ぷかぷか日記

笑顔は魔物だったのかも

養護学校の教員をやっていた最後の年の話です。

遠くを見つめながら、ちょっと笑ったしのちゃんの横顔が好きでした。言葉をしゃべらないせいか、その横顔には深みがありました。ちょっとほほえんだ弥勒菩薩半跏思惟像のような、そんな深いやさしさをしのちゃんの横顔には感じていました。

しのちゃんのそのときのおだやかな気持ちが全部出ているようでした。しのちゃんがおだやかなとき、私はちょっと幸せな気持ちでした。

しのちゃんはクラスの中でいちばん障がいの重い生徒で、いちばん大変でした。なんの前触れもなく、いきなりぶん殴ってくるような生徒でした。一緒にトイレに行き、二人並んで用を足している最中にも、いきなりパンチが横から飛んできました。そんな状態でしたから、みんな1メートル以内には近づかない、といった雰囲気でした。

私もそうすればよかったのですが、どういうわけか私はしのちゃんが大好きでした。顔面を思いっきり殴られ、鼻の骨にひびが入って、鼻血を出しながらとっくみあいをしたり(高等部の生徒相手のとっくみあいはほんとうに大変でした)、胸に頭突きを食らって肋骨にひびが入ったり、雨のグランドで蹴り倒されてどろんこになったり、ほんとうにさんざんでした。ほとんど毎日のように殴られ蹴られ、もういい加減懲りてもいいのに、それでも私はしのちゃんが好きでした。

どうしてなのか、私自身、よくわかりませんでした。強いていえば、冒頭に書いたしのちゃんの遠くを見つめてちょっと笑う笑顔だったのかなと思うのです。あの笑顔を見ると、すべて許してしまうのです。しのちゃんの笑顔は私を幸せな気持ちにしたのです。殴られた痛み、悲しみ、怒りを全部忘れてしまうほどの幸せな気持ち。

あの笑顔は魔物だったのかも知れません。その魔物が今もぷかぷかを支えています。

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