ぷかぷか日記

ツンさんの作品群に出会った私

 

高崎明さんは、瀬谷の養護学校の教員をやっていた頃、近くの駅前広場で、生徒たちと一緒にパフォーマンスをやっていた。障碍を持った子どもたちの存在を地域の人たちの目に見えるようにしたいと思ったからだ。その延長線で、障碍を持った子どもたちとその親たち、そしてプロの演劇集団「黒テント」のメンバーも加わって、演劇ワークショップが催された。わたしはその時、頼まれて『みんなでワークショップ』という記録映画を作り、それは後に、メイシネマ祭でも上映された。

高崎さんは養護学校を定年退職した後に、「ぷかぷか」というパン屋さんを開いた。本格的にパン職人のもとで修業した末の開店だった。さまざまなハンディキャップを持った人たちが社会の中で暮らしていける環境を作ろうという意図からだった。そこに、縁があって、メンバーとして参加してきたのがツンさんこと、塚谷陽一さんだった。今回上映される『塚谷陽一作品選』の監督・撮影・編集だ。

ツンさんは重いウツで、20代の後半までひきこもりを続けていた。最初の頃、「ぷかぷか」に顔を出し始めた時は、お店から僅か数分のところにある休息所に辿り着くのさえ大仕事だったらしい。ところが、ある日、みんなで、アニメかなんかの人気の映画を見て感想を語り合っていた時、ツンさんの感想が妙にヘンだったらしい。カメラのサイズとかアングルとかに興味があったみたいなのだ。そこで、高崎さんが一番安いカメラを買って、「ぷかぷか」の運動会を撮影してもらったのがきっかけだったという。

生まれて初めての、ビデオカメラを手にしての撮影だった。そして、パソコンに付属している簡単なソフトで編集されたものが、『塚谷陽一作品選』で上映される作品たちだ。高崎さんに、面白い映画があるから見て! と誘われて、見せてもらってびっくりした。メッチャおもしろいのだ。

いつもわたしが作る映画に音楽を付けてくれている「スリーエー・スタジオ」の遠藤さんに見てもらったら、おもしろがってくれた。映像の仕事を職業にして、映像は斯くあるべしと固定観念にとらわれている自分たちとはまるで違った映像の感覚で、新鮮だというのだ。勉強になるよねえ! という感想をニガ笑いしながら語っていらした。メイシネマ祭の藤崎さんにも見てもらった。そして、案の定、藤崎さんもおもしろがってくださって、上映してくださることになった。

ツンさんの映画は、見ていてわくわくさせられる。次にどんな映像が展開してくるのだろうという興味からだ。ドラマではない、記録映画なのに。ツンさんの映画は、「ぷかぷか」の運動会だったり、パン工房やお店の様子だったり、帰り道だったり、パンの出張販売に行く区役所だったり。なんでもない日常やどこにでもある日常が撮られているだけなのに、妙にわくわくしてしまうのだ。その感覚は、まるで劇映画の一つひとつのシーンをランダムに見せられている感じなのだ。

今の若い人たちは、生まれた時からテレビや漫画やアニメが存在しているので、映像との親和感が強いのだと思う。とりわけツンさんの場合は、長い間、引きこもりをしていた間ずっと、映画は勿論、漫画やアニメやテレビやゲームの映像に触れていたそうだ。きっと、その分、映像の感覚が研ぎ澄まされているのだろう。

そして、パソコンの編集技術も駆使されていた。いわゆるデジタル編集技術だ。それも、とても上手に。わたしなんか1時間も2時間もの長い映画を編集しても、ぜんぶがカットつなぎで、デジタルの映像効果なんて使ったことがないので、とてもじゃないが、かなわないな、という感覚だった。

 編集は、1日でやったとか、2~3日でやったと言うので、これもびっくり仰天した。彼の映画を見ながら、これはもしかしたら、映画を撮り始める時にはすでに、どこかで映画が出来あがっているのではないかなあ、と感じた。見終わって、編集する前の映像も見せてもらった。思った通りだった。そして、あらためてびっくりした。映画に使われているカットは、撮影されたカットの1コマ目から使われていた。つまり、撮影が始まる時にはもう1コマ目から完成した映像だったのだ。そして同時に、ひとつのシーンは、撮られたカットの順につながっていたし、撮られたカットのほとんどがつながれていた。すごいことだった。ものすごい集中力で撮影されているのだ。きっと、撮影している本人は、そんなことは意識していなくて、感じたままに、思ったままに撮影しているのだろうと思う。でも、その時点で、映画が出来上がっているのだ。ある意味、天才だと思った。

それは、喩えが適切でないかもしれないが、アメリカ映画『レインマン』を思い出す。ダスティ・ホフマンが演じる自閉症の青年が、抜群の記憶力を生かしてラスベガスのカードゲームで独り勝ちしてしまう場面を連想させられた。その青年はパッと一目見ただけで、カードの構成を見破って次にどんなカードが出てくるのかが分かるのだった。そして、プロのディラーを相手にカードゲームに勝利するという物語だった。当然、才能の種類は人によって異なるのだが、ツンさんにもそういった類の特別な才能があるのだろうと感じられた。

前に紹介した遠藤さんは、ツンさんには、向こう側の世界が見えているのだと語っていた。例えばプロのカメラマンはなかなか後ろ姿を撮らない。何かをしている人がいるとわざわざ前に回り込んで、その人の正面からの顔や姿を撮ろうとする。ところが、ツンさんの映像には、後ろ姿や肩越しの映像が実にたくさん登場する。きっと、ツンさんにはいつも全体の世界が、そう、そこにある一つの世界がきちんと見えているのだと思う。だから、選択的にパッと、カットやアングルを決めて、何を、どこから、どんな風に撮ればいいのかが見えているのだと思う。

もうひとつ面白かったのは、ツンさんは、初めは無機的なものを撮るのが好きで、人を撮るのは苦手だなあ、と感じていたらしい。それが、パン屋さんで、さまざまな障碍を持った人や、スタッフや、お客さんとカメラを通して接していくうちに、人に対する興味が深まっていったみたいだ。それがウツを脱していく契機になったのかもしれない。人物を写した映像がどんどん変わっていっている。最後の方に撮られた映像なんて、とても、とてもいとおしくて、そっとやさしく手の平で撫で上げていくような、体温を感じられるような、暖かくて、みずみずしい映像だった。

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