単純作業は前向きの気持ちが持てない
「知的障がいの人には単純作業が向いている」と、昔からよく言われています。知的な障がいがあるから難しいことはできない、という意味だと思います。ですから福祉事業所の多くは「軽作業」と言われる電機部品や自動車部品の簡単な組み立て作業、ダイレクトメール、教材のセット作りなどの仕事が多いようです。確かに仕事は簡単で、誰にでもでき、知的に障がいのある方には向いているのかもしれません。
同じ事の繰り返しに、はまる方も確かにいます。でも、同じ事の繰り返し、というのは1,2週間ならともかく、それが何ヶ月、何年も続くとなると、ふつうは、かなり辛いものになる気がします。
以前、養護学校の校内での実習で電機部品の組み立て作業をやったことがあります。部品を組み合わせてねじを締めるという簡単な仕事でした。でも、その部品が何の部品なのか、どういう役割をしているのか、といったことはわからない仕事でした。
わからなくても部品を組み立てる、という仕事はできます。でも、自分がやっている仕事の意味がわからなければ、仕事をやった、という充実感は生まれにくいと思います。もっといいものを作ろうとか、売り上げを伸ばすにはどうすればいいか、といった仕事をする上での前向きの気持ちも持ちようがありません。仕事に対する前向きの気持ちが持てない中で、ただ決められた日までに決められた量をこなさねばならないという仕事は、何かロボットのようで、むなしく、辛い気がしました。
このむなしさ、辛さは知的に障がいがあっても、同じように感じられると思います。知的に障がいがあるのだから、そんなことはわからない、と考えるのはずいぶん失礼な気がします。私は自分にとって辛い仕事であれば、それを知的な障がいのある方にさせることは、そうすること自体が辛いなと思います。
これは仕事なんだから、辛くてもやるべきだ、と考えるのか、仕事は前向きの気持ちを持てるものであるべきだ、と考えるかで、この問題の対応は違ってきます。
私は養護学校の教員をやっている頃、仕事は辛くてもがんばるべきもの、と思っていました。ですから生徒たちにもそういった話をずいぶんしました。卒業生が就職後、仕事が辛いと相談に来たこともあります。そんなときも、
「仕事はお金を稼ぐ以上、辛いことがあっても我慢しなきゃだめだよ。」
などといったりしていました。
でも、自分で彼らの働く場を作ってから、考え方が180度変わりました。きっかけは介護認定調査での利用者さんの言葉でした。
まっすぐに前を向いて生きています。
日常生活の中で介護が必要な方は4年に一度、介護認定調査というのがあります。ケースワーカーさんが来て、「これをするときは一人でできますか?」「誰かの介護が必要ですか?」といった質問を、いろいろな場面を想定しながらします。その答によって、この人にはこれくらいの介護サービスがつけられる、といった判定をします。
みーちゃんという方の調査があったときの話です。みーちゃんは「ぷかぷか」に来る前、地域作業所で仕事をしていました。刺繍や織物をしていたそうです。ただ仕事といってもノルマがあるわけでもなく、自分のペースでやっていました。そういう意味では仕事に追われるといったこともなく、きわめてのんびりした楽な仕事だったようです。ただ楽すぎて、ずっとこんなのでいいのかなという思いがあって、「ぷかぷか」にやってきました。
「ぷかぷか」ではクッキーやラスクを作っていました。ノルマというほどのものではありませんが、今日はこれだけ作ります、という形で、前にいた作業所よりは仕事は少し厳しい、ということはありました。最初の頃はその落差がけっこう大変だったように思います。
でも、仕事を覚えていく中で、少しずつ任されるようになり、今はクッキーの材料や道具の準備、製造を全部一人でやっています。自分で仕事をこなすことで、仕事がだんだん楽しくなってきたようでした。
認定調査でケースワーカーさんに
「ぷかぷかの仕事はどうですか?」
と聞かれ
「以前はいつもうつむいていましたが、今はまっすぐ前を向いて生きています」
と答えました。
私はケースワーカーさんのそばで聞いていたのですが、
「まっすぐ前を向いて生きています」
という言葉には、ちょっとびっくりしました。普通に会社勤めをしている人だって、こんな言葉はなかなか口にできません。仕事が忙しくても、それが人生に結びつくことはまれだからです。でも、ミーちゃんにとって、仕事をすることは、そんな風に「生きること」にストレートに結びついていたようです。だからこんなすばらしい言葉が、ぽろっと出てきたのだと思います。
仕事というものが利用者さんにとって、とても大事なものであり「利用者さんの人生をしっかり支えている」ということに恥ずかしい話、この時初めて気がつきました。みーちゃんに感謝!です。
「まっすぐ前を向いて生きています」なんて、そうそう言える言葉ではありません。それをさらっと口にするくらい、みーちゃんの毎日がすばらしく充実していたのだと思います。そして、そんな毎日を「仕事が作り出した」ということ。仕事ってこんなすごい力があったんだ、とその時思いました。仕事についてのイメージが、このとき大きく変わりました。
人は仕事をすることでいろいろ成長していきます。仕事をする、ということは、創意工夫が求められ、緊張感があり、達成した喜びがあり、仕事を通していろんな人との出会いがあり、売れるとお金が手に入る、といったことの連続です。そういった中で人は成長していきます。だからこそ仕事は楽しいのです。
みーちゃんは仕事をする中で、それを自分で見つけたんだと思います。だからあんな素敵な言葉をさらっと口にできたのだと思います。
そして「ぷかぷか」はそういう仕事を利用者さんに提供できていたことに、みーちゃんの言葉で気づかされたのでした。特に意識していたわけではありませんが、「ぷかぷか」で提供している仕事の評価が、そういう形で出てきたことを、とても嬉しく思いました。
人生への配慮が抜け落ちてるんじゃないか
みーちゃんは障害者手帳を持っていますから、いわゆる「知的障がい」と言われる方です。でも、みーちゃんに単純作業が向いているとはとても思えないのです。もし「ぷかぷか」で毎日毎日単純作業をやっていたら、「まっすぐ前を向いて生きています」などという言葉はたぶん出てこなかったでしょう。たとえばボールペンの組み立て作業を毎日毎日やるとして、そんな言葉が出てくるかどうか、ちょっと想像すればすぐにわかります。毎日毎日同じことを繰り返す単純作業では、創意工夫が求められることもなければ、達成した喜びもありません。人が成長する機会が全くありません。
みーちゃんは、仕事をすることで、人生がすごく楽しくなりました、といっています。仕事と人生をしっかり結びつけています。みーちゃんの言葉を丁寧に見ていったとき、「知的障がいの人には単純作業が向いている」という言葉を当たり前のように使う社会は、知的障がいのある人たちの人生への配慮が抜け落ちているのではないか、ということに気がつきました。社会全体が気づいてこなかった、とても大事な問題だと思います。
彼らも人として生きているということ。人として生き、それ故、日々成長しているということ。そういったことをきちんと見ていく視線が社会から抜け落ちているのではないか、ということです。そしてそれは私たちの社会そのものがやせこけていくことを意味します。
みーちゃんの「まっすぐ前を向いて生きています」の言葉は、まさにその問題を突いているように思うのです。それを私たちはどう受け止めていくのか、私たち自身の生き方が問われるような、深い問いだと思います。
(みーちゃんにいろいろ教えてもらいながらクッキーを作る後輩たち)