20年ほど前、友人が発行しているガリ版刷りの通信紙「あめつうしん」に川野みわさんという方が天草で甘夏を作っている話を書いていていました。甘夏作りに込めた思いが天草のミカン畑の風景の話といっしょにじんわり伝わってきて、ミカン作りながらこんな生き方をしている人がいるんだと、新鮮な思いで読んだことを今も覚えています。ぜひお会いしたいと思い、天草まで出かけました。
年末に子ども二人連れて行ったのですが、一人はまだ8ヶ月になったばかりで、川野さんの家に着くなりうんこを漏らしてしまいました。川野さんは横浜にある「土と愛子どもの家保育園」(40年ほど前、障がいのある子どもたちも普通の子どもたちといっしょに育てていこう、というところでスタートしました。当時はそんな保育園はなく、全国から設立のカンパが集まったそうです)を創設したグループの一人で、子どもがうんこを漏らしたぐらいで慌てるような人ではなく、すぐにお風呂場を貸してくれ、子どものおしりを洗わせてもらいました。
お会いしてあいさつもしないうちにそんなハプニングもあって、川野さんとすぐに打ち解け、ミカンの話から保育園、障がいのある子どもたちの話まで大いに盛り上がりました。その間、子どもたちは山盛りにおいてあったミカンをとにかく食べまくっていました。以来、子どもたちは「ミカンは食い放題」だと思い込んでいるようで、10キロ入りの箱単位で買う川野さんのミカンが届くと、ミカンが山ほどあった川野さんの家にいるような気分で食べまくっています。川野さんのミカンはこくがあって本当においしいです。ミカンを育てる川野さんの思いが凝縮しているようです。あの「こく」は川野さんの思いそのものなんだと思います。
自然食のお店をやっている友人の話だと「川野さんのミカン」はひとつのブランドになっていて、それだけでほかのミカンより高く売れるそうです。温州ミカンだけでなく、ネーブルや河内晩柑、甘夏もおいしいです。
牛も飼っていました。ちょうど獣医が来ていて、何をするのかと思っていたら、突然牛が「ムギャ!」と短い叫び声を上げました。獣医が側にいた犬に向かって卵よりやや小さい丸い球を投げました。犬は待っていたように、その球をしっかり口で受け止め、ガッガッと三口くらいで食べてしまいました。牛はちょっと痛そうに足踏みしていましたが、それもすぐに収まり、何事もなかったかのように元ののどかな風景に変わりました。あっけない牛の去勢でしたが、私にとってはそのあっけなさが未だに強烈な印象として残っています。麻酔もしなかったので牛は痛かっただろうなと思います。足踏みしていた牛の姿を今でも思い出します。
牛は肉牛で、ときどき保育園の仲間と一頭買いをしていたのですが、本当においしいお肉でした。牛といっしょに、「この牛は目がかわいい牛でした」とか「おっとりした牛でした」とか、ちょっとしたエピソードを書いた紙が入っていて、かわいがっていた牛を出荷するときは辛かったんだろうな、と思いました。その分食べるときも時々ちょっと辛い気がしました。
川野さんの甘夏は全くの無農薬なので、皮も安心して使えます。ぷかぷかの甘夏パン、甘夏ジャムは、こんな人のつながりの中で作っています。「あの人が作るから安心」「あの人が食べるから安心できる、おいしいものを作ろう」そんなおつきあいを大切にしたいと思っています。