報道関係の方から
「社会の変わらぬ偏見や差別も、それをひょいっと越えるぷかぷかさんとのギャップもありのまま伝えたいものです。」
というメールが来て、「ひょいっと越えるぷかぷかさん」という表現がおもしろいと思いました。
偏見や差別の対象であるぷかぷかさん自身が、そういったことを「ひょいっと越える」。これって、すごいことじゃないかと思います。偏見や差別の中で押しつぶされてしまうのではなく、それを飄々と「ひょいっと越える」。
私たちが「それはおかしい」「それは間違っている」といくら言っても、差別、偏見の状況は変わりません。言えば言うほど、言葉のむなしさを感じてしまいます。言葉の限界を感じます。
いや、言葉の問題ではなく、私たち自身の問題ですね。もはや言葉では解決できない私たち自身の問題。グループホームの説明会でのあのぼろくそに言われる雰囲気。どうすれば解決に向かうのか、本当に頭を抱えてしまいます。それをぷかぷかさん達が「ひょいっと越える」ヒントを示してくれる。
ぷかぷかさん達は、やっぱり社会をやわらかく耕してくれるのだと思います。
そうか、今度説明会のような機会があれば、ぷかぷかさんを連れて行こう!そうすれば、あの膠着状態もきっとやわらかくほぐしてくれるんだって思いました。