「うちのぷかぷかさん」のことを発信し続けている浅川素子さんがすばらしいブログを書いていましたので紹介します。
浅川さんのすばらしいところは、「うちのぷかぷかさん」のことを語るだけでなく、「障がいのある人たちの置かれている社会的状況」と、真っ正面から向き合っていることだと思います。障害、あるいは障害者のことを語ることをなんとなく避けている社会の空気感のようなものを、浅川さんは指摘しています。そしてその空気感は何を意味するのか、ということ。
一昔前、障がいのある人たちは世間の目に触れないように家の中に隠していた時代がありました。その頃の空気感をまだ社会は引きずっているのかもしれません。これは家族の問題ではなく、障がいのある人たちへむける社会の目の問題です。
相模原障がい者殺傷事件の1年目の大きな集まりで、被害者の匿名報道について、家族会の会長は家族に障がい者がいることがわかると、親戚一同恥ずかしい思いをするとか、商売に支障が出るとか、そんな話をしていました。未だにそんなことを考えている人がいるんだ、とびっくりしたことがあります。ま、でも、これが現実なんでしょうね。
今日は障害、あるいは障害者のことを語ることがなんとなくタブー視されている問題です。
浅川さんは「うちのぷかぷかさん」こと、たから君とそら君と周りの子どもたちが関わることで、子どもたちも親たちも教師たちも変わってきた、と報告しています。そのことが社会の中にたから君やそら君がいることの意味だろうと思います。たから君やそら君はそうやって毎日街を豊かに耕しているのだと思います。これがたから君やそら君のいる街、です。
「うちの街にはたから君とそら君がいます、二人がいることでみんなが快適に暮らせます」と自慢げに語る行政関係者が一人くらい出てきてもいいくらいだと思っています。たから君とそら君が快適に暮らせる街は、誰にとっても快適です。何よりもたから君とそら君がいることで、街の人たちみんなが笑顔になれるのですから、これほどすばらしいことはありません。
「ただ歩いているだけなのに」と題したブログにはこんなことが書かれていました。
気持ちのいい小春日和の土曜日。
一人スタスタ行ってしまうそらを
ぷかぷかではぷかぷかさんたちがせっせと街を耕しています。
ユミさんは障害者手帳のランクがA−2で(知的障がいの方は手帳のランクが重い方からA-1、A-2、B-1、B-2と分けられています。それによって受けられる福祉サービスの内容が異なってきます)、障害程度でいえば、かなり重い方です。それでも何度もパン教室に参加するうちに、パン生地の丸め方をはじめ、さまざまなパンの作り方をしっかり覚えました。最近は小さな子ども達にパンの作り方を教えるほどになっています。
メロンパンは、普通のパン生地の上に、薄くのばしたクッキー生地を重ね合わせて作ります。クッキー生地はやわらかくて、扱い方がとてもむつかしいです。そのむつかしいメロンパンを、気がついたらユミさんは子ども達に教えていました。これにはちょっとびっくりしました。え?いつの間に?というこちらの戸惑いをよそに、ユミさんはどんどんうまくなっていたようでした。
こうなると、子どもにとって、ユミさんは「障がいのあるお姉さん」ではなく、「メロンパンの作り方を教えてくれたお姉さん」として記憶されます。そういう関係がパン教室のあちこちで自然にできあがってしまうところがぷかぷかパン教室のいいところだと思います。
ユミさんをはじめ、みんながほんとうにうまくなりました。気がつくと、たくさんのぷかぷかさんたちが子ども達にパンの作り方を教えていました。
彼らの技術の向上は、パン製作にかかる時間を大幅に減らしてくれただけでなく、参加した子ども達や大人達と新しい関係を生み出したのです。私たちスタッフが何も言わなくても、彼ら自身で地域の人たちとの新しい関係を作ったところがすごいなと思います。