先日のワークショップのふり返りの時、発表会で舞台監督をするナルさんが
「ワークショップは障がいのある人たちを支えているように見えるが、ほんとうは、彼らこそが、舞台を支え、スタッフはじめ、みんなを支えていることが見えてくるといい」
と話していました。
ナルさんは30年ほど前、瀬谷で養護学校の生徒たちと地域の人たちでワークショップをやっていた頃、劇団「黒テント」から進行役の一人としてきていました。進行役も、企画した私も、地域の参加者たちも、最初は障がいのある人たちを支える、といったことをワークショップの一番の目的としていました。
ところが実際にワークショップを始めて見ると、支えているはずの彼らが、逆に私たちを支えていることにみんな気がつき始めました。彼らがいるからワークショップの場が楽しいし、楽しいから人が集まってきました。
「彼らを支えているつもりだったけど、支えられてるのは、こっちじゃん」と、気づいた頃から、彼らとの関係が変わってきたのでした。
あれができない、これができないと社会から邪魔者扱いされている彼らが、ワークショップの場では、邪魔どころか、いないと困るような存在になっていたのです。ぜひ一緒にいてほしい、あなたが絶対に必要、と参加者みんながごく自然に思えるような、そんな関係が知らない間にできあがっていたのです。ここが痛快というか、おもしろいところだと思います。
なくてはならない存在。ワークショップの場では、そんな風に彼らのことを受け止めていました。社会とは全く逆です。社会の中で、彼らが「なくてはならない存在」になったとしたら、社会は大きく変わります。
ワークショップは、ですから、私たちが考える以上に、社会を変えていく、何かすごい力を持っているのではないかと思うのです。
ぷかぷかの『障がいのある人たちとは一緒に生きていった方がいいよ』というメッセージは、この頃から私の中でむくむくと頭を持ち上げていたんだと思います。