ぷかぷか日記

「死にたい」が口癖の人と一緒に舞台に立つ

 9月から始まる演劇ワークショップにかかる費用の助成金がうまく集められなくて困っています。あちこち助成金の申請をしているのですが、パソコンとかミシンといった「もの」ではなく、ワークショップといういわば抽象的なものはなかなか相手に伝わらなくて、むつかしいですね。NHK障害福祉賞というのを友人が紹介してくれたので、トライすることにしました。1等賞は50万円です。サッカー日本代表のように、優勝しか考えていません。締め切りは今月末。まだ手直しする時間があります。ここはこう直した方がいいとか、優勝するにはこういう書き方した方がいいとか、いろいろアドバイスなどいただければうれしいです。

 

 

「死にたい」が口癖の人と一緒に舞台に立つ

 

 まーさんは鬱病と知的障がいを持っています。いつも暗い顔をし、一週間に一回は「もう死にます」なんて言ってきます。人生に絶望したというわけでもなく、些細なことで落ち込み、「やっぱり死にます」なんて言って来ます。

 鬱病なので、万一のことも考えて、医者と連絡取り合いながら対応するのですが、そんなに深刻そうでないときは

「首をつると息ができなくなってものすごく苦しいし、高いところから飛び降りると大けがして痛いし、やめた方がいいと思うよ」とか「富士山の裾野の原生林は自殺する人が多いらしいから、死ぬんならあそこがいいんじゃないかな。一度一緒に見に行かない?せっかく富士山の裾野まで行くんなら、死ぬ前に富士山にも登った方がいいよ。山登りは絶対に楽しいし、もう死ぬのやめようって思うかも」とかなんとか話してると、途中で笑い出したりして、たいていは収まります。

 数年前、妹さんが亡くなっているため、その妹のところへ行きます、というときもあります。妹の後を追う話だけは、妙にリアリティがあるので、やっぱりほうっておけません。心配なので、そんなときはすぐに心療内科の先生に電話して連れて行きます。

 「下北半島の恐山に死んだ人の霊と話のできる人がいるから、先生と一緒に行って亡くなった妹さんと話をしてこない?」

といった話を30分ぐらいすると大概すっきりします。

 画用紙に「つらい、苦しい、死にたい…」と殴り書き、おいおい泣き出したこともあります。そのときもすぐ病院に連れていたのですが、画用紙を見た先生曰く

「あのねぇ、本当に死にたい人は小さな字で書くんだよ。こんな大きな字で書く人は絶対に死なないよ」

と実にうまい返し方をしてくれ、まーさん、つい笑ってしまい、一件落着でした。

 

 「気持ちが前向きになる薬を飲んだのですが、全然前向きになりません。ですからやっぱり死ぬしかありません」

といってきたこともあります。薬で人生が前向きになるとはとうてい思えません。もっと違う方法で人生前向きになって欲しいと思うのです。

 まーさんには趣味というものがありません。自分のやりたいことも特にありません。テレビを見る楽しみもないので、晩ご飯食べて、お風呂に入ったらすぐに寝てしまうような生活です。

 生きていてもおもしろいことなんかない、とよく言うのですが、そう結論づけるほどに人生でいろいろやったのかというと、そんなことは全くありません。自分のやりたいことも見つけようとせず、それでいて何かおもしろくないことがあると、すぐに「仕事やめます」「死にます」というふうになってしまいます。

 

「あっ、楽しい!って思ったことないの?」

「ないです」

「自分でやりたいと思っていることないの?」

「ないです」

「夢は?」

「ないです」

いつもこんな調子で、全くとりつく島がありません。

 そんなまーさんが、珍しく前向きなことを言ったことがありました。

「マッキー、かっこよかったね」

 ぷかぷか4周年の記念イベントで、デフパペットシアターひとみのマキノさんがパフォーマンスをやってくれました。それがかっこよかったといったのです。あんなふうに自分もやってみたい、と。

「マッキーに弟子入りする?」

「はい、したいです」

「じゃあ、マッキーが進行役をやっている演劇ワークショップに来てみる?」

「はい、行きます」

というわけで、ぷかぷかのメンバーさんと地域の人たちがいっしょにやっている演劇ワークショップに参加したのでした。

 最初は暗い顔して隅っこにうずくまっていましたが、マッキーに声をかけられ、一緒に人形作りをし、その人形を持って舞台に立つところまでやりました。

 マッキーの稽古場に行く約束もしました。

 デフパペットシアターひとみの稽古場に行ったのは夏の暑い日でした。二人で汗だくになって電車、バスを乗り継ぐこと1時間半。ふだんのまーさんからは考えられない行動でした。

 『森と夜と世界の果てへの旅』の稽古をやっていました。すぐそばで見ると、すごい迫力でした。ちょっとした動き、間合いを何度も何度もやり直します。まーさんも初めて見る舞台稽古の迫力にびっくりしたようでした。

 真剣に見入っていたので、これはもう本番を見せるしかないと思い、一番近い公演は岐阜だと聞いたので、

 「よし、まーさん、岐阜まで追いかけていこう!」

と突然思い立って言ったのですが、まーさんは

「お金がないです」

と、またいつもの調子で消え入りそうな雰囲気。

「お金なんてなんとかなるよ。行こう!」

とか何とか言っているうちに、長野県の飯田では8月3日(日)にワークショップをやり、8月10日(日) 『森と夜と世界の果てへの旅』の舞台の最後のシーンに出演できる話を聞きました。舞台を見るだけより、舞台に立った方が絶対におもしろいと

「まーさん、飯田に行こう!」

と、大きな声で誘ったのでした。

 飯田は横浜から行くにはかなり不便なところにあり、まーさんを説得するのは至難の業。でも、まーさんのこれから先の人生がかかっている気がして、なんとしてもまーさんを飯田まで連れて行こうと思いました。

 1時間ほど見て、そろそろ引き上げようかなと思っていると、マキノさんがまーさんを舞台に呼び、本番で使う人形を持たせてくれました。ジュジュマンという物語の主人公の人形です。

 音楽担当のやなせさんが「左手」を担当し、まーさんが「右手」をやると、とたんにジュジュマンが舞台を生き始めました。マキノさんがどんなふうに動かしたら人形が生きてくるのかアドバイスしていました。

 マキノさんは女性の人形を持つときは歩き方も変えるんだとまーさんに教えてくれました。恐ろしい魚の人形の持ち方も、どうやったら恐ろしく見えるかを説明しながら教えてくれました。骸骨の人形は胴体がありません。その使い方も丁寧に教えてくれました。

 実際に人形を持ってのレッスンはまーさんにとっては初めての体験であり、すごく楽しかったようでした。この体験がまーさんの気持ちを動かしたようでした。

 ワークショップをやる飯田は長野県にあります。

「え〜っ、長野?そんな遠いところまで行けません!」

と最初言っていたのが、レッスンの数日後、

「飯田まで行くのにいくらくらいかかりますか?」

と聞いてきたのでした。バスを使うと安いのですが、片道5時間もかかり、新幹線と飯田線を使うことにしました。往復で約24,000円。今までのまーさんなら絶対に乗ってこない金額です。のるかそるかの提案でした。でも

「いいです、それで行きます」

と言ったのでした。

 いつも暗い話ばかりで、毎週のように、もう仕事やめます、なんの希望もないので、もう死にます、と言っていたまーさんが、24,000円も払って長野の飯田まで行くといいだしたのです。

 

 朝、7時に新横浜で待ち合わせし、飯田まで行きました。デフパペットシアターの舞台になる会場までタクシーで乗り付け、ワークショップに参加。心と体をほぐしたあと、本番舞台で使う3拍子の歩き方の練習。

 デフパペットシアターの『森と夜と世界の果てへの旅』はジュジュマンという飲んべえが椰子酒を求めて世界の果てまで旅をし、ひどい目に遭い、最後はなんでも願いが叶う卵が割れて、世界の終わり、といった感じになります。その中でなおもジュジュマンが自分の足で前に向かってぎこちなく歩き始めます。アフリカの太鼓のリズムでぎこちなく歩き始めるジュジュマンの姿には、どんなの辛い中でも自分の足で歩いて行く、という希望があります。そのジュジュマンを支えるように、みんなで歩くのです。

 ワークショップでは、その歩き方を何度も何度も練習しました。一緒に歩きながら、まーさんが、ぎこちなくとも、自分で前に向かって歩き出してくれれば、と思いました。

 このときの映像が後日、デフパペットシアターから送られてきました。

『森と夜と世界の果てへの旅』のラストシーン、まーさんが横たわっているところから映像が始まり、アフリカの太鼓のリズムの中でゆっくり起き上がり、ひょこたんひょこたんと三拍子で歩き、あいさつして退場するまで、わずか1分20秒でした。

 この1分20秒のシーンを作るために3時間のワークショップがあったのですが、そのわずか1分20秒の舞台に立つために、まーさんはまた長野の飯田まで横浜から3時間半も電車に乗ってでかけようというのです。

 今まで何度も、

「もうなんの希望もありません、生きててもつまらないので、もう死にます。」

と言っていたまーさんが、まさかここまで来るとは思ってもみませんでした。

 舞台の持つ力というのは本当にすごいと思いました。デフパペの舞台を見るだけでは、多分ここまで変わらなかったと思います。

 私自身にとってはちょっと物足りないくらいの舞台でしたが、まーさんにとっては、また新幹線に乗って出かけるに値する舞台だったようです。

 ワークショップから1週間後の公演の日、11時からのリハーサルに間に合うように、朝5時50分に駅でまーさんと待ち合わせして出かけました。輝くような1分20秒の舞台のために。

 

 いよいよ本番の舞台。まーさんは緊張で前日眠れなかったといってました。

 白い衣装を着てリハーサル。大音響と煙の中でのリハーサルは、ピーンと張り詰めた緊張感があり、まーさんも必死に動き回っていました。ふだんの生活では絶対に味わえないこの緊張感、こんなにも密度の濃い時間をまーさんにしっかり味わって欲しいと思いました。

 そして本番。『森と夜と世界の果てへの旅』のラストシーンを舞台裏でじっと待ちました。汗だくになった役者たちが走り回っているそのすぐ側でじっと待ちました。

 合図で舞台の後ろに横たわります。希望をかなえる卵が破裂すると、大音響と共に、照明が落ちます。目くらましのライトが客席に向かってつき、煙がもうもうと立ち上がって、すごい迫力。倒れたジュジュマンがゆっくり立ち上がって歩き始める気配を感じながら、まーさんたちもゆっくり立ち上がり、歩き始めます。傷ついても傷ついても、人はまたその傷ついた体で歩き始めるしかないというメッセージ。

 「まーさん、こうやって歩くんだよ、つらくても、苦しくても、歩き始めるんだよ」って、祈るような思いでまーさんの後ろを私は歩きました。

 今までにない、にぎやかな、すばらしいラストシーンだったと思います。

 

 まーさんの1分20秒の舞台は終わりました。ものすごく緊張して、ものすごく楽しい舞台だったように思います。

 この舞台で感じた「心のほてり」が、これからのまーさんの人生にどんな影響を与えるのか、全くわかりません。またいつものように暗いまーさんに戻るのか、それとも少し違ったまーさんになるのか。

 帰りの電車の中であこがれのマッキーと撮った写真を見せてくれました。舞台のあとの心のほてりがそのまま出ているような写真です。この1枚の写真を撮るために飯田まで行ったんだなと思います。

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