相模原障害者殺傷事件についていろいろ書いたメッセージをtomoさんはしっかりと受け止めてくれていました。うれしいですね、こんな人がいると。
ところどころ赤字で整理してあって、とてもわかりやすくなっていました。自分の意見を客観的にみることができた気がしています。人の目で整理されることはとてもいいことですね。
tomoさんは、一番最初に書いたブログでこんなことを書いています。
●●●
なんかもう、「障害者」を取り分けて、切り出して、
区別するのは、やめませんか?
障害者は「自分たちとは違うから」不要だという人。
障害者は「特別な存在だから」必要だという人。
そのどちらも、tomoには同じに聞こえる。
目が悪いから、メガネをかける。
足が悪いから、車イスに乗る。
背が低いから、人に頼んで棚の上のものを取ってもらう。
手が不自由だから、人に頼んで瓶の蓋を開けてもらう。
体が病気になったから、病院で診てもらって薬をもらって飲む。
心が病気になったから、病院で診てもらって薬をもらって飲む。
障害があっても、なくても、「人」は「人」。
●●●
最後の一行、すばらしくいい言葉ですね。
ぷかぷかは「人」としての彼らに惚れ込んだところからスタートしました。
「人」としての彼らに惚れ込んでいるから、毎日Facebookページに書くことがあるのです。ただただ、いいなぁ、いいなぁ、と思って書いています。
朝一番、
「これ見てください」
とやってきたダイちゃん、こんな人とは一緒に生きていった方がやっぱり「得!」です。
今日、ある報道機関の方からこんなメールが来ました。
《 高崎さんが書かれた声欄の記事は、非常に心に残り、
私たちが部内でどういう報道をすべきかと議論する中でも、
共有させていただき、参考にさせていただきました。
時間はかかっても19人の人生が伝わるような報道を目指したいと思っています。》
最後の行には、こういう人たちがいたんだ、となんだか感動してしまいました。
ちょっと救われた気分です。
★投書についてはこちら