人には番号ではなく、名前があります。名前があるから、その人を思い浮かべることができます。逆に、名前がなければ、その人を思い浮かべることができません。
津久井やまゆり園障害者殺傷事件では、殺された19名の方の名前が匿名で報道され、誰が亡くなったのか一切わかりません。
誰かの死を悲しむ、というのは、その人の人生を思い浮かべることだと思います。人生を思い浮かべることができなければ、その人の死を悲しむこともできません。
社会が、死に及んでなおも名前さえ言えないところまで障がいのある人たちを追い込んでいること、死を悲しむことも許さないこと、その残酷さに社会の側がどの程度気がついているのでしょう。
NHKの「19のいのち」というサイトは、その問題に応えるサイトだったと思います。19人、一人一人のエピソードを匿名のままですが載せています。
「19歳の女性」のエピソードにはサイトを開いた当初、こんなことが書いてありました。
《 短期で施設を利用していたころから、かわいらしい笑顔で人気者でした。》
施設関係者から寄せられた情報だったようですが、一人の人間が、わずか一行で語られていることがどうしようもなく悲しくなったことを覚えています。
ほかの方も多少言葉は増えても、似たり寄ったりで、読むのが辛いほどでした。
それは当時の取材状況をそのまま語っていたのだと思います。その後サイトは少しずつ充実し(最前線の記者ががんばったのだと思います)、何人かの家族の方が手記を寄せ、一名ですが、写真を載せている方もいます。施設の職員の方が寄せるエピソードもずいぶん充実してきました。
最近は19歳の女性の母親が手記を寄せています。辛い思いで書いたのだと思います。読みながら涙がこぼれてしまいました。
サイトにはこんな投稿もありました。
名前が出せない中で、娘さんの姿を一生懸命描いたのだと思います。「娘は一生懸命生きていました」と。
寄せられた家族の方の手記の中にこんな言葉があります。
《それでも一日も早く裁判が始まってほしいと願うのは、犯人がどうしてこういう事件を起こしたのか、なぜ息子が死ななければならなかったのかを知りたいからです。》
「なぜ息子が死ななければならなかったのか」。この問いは、犯人だけでなく、私たち自身が受け止めなければならない重い問いだと思います。
家族の方に対し、近所の方がいわれたという言葉、
《事件後、長年つきあいがあり兄のことも知っている近所の人に「事件があったことは悲しいけど、でもよかったんじゃない?」と言われた》
「でもよかったんじゃない」は、とても残酷な言葉です。でも、多くの方がふっと思ってしまう言葉だと思います。どうしてこんな言葉が出てしまうのか、私たち自身が考えなくてはならない問題だろうと思います。
家族の言葉は、障がいのある人たちはどんな風に社会の中で受け止められているのか、を鋭く突いています。その問いに私たちはどのように応えていくのか、「19のいのち」のサイト見ながら思いました。その問いを考えつづけることが、事件を超える社会を作っていくことにつながるのだと思います。
こういった作業は、本来なら事件を起こした津久井やまゆり園がやるべきことだと思います。なぜ福祉の現場の職員がこのような事件を起こしたのか、という検証も含めて。
津久井やまゆり園は、相変わらず事件については一切語りません。どうして語らないのか、ここにこそ事件の核心があるように思います。
マスコミはここにこそ切り込んでいってほしいと思います。