障害のある人たちと地域の人たちとの演劇ワークショップはもう30年ほど前からやっているのですが、その頃の話です。
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「お、おんな、い、いますか?」
いきなりカタヒラ君は店員さんに聞きました。
「え?おんな?はぁ、おんなは、あの、今日はいませんが、いつもは三人ほどいますけど…」
と、店員さんはもうドギマギしながらやっとの思いで答えました。
演劇ワークショップで取材劇をやろうということになり、養護学校の生徒たちと街に取材に行った時の話です。彼らはいろんなお店がごちゃごちゃ入っている賑やかな駅ビルを選び、10人ばかり連れだって出かけていきました。
インタビューできるような関係も、その駅ビルのお店とはできていなかったので、いささか不安ではあったのですが、いきなりそんなドキッとするような質問が飛びだし、向こうもこっちも
「え?」
という感じ。それでもその一瞬のパンチ力あるひと言が、ドギマギしながらも、お互いの閉じた関係をパァッと取っ払ってしまいました。とりあえず事情を話せば相手の方もすぐに笑顔になり、ふつうに話のできる関係に。
「3月4日、あいてますか?」
といきなり切符売り場の駅員さんに聞いた人もいました。3月4日は芝居の発表会の日です。
「3月4日?3月4日は…あの…え?あなたが芝居をやる?芝居ねぇ…」
とかいいながらも、それでも律儀にその駅員さんは3月4日とメモしていました。
もちろんちゃんと答えてくれる人ばかりではなく、誰もお客さんがいないのに、彼らが質問したとたん
「あ、今、いそがしいですから」
と逃げる人もいました。
それほど露骨でないにしても、
「ああ、困ったなぁ、なんとかして下さいよ」
という目を、彼らに付き添っている私たちに向ける人もいました。
いずれにしても、思いもよらない言葉で突然生まれた、ちょっとオロオロしてしまうような瞬間をお互いが生き、それ故に思いもよらない新鮮な「出会い」があったことも確かでした。
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ぷかぷかでも同じようなことが日々起こっています。
パン厨房から飛び出し、やってきたお客さんにいきなり
「お父さんの名前はなんですか?」
と、聞く人がいて、
「え?お父さんの名前?」
と、一瞬時間が止まります。パンを買いに来たのに、どうしてお父さんの名前?と、大抵ドギマギします。
「お父さんのネクタイは何色ですか?」
と、次々に繰り出される質問に、
「そうか、ここはぷかぷかのお店だもんね」
とたいていの人はにんまりとするのですが、よくわからないままの人もいます。
パン教室で色々質問攻めにあう人もいます。
彼らとの「出会い」は、こういうところにこそあると思っています。この人たちとはこういうところに配慮しながら接して下さい、なんていう場で、「出会い」なんてありません。
お互いが裸で向き合い、戸惑ったり、オロオロしたり、ドキドキしたり、困ってしまったり、つい笑ってしまったり、という予期しない瞬間にこそ、本物の、思いもよらない素敵な「出会い」があるのだと思っています。
ちなみに冒頭で紹介した
「おんないますか?」
の取材で作った芝居は、電子本『とがった心が丸くなる』に載っています。アマゾンで販売中
昔「グループ現代」が作った記録映画『みんなでワークショップ』の22分30秒あたりから取材を元にした芝居が記録されています。