がいのある人たちとはやっぱり一緒に生きていった方がいいね」 って、みんなが素直に思えるような、前向きの、明るい、楽しい集まりにしたいと思っています。    第1部 10時〜13時 「第一期演劇ワークショップ記録映画」と「トークセッション」  第2部 14時〜17時 「第四期演劇ワークショップの記録映画」(約30分)             「プロモーションビデオカナダ版」(27分)            「今日も明日もぷっかぷか」(仮題)(約15分)             と「トークセッション」            スペシャルゲスト:ツジさん、テラちゃん、セノーさん、    『今日も明日もぷっかぷか』(仮題)は上智大新聞学科で映像を学んでいる石井里歩さんの作品です。 pukapuka-pan.hatenablog.com  映像制作の経験はまだまだ浅いのですが、相模原事件に対して、「それはちがう」と言い切るためにぷかぷかに来て映像作品を作る、というその熱い志を買いたいと思うのです。事件直後、あちこちで「決して忘れない」という言葉を聞きましたが、事件から2年近くたつ今、あの言葉はどこへ行ってしまったんだろう、と思うほど、事件について語られることがなくなりました。そんな中での若い石井さんの志は、一つの希望になります。『今日も明日もぷっかぷか』(仮題)は15分くらいの作品になる予定です。  下に添付した映像は石井さんの作品で、日本赤十字社賞を受賞しています。センスのいい映像です。 www.youtube.com      ぷかぷかは設立以来 「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」 と、言い続けてきました。言葉だけに終わらせずに、一緒に生きていった方がいい、とみんなが思える事実を、様々な形で作ってきました。  ぷかぷかさんと地域の人たちで毎年やっている演劇ワークショップはその一つの試みです。今回は第一期と第四期の演劇ワークショップの記録映画を上映します。  「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいね」 って素直に共感できる映像です。  特に第一期の記録映画は、一つの表現が出てくるまでの様子を丁寧に撮っているので、わくわくドキドキしながら芝居ができる過程を追うことができます。6ヶ月かけた芝居作りを2時間11分にまとめています。長いですが、ワークショップの場にはゆるやかな、豊かな時間が流れていて、それを感じながら見ていると、あっという間に終わってしまいます。彼らと一緒に生きると、そういう時間、空間が生まれる、ということがよくわかる映画です。私たちにとって、社会にとって、それがとても大事であることも。    演劇ワークショップのいいところは、障がいのある人たちと新しいものを一緒に創り出していることです。彼らがいてこそできる芝居を舞台にあげています。彼らがいないとできない芝居です。社会には彼らはいた方がいい、という強烈なメッセージです。  相模原障害者殺傷事件は障がいのある人の全否定でした。それを超えるものを私たちはどこまで創りきれるか、が問われたと思います。それは間違っている、と言葉で言うだけでなく、じゃあ自分たちはどうするんだ、というものを創り出すのです。  演劇ワークショップもお店の運営も、障がいのある人たちと一緒に新しい文化といっていいほどのものを創り出しています。彼らは社会にいた方がいい、その方が社会は豊かになる、という文化です。こんなことは事件のはるか前からやっていることですが、事件後、そのことの社会的な意味はものすごく大きくなった気がしています。    スペシャルゲストとしてツジさん、テラちゃん、セノーさんをお呼びしています。  ツジさんにはあの広いホールを一気に盛り上げる歌を歌ってもらいます。あれはツジさんにしかできないワザです。私たちにはできないワザです。障害者は劣っている、なんて思い込みを一発で蹴散らします。  テラちゃんは前置き抜きで、いきなり友達になってしまうワザを持っています。ぷかぷかに来た多くの人がいきなり友達になっていまいました。そのあたりのコツをお伺いします。友達になってしまった方もお呼びしてお話を伺います。  セノーさんは郵便局のお姉さん達の心をわしづかみにするコツ、寝ながらファンを作るコツなどをお伺いします。セノーさんのファンになってしまった方のお話もお伺いします。  彼らがいることで生まれるあたたかな雰囲気こそが、相模原障害者殺傷事件を超える社会を作っていくのだと思います。    ★ツジさん、テラちゃん、セノーさんのファンの方、ぜひお越し下さい。ファンになってしまった熱い心の内をぜひ語って下さい。         
  • 運動会やりました!
      日曜日に運動会がありました。去年は外でやりましたが、今年は地区センターの体育館。地域の人たち、ぷかぷかさん、保護者の方たち全部で80人くらいが参加した、のんびりした楽しい運動会でした。あまり整っていない、きちんとしていないところがぷかぷか運動会のいいところ。小さな子ども達が笑顔で走り回れる空間がすごくいいと思いました。そんな空間に当たり前のようにぷかぷかさんたちがいて、地域の人たちもいて、ごくふつうに、当たり前のようにおつきあいできる空間。こういう場があちこちにできれば、お互いがもっと生きやすくなるのに、と思いました。   このプログラムの字を見ると、どんな雰囲気の運動会かが、なんとなくイメージできます。  
  • 「障害者は不幸しか生まない」?
     このところぷかぷかさん達のすばらしいアート商品が次々にできあがっています。    ぷかぷかさん達が楽しい絵を描きます。その絵をどこに、どんな風に使おうかと考えるスタッフがいます。色を塗るスタッフがいます。ぷかぷかさんも色を塗ります。ぷかぷかさんとスタッフのフラットな関係の「協働作業」の中で、こういった商品ができあがってきます。これがぷかぷかさん達と一緒に生きていくということです。そして、一緒に生きていくとこんなにステキなものができあがります。  こういう商品は、ほっこりあたたかなメッセージを社会に振りまきます。それは、私たちの心にあたたかなものをプレゼントしてくれます。そうやってみんなを幸せな気持ちにさせます。    その幸せな気持ちの中で、あらためて気がついたことがあります。「障害者は不幸しか生まない」という相模原障害者殺傷事件の犯人の言葉です。  「障害者は不幸しか生まない」? ぷかぷかさん達が生み出すものを見て、そんなふうに思う人はいません。  この言葉はですから、決して普遍的なものではなく、犯人がいた職場が、障がいのある人たちと、そういう関係をつくっていたに過ぎません。「障害者は不幸しか生まない」と思うような関係です。  犯人がいた職場は障がいのある人たちの「支援」の現場です。「支援」という、一見いいことをやっていそうな現場で、どうしてそのような貧しいとしかいいようのない関係が生まれてくるのか。    「支援」という上から目線の関係は1+1=1の関係だと思います。相手を見下している限り、相手との関係から新しいものは生まれません。その関係からは、見下す側の人間の幅のものしか出てきません。だから「1+1」はどこまでも「1」のものしか生まないのです。  上に紹介したTシャツやバッグは、ぷかぷかさんとスタッフのフラットな関係を元にした協働作業が生みだしたものです。「1+1」が「2」以上の新しい価値を生み出しています。  彼らとおつきあいしながら、そこから何も生み出さないなんて、もったいないです。  何も生み出さないどころか、「障害者は不幸しか生まない」などと言い切り、相手を抹殺するところまでいってしまったのが相模原障害者殺傷事件だったと思います。  「障害者は不幸しか生まない」という言葉から、実際の事件へは大きな飛躍があります。でも少なくとも、そういう言葉、そういう言葉を生む関係がなければ、事件は起こらなかったかも知れないと思うのです。    
  • 彼らと一緒に生きていくと、こんなすてきなものができあがる
     昨日アップした新幹線内殺傷事件の記事をシェアした方がこんなコメントを書いていました。    つい「死にたいなら一人で死ねばいいのに」と言いがちですが、「彼の犯行はある意味社会への復讐のような意味合いを感じてしかたありません。これまでうまく行かなかった様々な事は、周囲の理解や寛容さがあれば、ここまで自分を追い詰めなくて済んだのでは、と?親からして変わってるからと疎遠になるのでは、救いがなくなる。やった行為は厳罰が当然ですが、彼の生い立ちや来し方を冷静に検証すべきと思います。    テレビで流れたお父さんのインタビューは、子どもに対する責任も、社会に対する責任も、まるで感じられないものでした。  マスコミはそういう問題をすっ飛ばして、精神障害者は怖い、何するかわからない、といったメッセージを発信し続けています。精神障害者に対する偏見が更に助長され、彼らはますます生きにくくなります。彼らが生きにくい社会は、私たちもまた息苦しい社会です。  当事者の方、彼らといい関係を築いている方、もっともっと思いを発信して下さい。思いの発信こそが大事です。   「子どもに対する責任」「社会に対する責任」がまるで感じられない事件が多すぎます。一国の首相が国会答弁でウソをつくなんて、そのいちばんの典型です。一国の首相でありながら、「社会に対する責任」が全く欠如しています。こういうところから社会はどんどんだめになっている感じがします。  うんざりしながらも、それでも、私たちは今、この社会で生きています。生きている限り、少しでもお互いが生きやすい、いい社会にしたいと思っています。障がいのある人たちと一緒に、この社会を少しでもいい方向に変えていきたいと思っています。  彼らと一緒に生きていくと、こんなすてきなものができあがるのです。     
  • 東海道新幹線内殺傷事件
     先日東海道新幹線の中で殺傷事件がありました。犯人についての報道が精神障がいを持った方への偏見を助長するような雰囲気があり、すごくまずいと感じていました。それに対し、まっすぐに異議申し立てをしたNPOがありました。 www.comhbo.net    障がいのある人たちのためのグループホーム建設をめぐるごたごたの中でも、「知的障がいはまだいいが、精神障がいは絶対だめ」という強固な意見が出ていましたが、これが社会全般の受け止め方だろうと思います。現在のマスコミ報道はそれを更に助長するものであり、社会全体がますます窮屈になる感じがします。  彼らを社会から排除してしまうのではなく、この社会を一緒に担うものとして、彼らとどんな風におつきあいすればいいのかを考えていきたいと思うのです。
  • どこから入っても、ぷかぷか全体が見えるような構造
      先日ホームページのアクセス数が30万を超えました。小さな福祉事業所のホームページとしては驚異的な数値だと思います。 「障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ」というぷかぷかのメッセージに共感する人が、それだけいるということだと思います。うれしいですね。  ブログ、Facebookページなどを、ほとんど毎日更新し続けてことも大きかったと思います。ぷかぷかが毎日元気に活動している、ということがリアルタイムで伝わっていたのだと思います。  ただ伝え方が、下手くそで、ホームページには膨大な情報がてんこ盛り状態。初めてホームページを訪問した人は、ぷかぷかが何をやっているところなのか、とてもわかりにくかったと思います。今のホームページは代表の高崎が、ぷかぷかを作りながら、同時進行でホームページを作っていったので、情報を整理するゆとりもなく、今の状態になってしまいました。  2年前、サービスグラントのママボノの人たちに新しいホームページ作成を依頼した際、何人かで情報を整理してもらったのですが、中小企業どころか、大企業に匹敵するほどの情報量にびっくりした、といってました。ママボノの活動期間が限られていたので、結局時間切れでホームページの完成まで至らず、ママボノさんには情報整理と、全体の構成、トップページのデザインまでをやっていただきました。    ここから先が自分では進めなくて、サービスグラントにwebデザイナーのタナカさんを紹介してもらい、昨日2回目の打ち合わせをしました。ぷかぷかのお店を立ち上げる前からのブログまでしっかり読み込んでいて、ぷかぷかに対する思いが半端じゃない感じがしました。10年は持つホームページを作りたいとおっしゃっていましたが、その意気込みがすごいなと思いました。  10年は持つ、というのは、10年先の人が見ても価値ある中身がぷかぷかが創り出したものにはある、ということで、タナカさんはその10年先を見据えながらホームページを作っていく、といいます。私自身、そんな先のことまで考えてなかったので、いやぁ、すごいなぁ、と思いました。日々中身を更新していくにしても、ベースがしっかりしていないと、10年先まで持ちません。太陽住建さんは100年先の人の評価に耐えられるものを作る、といってましたが、ぷかぷかはとりあえず10年先です。  ぷかぷかを始める前の日記、その頃のホームページなどはとても大事なので、そのあたりがすぐに見られるようにした方がいい、とタナカさん。これから事業を立ち上げようという人にとっては、とても貴重な資料になる。     サイトマップはこちら。 pukapuka-pan.xsrv.jp      どこから入っても、ぷかぷか全体が見えるような構造。たとえば「おいしいパン」と検索し、パン屋のサイトから入っても、パンの話だけでなく、最新情報、トピックスなどのタグを配置し、そこからぷかぷかは何をやっているところなのかが見えるようにする。  パン屋のつもりで読んでいくと、ここは実はおもしろい福祉をやっていて、障がいのある人とはおつきあいした方がトク!なんていっていて、パンと一緒にほっこりあたたかなお土産があなたの心に、といったメッセージが目に入ってくる。    福祉でアクセスしてきた人にも、ぷかぷかはほかのお店に負けないくらいおいしいパンやお惣菜を作っていて、そうやって「勝負」することで、おいしさを生み出していることがしっかり伝わるような構造。福祉の人は、この「勝負」することにとても弱い。はじめからそれを放棄しているところもある。これでは進化しない。  更にアート部門は企業とのコラボで、デザインするチカラで勝負しているとか、アート商品、焼き菓子などはネット販売もやっていて、売り上げを爆発的に伸ばしている、などの情報も流す。    ブログは現在「はてなブログ」という外部サイトにリンクさせているが、これではおもしろい記事を読んでも、これを書いた高崎がどういう人間なのかとか、ぷかぷかは何をやっているところなのかがわからない。だからサイトの中にブログのページを作り、あちこちの情報に直接アクセスできるようにする。  スマホで見る人が多いので、スマホでも見やすい構造にする…。あちこち飛ぶよりも、スクロールして見る方が楽なので、縦長のページになる。    タナカさんはステークホルダーを見ながら、利用者さんの親御さんが安心して子どもを預けられる、という要素はとても大事、とおっしゃってました。自分が親なら、まずそこを見る、と。    そういう視点は今まで欠けていました。今後はこのステークホルダーにある、いろんな利害関係者が安心できるようなサイト作りをしたいと思いました。    年内完成を目指してがんばります。楽しみにしていて下さい。      タナカさんの会社のサイト  https://trim.bz/aboutus   タナカさんの作ったサイト www.shuro.jp
  • 「迷惑」と思われていたことを、社会と分かち合う
       昨日の朝日新聞「私の視点」はすばらしい意見でした。 digital.asahi.com  「回りに迷惑をかけない」という道徳規範が、自分を、社会を萎縮させているのではないか、といいます。お互い「迷惑をかけない」なんてことはあり得ないので、だったらその「迷惑」をお互い分かち合うのがいいのではないか、という提案です。「迷惑」を分かち合うことでお互い働きやすくなり、職場が豊かになる、と。  これを書いた方は50歳を過ぎてから、躁鬱病になったそうです。頻繁に遅刻したり、休んだり、怒りっぽくなったりで回りに迷惑をかけながらも、 〈それでも私は、「迷惑をかけてすみません」とは言わないようにしている。代わりに、負担をかけている方々に「ありがとう」と述べ、本当に感謝をしている。〉 〈職場で「すみません」と謝っていると、なにか社会が、より小さく、縮んでいくようにも感じる。むしろ、「ありがとう」と言って感謝の気持ちを広げていくほうが、よりよい社会になるに違いない。〉 と書いています。  障がいのある人たちは、社会に迷惑をかけないように、と日々大変な努力をしています。でも、息子さんがぷかぷかで働くようになって、それが「見当違いの努力」であることがわかった、とツジさんのお母さんは言いました。  ぷかぷかは、ぷかぷかさん達を無理矢理社会に合わせるのではなく、「そのままのあなたがステキだよ」って働いてもらっています。ツジさんはパン屋のレジのそばでずっとおしゃべりしています。彼のおしゃべりは止まりません。初めてお店に来た人は、たいていびっくりします。でも、何度かお店に足を運んでいるうちに、ツジさんのおしゃべりはぷかぷからしい雰囲気を作り出していることに気がつきます。ぷかぷからしい雰囲気、というのは、どこかホッとするような雰囲気です。ツジさんが自由におしゃべりできる雰囲気は、人に自由であることの心地よさを思い出させてくれるのです。ですから、ふだんの暮らしに息苦しさを感じている人は、ぷかぷかに来てホッとするのです。  ぷかぷかがやってきたことは、今まで「迷惑」と思われていたことを、無意識のうちに社会と分かち合う試みだったのかも、と新聞を読みながら思いました。迷惑をかけるかも知れない、というリスクを社会と分かち合おうとしたのです。社会と分かち合う、というところが、ぷかぷかの豊かさを生んだのだと思います。
  • ひいくんのあるく町
     街を耕す会・港北の集まりで『ひいくんのあるく町』を見ました。  ひいくんは知的障がいのある39才のおじさん。毎日ヘルメットを手にひょこたんひょこたんと町を歩いています。歩きながら、町のあちこちでお店のちょっとしたお手伝いをしたり、田んぼで耕耘機を洗うお手伝いをしたり、いろんな人とおしゃべりしたりしています。小さな頃からお父さんがいつも連れて歩いていたそうで、この映画をつくった若い監督も、子どもの頃からひいくんのことは知っていて、頭をなでてもらったりしたそうです。映像の中でも、お祭りで練り歩きながら、乳母車に乗って見物している小さな子どもの足をなでたりしていたので、昔から小さな子どもに優しいのだと思います。  そうやって町の人々の心の中に、ひいくんは「いて当たり前」という存在になっています。いわゆる「障害者」というような存在ではなく、町の人たちにとって、ホッと心のあたたまる、なくてはならない存在になっています。  ひいくんが町をあるくことで、自然にそういった関係ができたところが、この町のおおらかなところかと思いました。  ひいくんのあるく町も、時代の流れの中で、だんだんシャッターを下ろすお店が増えています。それでも、町をひょこたんひょこたん歩き回るひいくんを受け入れるあたたかさ、やさしさは町に残っています。人の住む町の一番大事なところですね。  脳梗塞で倒れ、お店を閉めてしまった人のところへ、近所の人が一日だけお手伝いしてお店を開けに来てくれます。この場所を、近所の人たちがいつでも立ち寄って、くつろげるような場所にしたいね、といった話が持ち上がります。  町はそうやって少しずつ変わっていくようです。その変わり様の中心には、ひいくんを受け止めるあたたかさ、やさしさがあるように思いました。ひいくんが町を歩くことで引き出したあたたかさ、やさしさといってもいいと思います。    みんなでもっともっと町を歩こう。みんなが歩けば、町は変わります。歩くことで希望が生まれます。  
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