養護学校で仕事をやっていた頃の話です。
子どもたちといっしょに手製の紙粘土で大きな犬を作ったことがありました。何日もかかって作り上げ、ようやく完成という頃、子どもにちょっと質問してみました。
「ところでけんちゃん、今、みんなでつくっているこれは、なんだっけ」
「あのね、あのね、あの……あのね」
「うん、さぁよく見て、これはなんだっけ」
と、大きな犬をけんちゃんの前に差し出しました。けんちゃんはそれをじ〜いっと見て、更に一生懸命考え、
“そうだ、わかった!”
と、もう飛び上がらんばかりの顔つきで、
「おさかな!」
と、答えたのでした。
一瞬カクッときましたが、なんともいえないおかしさがワァ〜ンと体中を駆け巡り、
“カンカンカンカン、あたりぃ!”
って、鐘を鳴らしたいほどでした。
その答を口にしたときの
“やった!”
と言わんばかりのけんちゃんの嬉しそうな顔。こういう人とはいっしょに生きていった方が絶対に楽しい、と理屈抜きに思いました。
もちろんその時、
「けんちゃん。これはおさかなではありません。いぬです。いいですか、いぬですよ。よく覚えておいてね」
と、正しい答をけんちゃんに教える方法もあったでしょう。「先生」と呼ばれる人は大概そうしますね。
でも、けんちゃんのあのときの答は、そういう正しい世界を、もう超えてしまっていたように思うのです。あの時、あの場をガサッとゆすった「おさかな!」という言葉は、正しい答よりもはるかに光っています。あのとき、あんな素敵な言葉に、そしてけんちゃんに出会ったことを私は幸福に思いました。