日経イニシアティブ大賞の原稿を書いていて気がついたことがあります。瀬谷区役所の外販の売り上げが5年で10倍になった(販売のことですから毎回というわけではありませんが)ことを書きながら、これはぷかぷかの側からのメリットであって、それだけを書いても何か小さい話だなと思いました。そうではなく、お客さんにとってもパンを買う以上のことがあることをしっかり書かないと片手落ちのような気がしました。
先日ワークショップの記録映画を撮っている宮沢さんの撮影につきあって瀬谷区役所まで行ったのですが、お客さんの何人かはお店に来るなり親しいメンバーさんと楽しそうに「やぁ!」ってハイタッチしていました。パン屋に来て店員とハイタッチするなんてことは、普通はあり得ないことです。これはお客さんとぷかぷかのメンバーさんがどういう関係にあるかを明確に物語っているように思うのです。そういう関係が売り上げを伸ばしたのですが、お客さんにとってはどういう意味があるのでしょう。
毎週木曜日、彼らのにぎやかな声が聞こえると「あっ!来た来た!」とわくわくしながらお店に行きます、と以前語ってくれた区役所の方がいました。「なんとなくいやだ」「怖い」「何するかわからない」といった先入観で地域社会から締め出されることが多い現状を考えると、わくわくしながら彼らと会うことを楽しみにしている人がいる、ということは、ほとんど奇跡に近い、と思います。ここには社会の希望がある気がします。
しかもそれは「ぷかぷか」の側から、メンバーさんとのおつきあいの仕方とかをいろいろ説明したしたわけでもなく、彼ら自身が作ってきた関係です。地域社会から締め出されているという社会的な課題を彼ら自身の手で解決しつつある、彼ら自身が希望を生み出しているということです。
ぷかぷかは「障がいのある人たちとはいっしょに生きていった方がいいよ」というメッセージを発信し続けていますが、それは彼らのためというよりも、地域社会全体が、彼らといっしょに生きていくことで、より豊かになることを願っています。
パンを買いに来たときに、彼らとひとことふたこと言葉を交わします。そのとき、「あ、こんなすてきな人がいたんだ」って気がついて「パンもおいしいし、また行こう」って思った人がだんだん増えて、今のように行列のできるほどのお店になっているんだと思います。
「世の中にこんなすてきな人がいた」という出会いは人生を豊かにします。ですから、外販は売り上げをぷかぷかにもたらすだけでなく、お客さんの側にも豊かなものをもたらしている気がするのです。社会の希望といっていいくらいの豊かさです。